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魔帝戦記  作者: 愛山 雄町
第二章「王国侵攻編」

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第七話「サウスネヴィス城」

 四月十三日の朝。

 帝都フィンクランは春の柔らかな日の光を受け、爽やかな朝を迎えていた。

 輝くような翡翠色で芽吹いている若草、ところどころで花を咲かせている草木があり、生命の息吹が感じられる。


 そんな中、ラントは銀色に輝く真新しい鎧を身に纏い、天翔兵団の戦士たちの前に立っていた。


 彼の視線の先にはキラキラと輝く美しいクラン湖が映っているが、彼の視線は戦士たちにしっかりと向いている。


「人族は先の敗戦に懲りず、再び兵力を増強し始めた! 先手を打ち、神聖ロセス王国に進攻する! 手始めに最前線の町、サードリンを占領し、その後、交通の要所であり、穀倉地帯の中心ナイダハレルまで軍を進めるつもりだ!」


 そこで戦士たちは「オオ」とどよめく。


「だが、目的は町の占領ではない! 人族の軍隊を呼び寄せ、決戦を強いることだ! 決戦にさえ持ち込めれば、我々の勝利は約束されている!」


 そこでラントは戦士たちを見ていく。皆やる気になっており、力強く頷いている者が多い。


「今回の戦いでは敵を引きずり出すことが最も重要である! そのためには戦闘以外にもいろいろとやってもらうことになるが、我が命に従ってくれ!」


「「「オオ!!」」」


 戦士たちが雄叫びで応える。


 演説を終えたラントはエンシェントドラゴンのローズに目配せする。

 事前に段取りは伝えてあり、ローズはすぐに龍形態に姿を変えた。


「これよりサウスネヴィス城に向かう! 天翔兵団よ! 我に続け!」


 その言葉でローズは大きく羽ばたき、悠然と舞い上がる。

 天翔兵団の古龍やロック鳥、グリフォン、フェニックスらも次々と人化を解き、空に飛び出していった。


「「帝国軍、万歳!」」


「「ラント陛下、万歳!」」


 見送る市民たちが声を上げる。


 ラントは天翔兵団がすべて離陸したことを確認した後、ローズに命じた。


「では、サウスネヴィス城に向かってくれ」


『分かったわ。あんたはそこでのんびりしていなさい』


 口調はいつも通りだが、念話に喜びの感情が見え、ラントは笑いそうになる。


 上空の気温は低いものの飛行自体は順調で、ラントは遊覧飛行のようなのどかさを感じていた。


 四時間ほどの飛行で神聖ロセス王国との国境、ネヴィス山脈を越える。

 眼下には三ヶ月前に勇者を倒したネヴィス砦があり、更に南に視線を向けると、巨大な城、サウスネヴィス城の姿が見えた。


 サウスネヴィス城は一月に行われた王国の侵攻作戦で野営地として使われた場所に建てられた城だ。


 一辺一キロメートル、高さ二十メートルの城壁に囲まれており、城壁の中には四階建ての石造りの館がいくつも立てられ、常時五千名、最大一万名の戦士が半年間戦えるだけの物資が貯蔵されている。


 飛行部隊の着陸場所に指定されている城門前の広場に到着すると、城主である鬼人族のハイオーガロード、ブルックと駐屯している戦士たちが出迎える。

 ラントは戦士たちに手を振りながら、ブルックに右手を差し出した。


「よくおいでくださいました」と言ってブルックはその手を取る。


 以前は畏れ多いと言って躊躇していたが、今ではすっかりラントの行動に慣れ、迷わず握手をしている。


「久しぶりだな、ブルック。以前より整然としている。さすがだ」


 そう言ってラントは褒める。

 一ヶ月前、城が完成した際にラントはここを訪れており、その時には物資の搬入などで混乱していたことを思い出したのだ。


「王国軍の状況はどうだ?」


 城の中を歩きながら、ブルックに状況を聞く。毎日伝令が行き来し、定時報告が行われているが、それでも責任者である城主本人から聞くことに意味があるとラントは考えている。


「ご命令通り、遠方からの空中偵察とサードリンの町に潜入している諜報員からの情報のみですが、特に変わったところはないとの報告を受けております」


「了解した。昼食を摂ったら偵察に行くつもりだが、その諜報員からも直接話を聞きたい。明日以降で構わないから手配を頼む」


「心得ております。既に本日の夕方に報告に来るよう手配しております」


「さすがだ。君を城主にした甲斐があるよ」


 そう言ってラントは微笑む。


 午後二時過ぎ、ラントは偵察に向かった。

 目立たないようにアークグリフォンのロバートに乗り、供にはキースのみを連れていくだけだった。


 案内役のアークグリフォンを含め、三騎だけだが、キースたちも慣れており、護衛が少ないことに苦言を呈さなくなっている。


 サウスネヴィス城からサードリンの町までは約百二十キロメートル。グリフォンたちの速度なら一時間半ほどの距離だ。

 目立たないように高度を取ってサードリンの町に接近していく。


(ブレア峠に向かう道に人影はないな。サードリンの町に出入りする荷馬車も初めて見た時より少ない感じだ。まあ、あの時は侵攻軍がいたから多かっただけかもしれないが……この町なら天翔兵団だけでも簡単に落とせるな。防御などほとんどないのだから……)


