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魔帝戦記  作者: 愛山 雄町
第二章「王国侵攻編」

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第二十話「雨中の戦い」

 五月六日の夜明け頃。

 夜半過ぎから小糠(こぬか)雨が降り始め、深い霧が立ち込めたように辺りは乳白色に染まっていた。


「これぞ、神の恩寵! この雨なら上空からも見えん。それに匂いも拡散しにくいから敵に見つかる可能性は低い! 作戦通り、敵をここに引きずり込み、少しずつ殲滅していくのだ!」


「「オオ!!」」


 ロセス神兵隊の若者たちは指揮官であるウイリアム・アデルフィの言葉に武器を振り上げて応える。


 すぐに二個中隊二百名の若者が森の中に消えていく。


「第一、第二中隊が敵を引き連れてきたら、ここで派手に暴れてくれ。私は勇者殿のためにナイダハレルの町の中で更に陽動作戦を行う。では後は頼んだぞ」


 アデルフィは単独でその場から離れ、ナイダハレルの町の中に密かに入った。そして、魔族軍の動きを探らせていた分隊と合流する。


 領主の館への秘密通路は見つかっているが、アデルフィたちが使っている通路は見つかっていない。これはラントが領主の館には必ずあると考えて調べさせた結果であり、他の通路については可能性が高い場所を探させたものの、調査範囲が広く未だに発見できていない。


 潜伏場所は商業地区の倉庫の天井裏で、屋根の隙間から門がよく見える。


「魔族軍の様子はどうだ?」


「昨日までと変わりません」


「そうか」


 アデルフィはそう答えると門を見ながら考え込む。


(やはり魔帝が怒り狂ったというのは演技だったか。本気なら我々が見つかるまで森の捜索を行うか、焼き払ったはずだ。それが四日経っても動きがない。私はまんまと魔帝に騙されたということだな……)


 アデルフィが心の中で自嘲していると、分隊長が口を開いた。


「我々は何もしなくていいのでしょうか?」


 神兵隊のうち、彼らだけが最終決戦に参加できず、忸怩たる思いをしていたのだ。


「まだ動かん。我々は勇者殿の支援という崇高な使命がある。今は黙って監視に集中しろ」


 分隊長は「了解しました」と答えるが、その顔には不満があった。

 アデルフィはそれに気づいたが、特に言葉を掛けることなく無視する。


(敵に隙があれば、ここでも陽動の攻撃をしようと思ったが、意味はなさそうだな。やはり勝利の宴に合わせて襲撃した方がいい。だとすれば、ここにいても仕方がない。敵の戦い方を見た方が役に立つだろう……)


 アデルフィは「ここは任せた」と言って、再び森に戻っていった。



■■■


 五月六日の朝。


 ナイダハレルの西にあるオージー村では鬼人族のハイオーガ、ダニエル率いる三十名の部隊が村はずれの草原で周囲を警戒していた。


 ダニエルは周囲を警戒しながらも、まとわりつくような雨に煩わしさを感じていた。


「うっとうしい雨だな」


 彼の横には巨人族のエルダージャイアント、エヴァンが立っていた。村人が怯えると考え、エヴァンたち巨人族は人化したままで、いつでも戦えるように人化を解いているダニエルより小さい。


「確かにうっとうしいが、我慢せねばならん。陛下のお話ではそろそろ敵が動きだすはずなのだ。それにこの辺りが一番危険だとタレット様もおっしゃっておられた」


「ああ、それは分かっているさ。だが、うっとうしいものはうっとうしいんだよ」


『俺も同じだ。毛が濡れるのも気持ち悪いが、鼻が利かんのが一番気に入らん』


 彼らの後ろにいた灰色の巨大な狼、グレイウルフのクロウが念話で零す。


 それにダニエルが応えようとした時、エヴァンが警告を発した。


「村の南から人族の戦士が来る!」


 そう言うと人化を解き、巨大化する。


 彼の警告を受け、ダニエルが命令を発した。


「敵襲! ベレンツェン殿は直ちに本部に報告! 他は戦闘態勢を取れ!」


 デーモンロードのベレンツェンは返事をすることなく、懐から四角い魔道具を取り出し、ナイダハレルの方向を向いた。

 十秒ほどした後、「報告完了」とだけ言い、ゆっくりと空に舞い上がっていく。


「相変わらず不愛想な奴だ」とダニエルは呟くが、すぐに意識を敵に向ける。


(敵の数は百人ほどか……いや、二百はいる。まともに戦っても負けることはないが、損害は馬鹿にならんな……ここは守りの一手だ!)


