第二十九話「戦勝記念祭」
ラントは功績を上げた戦士たちに褒賞を与え、八人の長たちにそれぞれ称号を贈った。
その結果、式典会場である“ハイランド公園”は異様な熱気に包まれている。
既に日は完全に落ち、会場内は発光の魔道具による白っぽい光に包まれていた。
戦士たちの後ろでは市民たちが祭りの準備を急ピッチで行っている。
その光景を見たラントは、後ろに控える執事姿のフェンリルのキースに話しかけた。
「手際がいいな。彼らはエンシェントエルフとエルダードワーフのようだが?」
「はい。この都はエンシェントエルフとエルダードワーフが多く住んでおりますので」とキースは答え、更に笑いながら付け加える。
「手際の良さはドワーフたちがいるからです。すぐにでも飲み始めたいとエルフたちを駆り立てているのでしょう」
ラントは先ほどのエルダードワーフの長、匠神王モールのことを思い出し、「なるほど」と言って頷いた。
「三日前から準備を始めていましたから、どんな料理が用意されているのか楽しみですね」
エンシェントエルフのメイド、エレンが楽しそうにそう言った。
「三日前? 私が帰還した翌日から準備を始めているのか……」
「そうみたいです。こんな大勝利は先代の陛下がお隠れになってから一度もありませんでしたから、皆さん気合が入っていたそうです」
ラントの先代に当たる第八代魔帝が勇者に暗殺されてから約三百年経っている。その間、局地戦での勝利はあったものの、それは国境を守る鬼人族の勝利であり、帝国全体で祝うようなことはなかった。
「エルダードワーフたちのことだから、口実があれば何でもいいと思っているはずよ」
エンシェントドラゴンのローズがそう言って笑っている。
そんな話をしていると、八人の王たちがラントの前にやってきた。
「そろそろ準備が終わりそうだぞ。会場に向かわなくてもよいのか」
神龍王アルビンが上機嫌でラントに話しかける。
「そうじゃぞ。陛下が行かねば始まらんのだ。すぐにでも始められるように準備をせねばならん」
モールが真面目な表情でラントに迫る。
「そ、そうだな。でも、どこに行ったらいいんだろう」
困惑気味にラントがそう聞くと、護樹女王エスクが彼の腕を取る。
「こちらですわ、陛下。私たちエンシェントエルフが腕に縒りをかけて作った料理を楽しんでください」
「料理もそうじゃが、まずは酒じゃ! 陛下には儂らの秘蔵の酒を飲んでもらわねばならんのだからな。だから早くするんじゃ」
モールがそう言って急かすが、その言葉にラントは顔を引きつらせる。
「今日は酔い潰れるわけにはいかないんだ。あまりたくさんは飲めないぞ」
結局、モールがラントの背中を押し、エスクが手を引く形で会場の中に向かった。
そのやり取りを聖獣王ダランたちは楽しそうに見ていた。
「まだ十日も経っておらぬが、陛下は完全に我らの中に溶け込んだようだな。最初はどうなることかと思ったが」
それに対し、鬼人王ゴインが「そうだな」と頷き、更に話を続けていく。
「なんでこんな弱い奴が神に選ばれたんだと思ったが、今なら分かる。この方こそが、真の魔帝、我らの導き手であるとな」
「ずいぶんな入れ込みようだな」とアルビンが揶揄するように言った。
いつもなら、ゴインはそのようなからかいに強く反応するが、全く怒りを見せることなく、静かに反論する。
「自分でもそう思う。だが、貴殿も同じではないのか? 愛娘を陛下の下に送り込んでいるのだから」
予想とは違う反応を見せたことに、アルビンは僅かにたじろぐが、それでも平静さを装ってそれに答えた。
「娘のことは気まぐれだ。まあ、面白い男だから見てこいという感じだな」
「その割には奥さんに叱られたと聞いたけど?」
アギーがそう言ってからかう。
「あ、あれは……」とアルビンは口籠った。
そんな話をしていたが、「何をしておる! お前たちもこっちに来ぬか!」というモールの叫び声でその話はうやむやになった。
六人はラントたちの方に歩き始めるが、普段無口な巨神王タレットがぼそりと呟いた。
「我らがこれほど話し込んだのはいつ以来だったであろうか……」
他の五人はその言葉に思わず頷く。
「話し込んだと言ってもあなたはいつも通り黙っていて、全然加わっていないじゃない」
そう言ってアギーが笑うと、他の五人も笑みを浮かべていた。
六人はラントに合流し、再び八神王が揃った。
祝祭の準備はほぼ終わり、酒が振舞われ始めていた。
「ここで待っておれ!」とモールはラントに言うと、ドタドタと走っていく。
そしてすぐに戻ってきたが、その手にはガラス製のジョッキが二つあった。
ラントはそのジョッキに思わず目を奪われる。手の込んだカットが入り美しいこともその理由の一つだが、一リットル以上入りそうな大きさに驚いたのだ。
