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魔帝戦記  作者: 愛山 雄町
第二章「王国侵攻編」

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第二十一話「神兵隊の最期」

 ロセス神兵隊の隊長、ウイリアム・アデルフィは滴る雨粒を気にすることなく、森の中に身を潜めていた。


 隠れ家であった廃村から二百ヤード(約百八十メートル)ほど離れており、魔帝ラントがどのような戦い方を命じたのか調べるため、神兵隊との戦闘を観察するつもりでいた。


 そのため、迷宮で得られた貴重な魔道具である認識阻害のマントと遠見の眼鏡を使っている。


 認識阻害のマントは姿を見えなくするわけではないが、匂いを含め、人がいると思わなくするための魔道具である。但し、声を出したり激しく動いたりすれば、効果はなくなる。また、強い殺意を抱いている場合も、殺気に敏感な達人であれば気づかれるため、万能ではない。


(まだ始まっていないようだな……ならばトラブルは起きていないはずだ。それに配置も計画通りのようだ……)


 作戦通りに進行していることにとりあえず安堵する。

 三十分ほど待機していると、遠くからドシンドシンという低い地響きのようなものが聞こえてきた。


 廃村の方を見ると、神兵隊の兵士たちもそれに気づいたのか、緊張している様子が見られる。


(来たようだな。それにしても巨人たちの足音とはこれほど響くものなのか……)


 神聖ロセス王国は何度もグラント帝国に侵攻していたが、ここ数十年は鬼人族としか戦っておらず、アデルフィも巨人と戦ったことはない。


 それでも神兵隊の兵士たちは恐慌に陥ることなく、持ち場で身を潜めている。


(思ったより落ち着いている。あれなら多少は敵にダメージを与えられるだろう……)


 アデルフィの予想はすぐに裏切られた。


 森の木々ですべては見通せないが、帝国軍の兵力は想像以上に強力に見えた。


(巨人だけで十体以上だと……リッチにデーモンロード、それにグリフォンの上位種らしきものまで……一度使った手は魔帝ラントには通用しないということか……勇者が暗殺に成功してくれればいいが、それすら看破されているかもしれん……)


 アデルフィは絶望感に苛まれながらも、神兵隊の戦いを見続けていく。


■■■


 ロセス神兵隊は目の前の光景に言葉を失っていた。

 第一、第二中隊が引き連れてきたのは、十八体の巨人を含む、約百体の魔物だった。


 特に巨人は直径二フィート(約六十センチメートル)ほどの木を軽々となぎ倒しながら進んでくるため、兵士たちはその迫力に血の気を失っている。


 その魔物たちの前には第一、第二中隊の兵士たちが必死の形相で走っている。しかし、攻撃を受けた様子はなく、人数が欠けているようなこともなかった。


 第三中隊の隊長は静かにハンドサインで攻撃準備を命じた。

 それで兵士たちも何とか落ち着きを取り戻す。


 第三中隊の兵士の一人、ジョーは恐怖と戦っていた。


(やるしかないんだ……でもあんな化け物に勝てるはずがない……)


 彼は右手に握る魔剣を見つめ、落ち着こうとしていた。その剣先は手の震えのため大きく揺れている。


(この魔剣を手に入れた時を思い出すんだ。あの時だって、オークキング相手に死にそうになったじゃないか。それでも僕は生き残った。だから……)


