第二十七話「罠の真相」
勇者ロイグを捕獲したという報告を受けたラントは領主館の地下倉庫に向かった。地下に降りると、天魔女王アギーが片膝を突いて恭しく頭を下げて出迎える。
「ご命令通り、勇者ロイグを亜空間に閉じることに成功いたしました」
その言葉にラントはアギーの手を取り、「よくやってくれた」と言い、オードに向かって小さく頭を下げる。
「魔導王の知識がなければ成功しなかった。感謝する」
その言葉に魔導王オードは小さく首を横に振る。
「陛下の発想がなくば、我に思いつくことはなかった。否、勇者を殺さずに捕らえることまでは考えたことはある。だが、このような方法は想像もできなかった。実に独創的である」
その言葉にアギーも同意する。
「時間の流れを極端に遅くした亜空間に閉じ込めると伺った時には、目から鱗が落ちる思いでしたわ! 勇者は殺してもすぐに現れます。ですが、長期間にわたって捕らえ続けることができれば、次の勇者は現れず、我が国に有利に働きます。さすがは我が主でございますわ!」
興奮気味のアギーにラントは照れる。
ラントは勇者を殺しても次の勇者が時間差もなく現れることを危険視していた。目の前にいる勇者は制御できるが、所在が分からない勇者に奇襲を掛けられると歴代の魔帝と同じ運命をたどるのではないかと思ったのだ。
そこで勇者を殺さず長期間にわたって拘束できれば、次の勇者は現れずに無効化できると考えた。
そのためには勇者が捕らえられたと認識し自ら命を絶たないことが重要で、次の勇者が生まれてくるまでの時間を稼ぐ方法がないか考えた。
その結果、収納魔法のように時間の流れを変えられる亜空間を作り、そこに閉じ込めればいいと思いついたのだ。
亜空間を作ること自体は、アギーやオードクラスの時空魔法の使い手にとってそれほど難しいことではない。実際、彼らが使う収納魔法の容量は無限に近かった。
しかし、生物が生存でき、ある一定の大きさを持つ空間となると、今まで考えたこともなく、一から研究する必要があった。
オードはこの話をラントから聞いた時、彼にしては珍しく非常に興奮し、即座に研究に入った。元々睡眠を必要としないアンデッドであり、まさに不眠不休で研究を重ね、人が住める亜空間の創造という新たな魔法を編み出すことに成功した。
しかし、今までの収納魔法と異なり、その亜空間の創造には非常に煩雑な手順を踏む必要であった。
また、発動までに五時間という時間を必要とし、オードクラスの魔術師でも枯渇するほど魔力を消費する。
そのため、罠として使うには難しいと思われたが、オードは魔法陣を構築することで解決した。
しかし、その魔法陣もやはり非常に繊細で、発動には優秀な時空魔法の使い手が細心の注意を払う必要があった。
その使い手がアギーであり、ラントが言ったように、アギーとオードという二人の偉大な魔術師がいなければ、この罠は発動することなく終わっただろう。
「一万分の一に時間の進行を抑えた亜空間を作る方が大変だ。そんな魔法陣を編み出し、それを確実に起動した君たちの方が素晴らしいと思う」
「ですが、勇者をここまで誘導し、更に魔法発動まであの場所に留めておけたのは陛下の策のお陰ですわ! 人の心を熟知し、一分という時間を確保できたのですから」
魔法陣を使ったとしても複雑かつ大規模な魔法であるため、発動には一定以上の時間が掛かり、アギーであっても一分間という比較的長い時間が必要だった。
「天魔女王の言う通りだと思う。勇者が出口側に活路を見出すと予め分かっていなければ、あの聖剣によって脱出された可能性は高い」
ラントはロイグが持つ能力や聖剣の性能を危惧していた。彼の常識なら石造りの天井を剣で斬り裂くことはできないのだが、この世界では数メートルある城壁が斬り裂かれることもある。
しかし、すべての場所を強化するにはアギーやオード並みの魔術師があと数人必要となることが分かった。
