第八話「包囲」
四月十七日。
ラント率いるグラント帝国軍のうち、地上軍である駆逐兵団と轟雷兵団、そして支援部隊がサウスネヴィス城を出発した。
向かう先は約百二十キロメートル先にある神聖ロセス王国の町、サードリンだ。
人族の軍に比べ、圧倒的に機動力のある帝国軍とはいえ、無理に移動すれば夜になってしまう。
今回の作戦では、圧倒的な力を背景に無条件降伏を迫るつもりでいるため、無理をせず、八十キロメートルほど進んだところで野営する。
ラントは午後三時頃、野営地に向かった。
高速移動が可能なエンシェントドラゴンかアークグリフォンに乗るため、一時間も掛からずに到着できる。そのため、出発時間をずらしたのだ。
サードリンの町に向かう街道は険しく狭い山道が続くが、野営地に選んだ辺りになると、緩やかな傾斜の森が広がっており、野営地に適した比較的広い草原もところどころにある。
その一つに地上軍が野営の準備をしていた。
ラントが到着すると、鬼人族、魔獣族、巨人族、死霊族らが出迎える。彼はその出迎えに笑顔で応え、声を掛ける。
「明日の午後にはサードリンに到着する! 不自由をかけるが、できるだけゆっくり休んでくれ!」
それだけ言うと、予め用意されていた天幕に入っていく。
「出発は天翔兵団と一緒に明日でもよかったんじゃないの?」
古龍族のエンシェントドラゴン、ローズが不機嫌そうにラントに言った。
彼女の言う通り、飛行部隊である天翔兵団は明日四月十八日の正午頃に出発する。これは移動速度に差がありすぎ、到着時間を調整する必要があったためだ。
「確かに私がここにいても役には立たない。だが、地上軍の者たちが野営しているのに、指揮官である私がサウスネヴィス城で休んでいるわけにはいかない。多少なりとも戦士たちと苦楽を共にすべきだ」
ラントの言葉に側近のキースが賛同する。
「陛下のお考えは正しいと思います。陛下が姿をお見せになっただけで、戦士たちの士気は大きく上がっておりますから」
今までの魔帝はこのような気遣いをすることはなかったが、ラントは召喚されてから常に戦士たちに気を配り続け、その努力が実を結び、彼らを完全に掌握している。
それでもラントは手を抜くことなく、夕食を摂る戦士たちのところを回り、労いの言葉を掛けていく。
「明日はよろしく頼む。と言っても戦いにはならないと思うが」
ラントは魔獣族戦士にそう言って声を掛ける。
「陛下の御為に、この命を捧げる所存です!」
声を掛けられた戦士は片膝を突いて大きく頭を下げ、彼のために勝利を誓っていく。
「気持ちはとてもうれしいが、敵は神聖ロセス王国だけじゃない。だから、できるだけ長く、私を支えてくれ」
その言葉に戦士たちは更に歓喜していく。
翌朝、ラントは地上軍を見送った後、サードリンとその周辺の偵察を行った。
サードリンは人口三万人ほどのこの世界では中規模の都市だが、王国軍の進攻拠点ということで、周辺には食糧や飼葉などを供給する農村が多数存在する。
その数は小規模なものも含めれば三十以上あり、周辺の人口だけでも数千人規模になる。
(町を占領することは容易いが、農村はどうするかな。できればそのまま引き込みたいけど、僕が全部の村を回るわけにはいかない。誰に任せるのがいいかな……)
ちなみにグラント帝国軍の戦士たちは基本的に食料を必要としない。城や野営地で食事を摂っているが、これは習慣に近く、肉体を維持しているためにはこの世界に満ちている魔力を吸収することで事足りる。もっとも世界樹から離れた魔力の密度が低い場所では補給の問題が発生する。
帝国軍は食料生産のための農村を必要としないが、サードリンの住民が降伏した場合、自給体制を確立する必要がある。だからラントはサードリンの町だけでなく、農村もそのまま支配下に組み入れたいと考えていた。
(見た目が優しいエンシェントエルフに交渉を任せるのがいいかな。この辺りは後で考えよう……)
正午頃、ラントは地上軍と合流する。既にサードリンの町までは十キロメートルほどまで近づいていたが、深い森の中であり王国軍は未だに気づいていない。