「まずはビールからじゃ。乾杯にはこれが一番じゃからの」
ラントはそれを受け取りながらも苦笑いを浮かべている。
「この寒空にこれだけの量のビールか……まあ、喉が渇いているからちょうどいいんだが」
そう言っているが、彼の着ている礼服には温度調整機能も付いており、思った以上に暖かい。
彼ら以外にも酒が手渡される。
エスクとアギーはビールではなく、美しいフルート型のグラスを受け取っているが、他はモールが渡してきたような大型のジョッキを手にしていた。
「皆にも行き渡ったようじゃな」とモールは言うと、銅鑼声で叫んだ。
「これよりラント陛下に乾杯の音頭を取ってもらう! 皆、酒はあるか!」
「「「オオ!!」」」
その問いに即座に歓声が応える。
「では、陛下。乾杯の音頭を頼むぞ! 手短にな」
突然のことでラントは驚くが、いつも通りエレンが拡声の魔法を掛けていた。
ラントは手際の良さに笑みが零れるが、すぐにモールの視線を受け、ジョッキを高く掲げた。
「それではこれより戦勝記念祭を始める! 我が親愛なるグラント帝国の者たちよ! 共に勝利を祝おう! 帝国の勝利に乾杯!」
「「「乾杯!」」」
戦士や市民たちの声が天に向かって響く。
「今夜は無礼講だ! 皆楽しく飲んで騒いでくれ!」
その言葉にも多くのジョッキが掲げられる。
「ビールはホップが利いていて美味いな。温度もちょうどいい。さすがはエルダードワーフたちが管理しているだけのことはある」
ラントの言葉にモールが「その通りじゃ。陛下もよく分かっておる!」と言ってラントの背中をバンと叩く。
思った以上に強い力に、ラントは思わずよろめく。
「陛下になんていうことを! あなたの力では陛下が怪我を負いかねません。注意なさい!」
エスクがそう言って注意するが、ラントは「気にするな。モールも手加減してくれている」と笑みを浮かべてとりなした。
ラントたちは近くに用意された椅子に座り、酒と料理を楽しんでいく。
「このワインもよくできておる。ぜひとも味わうべきじゃ」
「魚料理には米の酒も美味い。陛下も飲んでみてくだされ」
などと言って、ドワーフたちがいろいろな酒を持ってくる。そのため、テーブルにはジョッキの他にグラスが多数並んでいた。
「こんなにいっぺんには飲めないよ。この気温なら酒の温度が上がることはないと思うけど、一番美味い状態で飲ませてくれ」
その言葉にモールを始めとするエルダードワーフたちが頷く。
「確かにそうじゃな。酒は最高の状態で飲まねばならん」
モールがそう言ったことでエルダードワーフたちも無制限に酒を運ぶことをやめた。
「陛下、こちらの料理はいかがですか? 私が食べさせてあげますわ」
いつの間にかラントの隣にアギーが座っていた。そして、ラントにしなだれかかる。
アギーはパテ・ド・カンパーニュのような肉料理を切り分け、フォークに刺してラントの口元に運んでいた。
「美味そうだが、自分で食べられる」
ラントが困惑気味にそう言うと、後ろに控えていたエンシェントドラゴンのローズが「陛下にくっつき過ぎだ」と言って間に割り込む。
「あら、私の邪魔をしないでほしいわ。陛下のお世話をするのは天魔女王である私の役目よ」
「なぜそうなる!」とローズが反論し、更にエンシェントエルフのメイド、エレンも「それは私の仕事ですわ」と話に加わってきた。
「先ほど陛下からいろいろ頼むと言われたわ。だから、邪魔しないでくれるかしら」
アギーは勝ち誇ったような顔でローズとエレンを見ている。
その間にアギーとは反対側にエスクが座っていた。
「陛下、こちらをどうぞ」
彼女の前にはきれいに取り分けられた前菜が並んだ皿があり、そう言いながら皿をラントの前に押した。
「助かるよ」と言ってラントはそこから料理を食べ始めた。
「何をしているの、エスク!」とアギーが抗議する。
その様子を他の八神王たちは笑いながら見ている。
ラントも同じように笑っていたが、別のことを考えていた。
(召喚された時はどうなることかと思ったけど、何とかなりそうだな。明日からは対人族の戦略を練らないといけないけど、今日くらいはのんびりさせてもらおう……)
ラントはそう思いながらジョッキを大きく傾けた。
これにて第一章は終わりです。
次章では本格的な戦争に入ります。圧倒的な戦力を背景に神聖ロセス王国に侵攻していきますが、王国側も激しく抵抗してくるはずですので、その辺りを楽しんでいただければと思います。
ストックが尽きたので、もしかしたら数日間が空くかもしれません。
続きを読んでもよいと思っていただけましたら、ブックマーク、感想、レビュー、評価などをいただけますと幸いです。