そのため、出口側を応急的に作ったようにあえて薄くし、そこに匠神王モールが作ったオリハルコン製の盾を仕込み、更にオードが魔力を注ぐことで強化した。
ちなみにロイグたちが入ってきた通路側には薄い石の壁を作り、百メートルにわたって土で埋めてある。そのため、仮に戻ろうとしても、土の排除が間に合わず、魔法陣の起動は成功しただろう。
ロイグたちが助かる可能性があったのは天井を斬り裂き、脱出する方法だけだ。
ロイグが女たちに命じた魔法陣の破壊については、床や天井に直接書かれているわけではないので、仮に聖剣を使って斬り裂いても魔法の発動を止めることはできなかった。
「いずれにせよ、これで勇者は無力だ。人族側がどう対応してくるのか気になるが、これで敵は切り札を失ったことになる。決戦を挑んでくるのか、聖都に戻って持久戦に持ち込むのかのいずれかだろうが、勇者は行方不明だ。死んだと確定していない以上、指揮官は判断に迷うだろうな」
ラントの狙いはその点にもあった。
勇者は死ぬと次代の者がすぐに登場する。しかし、幽閉された場合は次の勇者が生まれることはない。
行方不明扱いになった場合、残された神聖ロセス王国の聖王や指揮官たちは、いつ戻ってくるのか分からず、作戦に苦慮することになる。そのためにラントはあえて勇者が逃げたことにし、捜索を命じたのだ。
「まあ、亜空間に幽閉することで死亡扱いになる可能性は否定できないんだが、こればかりはやってみないと分からない。念のため、この世界に帰還できるようにしているのだが、それがどの程度の効果を発揮するかはまさに神のみぞ知るという奴だな」
勇者の死亡判定は人族の神が行っている。そのため、ラントは死亡扱いとならないよう、脱出口をあえて設けていた。但し、すぐに見つかるような場所にはなく、更にいくつかのカギを揃えないと通れないようになっている。
仮に亜空間で十日間さまよったとすると、こちらの世界では二百七十年ほど経過していることになる。それだけの時間を稼ぐことがラントの策のミソだ。
「ロセス神兵隊の隊長の位置は分かっている。勇者が脱出したという情報を彼が王国軍に持ち返れば、敵を混乱させることができる。優秀な指揮官を逃がすのは危険ではあるが、それほどの人物が持ち返った情報は信憑性が高いと思うだろう。その混乱を突いて敵を倒す」
ラントはロセス神兵隊の指揮官ウイリアム・アデルフィをあえて逃がすつもりでいる。
本来ならアデルフィではなく、別の者がよかったのだが、確実に情報を持ち返る者がおらず、仕方なく逃がすことにしたのだ。
「いずれにせよ、数日後にはテスジャーザに向けて進攻する。この地下倉庫は厳重に封鎖し、亜空間が破壊されないようにしてくれ」
「「御意」」とオードとアギーは同時に頭を下げた。
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勇者ロイグは真っ白な霧に包まれた森の中に立っていた。
「ここはどこなんだ? 転移魔法陣で飛ばされたのか?」
彼が最初に考えたことは迷宮にある罠、転移魔法陣のことだった。迷宮の深層部には踏み入れただけで別の場所に飛ばされる罠があり、彼自身何度かその罠に嵌っていた。
「この森の木々は見たことがないものばかりです。ずいぶん遠くに飛ばされたのかもしれませんね」
エルフの女魔術師が木の幹を触りながら呟く。
「ここがどこかは分からんが、人里を目指すぞ。そうすればここがどこか分かるはずだ。まずは川を探せ。それを下っていけば、いずれ人が住んでいるところに出るはずだ」
仲間の女たちはそれで見つかるのか、見つかったとしても友好的な相手なのかと疑問を持ったが、別の考えがあるわけではなく、ロイグの命令に従うしかなかった。
しかし、彼が人里を見つけることはなかった。
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