ラントは先陣となる駆逐兵団の将、鬼人族のハイオーガロード、ゴインに声を掛ける。
「この先、数キロで森が切れる。そうなれば、敵も我々に気づくだろう。打って出ることはないだろうが、警戒だけは怠るな」
彼自身は王国軍が戦いを挑んでくるとは思っていないが、油断によって戦力を損なうことを避けるためにあえて注意を促したのだ。
「御意。ですが、ここに油断するような者はおりませぬ。皆、陛下に落胆されるような愚かな行いはすまいと考えております」
そう言ってゴインは頭を下げた。
ラントが召喚された当初は戦闘力のない彼にぞんざいな口の利き方をしていたが、最近では以前のような口調を改め、敬意をもって接している。
「ならばよい。では、進軍開始だ」
ラントたちも飛ぶことなく、地上軍と共に歩いていく。
一時間ほどで森を抜けると、草原が広がっていた。緩やかな丘陵地帯になっており、放牧されているのか、牛や馬が長閑に草を食んでいる。
牛飼いらしい男が帝国軍を見つけたのか、慌てた様子で走り去った。
「サードリンが見えるまで進め! 急ぐ必要はない!」
ラントの命令通り、地上軍はゆっくりとした歩調で進んでいく。
「天翔兵団が到着しました」とキースがラントに声を掛けた。
ラントが振り向くと、巨大なシルエットのエンシェントドラゴン約百体を含む、千に及ぶ飛行型の魔物が悠然と飛んでいた。
「時間通りだな。では、私は天翔兵団と合流する。皆はこのままサードリンに進め!」
「「オオ!!」」
戦士たちの雄叫びが草原に響き、その声に怯えた牛馬が顔を上げる。
ラントは龍形態になったローズに乗った。
「先頭にいるアルビンの横に付けてくれ」
『分かったわ』というローズの弾むような念話が届く。父親たちと一緒に戦えることがうれしいのだ。
天翔兵団の先頭を行く白龍に接近すると、ラントは楽しげな口調で声を掛けた。
「地上軍が所定の位置に着くまで、サードリンの町の上空を旋回する。咆哮を上げてもいいし、被害を出さないのであればブレスを放ってもいい。人族がこちらに注目するようにしてくれ」
『承知』という端的な答えが返ってくる。
サードリンの上空に辿り着くと、エンシェントドラゴンたちは空に向けてブレスを放ち、ロック鳥はその巨体を見せつけるかのように地上近くまで高度を下げる。グリフォンたちはそれぞれ甲高い声を上げ、フェニックスはいつもより炎を強く噴き出していた。
三十分ほど示威行動を繰り返した後、ラントは天翔兵団に町の上空で待機を命じると、ローズに地上軍に合流するよう指示する。地上軍はサードリンの町から五百メートルほどの距離にある草原に待機していた。
「これくらいでいいだろう。着陸してくれ」
地上軍に合流すると、ラントはエンシェントエルフのメイド、エレンに拡声の魔法を頼み、降伏勧告を行った。
「サードリンの領主及び駐留軍の指揮官に告ぐ! 私はグラント帝国第九代魔帝、ラントである! 我が帝国は人族の度重なる侵略に対し、鉄槌を加えんと軍を興した! しかしながら、私は無益な殺生を好まない! 無条件降伏するなら住民の安全は我が名に懸けて保証する。後ほど、降伏後の諸君らの待遇について記載した書面を渡す」
そして、ラントはゴインに目配せをする。
「駆逐兵団よ! 町を包囲せよ!」
ゴインの命令を受け、鬼人族、魔獣族の戦士たちが一斉に町を包囲していく。
「降伏後、軍及び希望する住民の退避を許可する。だが、町から出るのは降伏勧告を受諾してからだ! それまでは何人たりとも町から出ることは許さん! 回答期限は明日の正午! その刻限までに回答がない場合は、地上及び空より総攻撃を開始する!」
ラントはそれだけ言うと、用意された折りたたみ椅子にどっかりと座った。
すぐにアークグリフォンのカティが獣形態で飛び立ち、町の中央にある領主の館に書面の入った筒を落とす。
ラントはその様子をぼんやりと見ていた。
(あの文書が役に立てばいいんだが……まあ、役に立たなくても降伏するしかないんだ。明日の昼までに降伏してくれよ。蹂躙なんてしたくないんだから……)
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