 それでも手の震えは止まらなかった。迷宮で見たオークキングより遥かに危険だと分かっていたからだ。


「やってやるよ!」と半ばやけくそで小さく呟く。


 そして、パーティメンバーたちに目を向けた。

 彼と同じく顔面は蒼白で、目の焦点があっていない。


「あんな敵に勝てるわけがない。僕たちはここで死ぬしかないんだ」


 彼の言葉に仲間たちは唖然とする。彼が自暴自棄になったと思ったからだ。


「でも僕は一体でもいいから倒したい。あんな奴らが故郷になだれ込んだら家族はみんな死んでしまう。だからみんなも死ぬ気になって戦ってほしい」


 彼の言葉に仲間たちは大きく頷き、やる気に満ちた笑みを浮かべていた。


 その間にも魔物たちは近づいてくる。

 そして、廃村の真ん中に魔物たちが入ってきた。


 その直後、三体の巨人が「グォォォ!」という咆哮を上げながら苦痛に満ちた表情を浮かべ、大きく傾いた後、横に倒れ込んでいく。


 巨人たちの足元には落とし穴があった。その底部には剣が上向きに設置されており、それを踏みつけてしまったのだ。


 それを合図に「攻撃開始!」とジョーは命じた。


 仲間の弓術士と魔術師が同時に倒れ込んだ巨人に攻撃を加えていく。他の分隊も同時に攻撃を開始していた。


 ジョーと二人の戦士も攻撃に移った。隠れていた藪の中から飛び出し、先頭を行く巨大な純白の狼、フェンリルに襲いかかる。


「死ね!」


 魔剣に魔力を込めながら叩きつけるが、毛皮を貫くことなく弾かれてしまう。

 仲間の槍戦士が彼の横から飛び出し、身体ごと槍を突き出した。しかし、その決死の攻撃も全く効果はなかった。


 フェンリルは軽く前脚を払って槍をかわすと、槍戦士をその巨大なあぎとで捉えた。槍戦士は鎧ごと噛み切られ、そのまま遠くに投げ捨てられてしまう。


「くそっ!」


 ジョーは仲間の死に怒りを爆発させる。

 再び魔剣を構え、フェンリルに迫っていく。


「ガアゥ!?」とフェンリルは驚きと戸惑いの声を上げた。


 フェンリルの死角からもう一人の戦士が近づき、後ろ脚の付け根に剣を突き立てていたのだ。

 その隙をジョーは見逃さなかった。


「死ね!」と叫びながら脇腹に剣を突き刺した。


「グァワァァ!」というフェンリルの咆哮が響き、大きく身体を捩る。


 その勢いでジョーは大きく吹き飛ばされていくが、その顔は満足げだった。


(少なくとも一体は倒せた……)


 その直後、背中から大木の幹にぶつかり、強い衝撃を受ける。

 そして、そのまま気を失ってしまった。


 その後の戦いは一方的だった。

 六体のデーモンロードと十二体のリッチは魔法障壁を展開しつつ、神兵隊の魔術師や弓術士を狙い撃ちにして排除していった。


 奇策に嵌った巨人たちは怒りを爆発させながらも慎重に森の中に進み、巨大な棍棒を振り回して兵士たちが隠れている木ごとなぎ倒していく。


 魔獣族は新たな罠を警戒しつつ、巨人から逃げる兵士たちを見つけて殺し、鬼人族戦士は倒れた巨人族を狙って突撃してきた兵士たちを待ち受け、なで斬りにしていった。

 上空に舞うグリフォンたちは廃村から脱出しようとした兵士をその鋭い爪で切り刻む。


 戦い自体は三十分ほどで終わった。

 アデルフィは気配遮断のマントを纏ったまま、その場で身じろぎもせずに帝国軍戦士たちを見つめていた。


(これほど一方的とは……重傷は負わせたが、殺せたものは一体もいない。落とし穴は有効だが、その後の攻撃手段が弱いと、巨人には通用しないということか。いや、巨人だけなら恐らく二、三体は倒せたはずだ。だが、足元を鬼人族が守り、リッチたちが顔を守る……よく考えられている……)


 アデルフィは冷徹な目で戦いを分析していたが、ラントの周到さに恐れを抱いていた。


(魔帝ラントは魔族の弱点を熟知し、それを見事に克服した。私も記録でしか見たことはないが、巨人がいたとしてもこれほど一方的に敗れたことはないはずだ。それにまだ龍が戦いに参加していない。最大戦力抜きで、これほどの力を見せられるとどう戦っていいのかまるで思いつかない……)


 彼が悩んでいる間に帝国軍戦士たちは神兵隊の遺体を集め始めていた。

 そして、その中に生存者を見つけると、治療を施した上で縛り上げていく。


(尋問でもするつもりか? まあいい。どうせ彼らには大した情報は与えていない……うん? あれはもしかしたら……)


 その時、上空から美しいコバルトブルーの鱗を持つ龍が舞い降りてきた。その周囲には六体のグリフォンが守りを固めている。


 龍から一人の男が降りてきた。その男は漆黒の鎧を身に纏い、同じく漆黒のマントをなびかせている。

 彼が歩くと戦士たちが一斉に跪く。


(あれは魔帝なのか!……ここに勇者がいれば……)


 アデルフィはラントが現れたことに驚くが、自分には攻撃手段がなく、歯噛みする。


 その時、神兵隊の生き残りが最後の力を振り絞って魔法を放った。

 その火球は魔帝に見事に命中するが、何の効果も発揮しなかった。


(やはり勇者でなければ魔帝は倒せんか……)


 その攻撃によって廃村は大混乱に陥った。


「陛下!」


「駆逐兵団は何をしていた! 生きている者は確実に拘束せよ!」


「周囲に生き残りがいないか、もう一度くまなく探せ!」


 帝国軍の怒号が響く中、アデルフィはその混乱を利用し、静かに脱出していった。


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[一言] 陛下ったらまだ終わってない前線に出ちゃって……どっちにかわからないけど姿を見せに来たの?
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