 すぐに決断し、大声で命令を発した。


「村を守る。ゆっくり前進せよ!」


 エヴァン以外の五人の巨人も人化を解いており、ドシンドシンという大きな足音を立てて歩き始めた。彼らの肩辺りには二体のデーモンロードと四体のリッチが浮かんでいる。


 身長十五メートルを超える巨人が六体も現れ、飛ぶように走っていた神兵隊の兵士たちの動きが乱れる。


『あれくらいなら我々だけでも倒せそうだが』


 先頭を行くクロウが念話でダニエルに話しかける。


「駄目だ。陛下は圧倒的な勝利をお望みだ。それに戦死者を出せば、陛下が深くお嘆きになる。我らには信頼できる仲間がいる。彼らを信じて、ゆっくりと奴らを追い詰めていけばいい」


 ダニエルは自分に言い聞かせるようにそう言うと、飛び出そうとしている魔獣族のブラックタイガーに「抜け駆けは許さん!」と注意する。


 その命令によって、隊列は整い、しっかりとした歩調で前進していった。



 一方のロセス神兵隊の兵士たちは初めて間近で見る巨人に恐怖を感じていた。


「あんな奴と戦えるのか」


「どうやって倒すんだよ」


「奴らだけでも手に余るのにデーモンとリッチだと……迷宮の最終階層でもこれほどの敵は出なかった……」


 人化を解いた巨人を見たことがなかったため、恐怖で規律が緩み、私語が飛び交う。


「落ち着け! 拠点に引き込めば四百人での集中攻撃が行えるんだ! 巨人であっても充分に倒せるはずだ!」


 中隊長の言葉で、兵士たちに落ち着きが戻る。


「一当てしたら森の中に引く! 魔術師は先頭の巨人の顔を狙え! 弓術士は足元にいる魔獣に集中的に射掛けろ! 他も遠距離攻撃が使える奴は足元の魔獣を狙え!」


 中隊長は足の速い魔獣たちを潰しにかかった。これは前回の待ち伏せ作戦の経験に基づき、アデルフィから指示されていたためだ。


 四十人の魔術師が一斉に魔法を発動した。

 雨の影響を考慮し、火属性の魔法ではなく、風や氷、雷など様々な魔法が一体の巨人に向かっていく。


 先頭を行く巨人、エヴァンの顔に魔法が集中する。

 衝撃音に加え、爆発音が響き、エヴァンの顔が靄で見えなくなった。


「やったぞ!」という神兵隊の若者の声が響くが、すぐに「ああ……」という落胆の声に代わる。


 靄が晴れると、エヴァンはほぼ無傷で長い髪が乱れた程度しか影響は見えない。


「なぜだ! あれだけの攻撃なら倒せたはずだ!」


 魔術師の一人が苦悶の表情で叫ぶ。


 その魔術師が言うように、その攻撃はまともに当たれば、エルダージャイアントといえども大きなダメージを受けるほどの威力を持っていた。

 しかし、高位の魔術師であるリッチやデーモンロードが防御魔法を展開していたのだ。


「助かった」とエヴァンはリッチたちに礼を言いながら、乱れた長髪を撫でつける。


 弓術士の放った矢や剣術士たちのスキルは鬼人族の持つ盾で防がれ、魔獣たちに届くことはなかった。


「引け!」と中隊長が叫び、一斉に森に向けて転進する。


 森の中を走りながら、兵士たちは絶望を感じていた。

 巨人などの強力な魔物がいるとはいえ、二百対三十と数では圧倒していた。それでも傷一つ負わせることができなかった。


「なぜだ! 我々の力はそんなに劣っているのか! これでは我が国が勝つことはできない!」


 神兵隊の中隊長は無力感に苛まれ涙を流しながら叫ぶ。


 彼らの実力なら集中攻撃によって、ある程度の損害を与えることは可能だった。

 これまでグラント帝国軍では一部族で戦うことが多かった。そのため、鬼人族や巨人族が魔法に対して防御することができず、一定程度の戦果は上がっていた。


 しかし、今回はラントが部族間の融和を図り、複数の部族の戦士を一つの部隊にしたことから、それぞれの特徴を生かした戦い方ができるようになった。


 また、ラントが積極的に仲間意識の醸成を図ったことから、今までなら他部族が攻撃を受けていても無視していたが、仲間を守る行動が自然と出るようになっている。

 この協力体制が神兵隊の攻撃を無効化し、損害を防いでいた。


「足元に注意しながら全力で走れ!」


 絶望に打ちひしがれながらも神兵隊の囮部隊は、作戦通りに隠れ家であった廃村に向けて走り続ける。


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― 新着の感想 ―
[一言] 個体値で上回る魔族側がちゃんとパーティ組んで戦列整えたら局地戦ではそりゃ勝てないでしょう。だからこそ古来から勇者による極限戦(暗殺)戦術なんでしょうし。
[良い点] 人間側が精鋭部隊で機動戦を挑んでいるのに、連携のとれた魔族が圧倒的。ここからの人間側の作戦が楽しみ。魔族は情報戦で有利な種族もいるのに、どこが人間側の強みになるのか。次回も楽しみ。
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