 サードリンには防壁はあるものの、石造りの頑丈なものではなく、木でできた柵に近いものだ。


 また、得られた情報によれば、町自体も人口三万人ほどと、この世界では中堅どころの規模だが、常時駐留している軍は三千人ほどしかいない。

 壊滅させるだけなら、エンシェントドラゴンが一体いれば充分可能だ。


 偵察を終え、城に帰還したラントは諜報員を呼び出した。

 既に得た情報については報告によって知っているため、気になったところを中心に聞いていった。


「町の活気はどうだ? 市民たちは何か言っていなかったか?」


 諜報員のヴァンパイアロードはどう答えていいのか迷いながら言葉を探す。


「活気でございますか? 以前との比較は難しいのでどうお答えしてよいか……」


 そう言って困惑の表情を浮かべる。


「私の聞き方が悪かったな」とラントは言った後、質問を変えた。


「例えば物価が上がったとか、税金が増えたとかで、生活が苦しくなったというような話はないか? 他にも食料が手に入りにくいとか、仕事が増えて給料が増えたとか、そんな感じの情報があれば教えてほしい」


 ラントは具体的な話なら話しやすいだろうと思い聞き方を変えた。


「それでしたらございます」と安堵の表情を浮かべ、説明を始めた。


「荷馬車が極端に減ったことから近隣の村から新鮮な食料が運ばれにくくなったという話がありました。税金については特に聞いたことはございませんが、町の近くに野生の魔物が増えており、その退治に駆り出されることが多くなったという話も聞いております」


「なるほど……」


 ラントはそこで考え込んだ。


(輜重隊を全滅させた影響で荷馬車が減ったんだろう。まあ、二千輌もの数の荷馬車が軍用だけで用意されているとは思えないから、近くから徴用したんだろうな。野生の魔物も兵士が減った影響だろう。三千の兵士がいるという話だが、実力がないか、戦力を温存しているのだろうな。それに物資も乏しい。圧倒的な戦力を見せれば降伏する可能性もある……)


 ラントはそこで諜報員のヴァンパイアロードに目を向ける。


「噂を流してほしい」


「どのような噂でしょうか」


「野営地で捕虜になった兵士は無事に帰って来た。新しい魔帝は抵抗しなければ無暗に殺すような奴じゃないという感じだな。他にも聖騎士たちは我先に逃げた。魔族が来ても聖都に篭って助けには来ないだろうというのも頼む」


「御意」と言って諜報員は頷く。


「あまり不自然にならないようにしてほしい。どちらの噂も帝国軍が姿を見せた後に流してくれ。その方が自然に見えるからな」


「承りました」


 ヴァンパイアロードは一礼すると、サードリンの町に戻っていった。


(サードリンは無血開城させて、駐留している軍を退避させる。そうすれば、聖都にも情報が届くだろう。次のナイダハレルの町を防衛するか、聖都までの別の町で防衛線を敷くかの選択を強いることができる……)


 そこで地図を思い浮かべる。

挿絵(By みてみん)


(聖都からナイダハレルまでは三百キロ以上ある。常識的に考えれば、その次の町、テスジャーザくらいで迎え撃つ。まあ、聖都まで引き込むという選択肢もないわけじゃないが、さすがにそこまでの町を放棄することは政治的に難しいだろう……)


 三日後の四月十六日の正午頃、地上軍である駆逐兵団、轟雷兵団、そして支援部隊がサウスネヴィス城に到着した。

 総数は天翔兵団約一千、駆逐兵団約五千、轟雷兵団約二千、支援部隊約二千の計一万。


「明日、全軍でサードリンに向かう! 今日はゆっくり休み、英気を養ってくれ!」


 ラントは全軍にそう命じ、兵団長たちと最後の打ち合わせを行った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 今日も面白かったです。 [気になる点] 最前線の訓練された兵士3000人がエンシェントドラゴン1匹で壊滅するのでは人間側にあまりに勝ち目がない気がしました。例えば隘路にすれば5万人でも完封…
[一言] 機動打撃戦力に差がありまくる……正直負ける気はしないでしょうけど政治的効果の方が大事ですからその辺が面倒なところですね。
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