第二十八話「称号」
「長たちよ、ここへ!」
戦士たちの褒賞を与えた後、ラントは古の者の長たちを演台の上に呼んだ。
式典開始から三十分以上が経ち、空は茜色から群青色に変わろうとしている。演台にも照明が準備され、ラントは舞台のようだなと思っていた。
その照明を受けながら、八人の長たちはラントの前に横一列に並び、片膝を突いて頭を下げる。
「それでは古の者の長たちに褒賞を与えたいと思う。その前に私はこの“古の者の長”という呼び方が少し気に入らない。君たちには似合わないと思っているからだ」
その言葉に古龍族の長、エンシェントドラゴンのアルビンが顔を上げ、不機嫌そうに口を挟む。
「どういうことだ。我らはその名に誇りを持っているのだぞ」
そこでラントは相好を崩す。
「済まなかった。私の言い方が悪かったな」
そう言うと、長たちの顔を見ていく。
「私が言いたかったのは、君たち一人一人に称号があった方がいいと思ったのだ。君たちには個性がある。“古の者の長”と一括りにするのはいかがなものかと思ったということだ」
八人はそれでも何のことか分からず、顔を見合わせている。
「それではこれまでの帝国への貢献を賞し、諸君らに称号を贈りたいと思う。名前を呼ぶから我が前に来てほしい」
戦士や市民たちがざわめくが、ラントはそれを無視してアルビンの名を呼んだ。
「古龍族の長、エンシェントドラゴンのアルビン、我が前へ」
アルビンは困惑の表情を浮かべながら、ラントの前で跪く。
「君に関する記録を見せてもらった。強力無比な力とその雄姿は神に匹敵すると言っていい。これより“古龍族の長、アルビン”ではなく、“神龍王アルビン”と名乗るように」
アルビンは一瞬呆気にとられ、ラントを見つめたまま固まってしまう。
「不服か? 神の如き力を持つ龍、そして魔帝を支える王であることを明確にしたつもりだが?」
「い、いや。拝受する」
その言葉で古龍族からどよめきが起きる。
アルビンからそれまでの不遜な態度が消えた。彼は人一倍プライドが高く、その分、承認欲求も強かった。
しかし、歴代の魔帝は扱いづらい彼をあまり評価せず、このような言葉を掛けられたことは一度もなかった。
それは他の古龍族にも当てはまる。そのため、彼らは驚き、思わず声を上げてしまったのだ。
「鎮まれ! アルビンよ。今後、龍の機動力と攻撃力を存分に発揮してもらうつもりだ。これからもよろしく頼むぞ!」
「はっ!」と言ってアルビンは頭を下げ、列に戻っていった。
「魔獣族の長、フェンリルのダラン」
落ち着いた雰囲気の壮年の美男子がラント前で跪く。
「聖者の如く誠実にして、我が国の内政をエスクと共に取り仕切ってくれた。また、今回も私の無茶な要求を部族の者たちと共に完遂し、それによって戦いは有利に進められた。政戦双方で骨を折ってくれたことに対し、感謝したい。これより、“聖獣王ダラン”と名乗るように」
「謹んでお受けいたします」
ダランは表情を変えることなく、静かに了承する。
「多様な力を持つ魔獣族にはその特性に合った仕事をいろいろと頼むつもりだ。後日、詳細を詰めたいからそのつもりで頼む」
「御意」
そう言うと、列に戻っていく。
「エンシェントエルフのエスク、ここへ」
「はい」と美しい声で答え、玉座の前で跪く。
「これまで世界樹とここ帝都、そして帝国という組織を守り続けたこと、大儀である。その功績を称え、“護樹女王エスク”と名乗ってほしい」
「謹んでお受けいたします」
「これからも世界樹と帝国を守り、世界の調和のために尽力してほしい」
「御意にございます」と言って、優雅に頭を下げる。しかし、その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
彼女自身、調整役として帝国を守り続けてきたという自負があったが、誰からも正当に評価されたことがなかった。
エスクはラントに対し崇拝だけでなく、より個人的な思慕の念も抱き始めている。
「鬼人族の長、ハイオーガロードのゴイン。ここへ」
軍服を押し上げるような分厚い胸板の偉丈夫が戸惑いながら前に出る。これまでの三人に与えられた称号を聞いて強い期待があったが、八人の中では最も若く、その分実績も少ないためだ。
「今回の勇者との戦い見事だった。素人の私が見ても鬼神と呼ぶに相応しい姿だった。これより“鬼神王ゴイン”と名乗れ」
「鬼神王……はっ! ありがたく頂戴いたします」
「帝国最大の部族にして、長く国境を守ってきた功績は他を圧倒する。それだけではない。ラディやブルックのような優秀な者を抜擢したことは大きな功績だ。今後も我が国のために尽力してほしい」
「はっ!」と言って頭を下げる。
「エルダードワーフの長、モールよ、ここへ」
モールは式典であるにも関わらず、作業服のようなつなぎを着ていた。そして、ドシドシという感じで歩いていく。彼はこれまでの四人に比べ、名誉に興味はなく、その顔には早く終わらせて酒を飲ませてくれと書いてあった。
「この国を守り続けられた大きな要因に装備の充実があると考えている。鬼人族戦士の戦死率を見たが、これほど低いとは思わなかった。これは装備の優秀さが理由だと考えている。その功績を称え、“匠神王モール”と名乗ってほしい」
「分かった。面倒じゃが、もらっておこう」
不遜な態度にエスクが眉をひそめている。
「先日の酒のこともあるが、私の持つ異世界の知識も君に伝えたいと思っている。私のいた国は世界でも有数の技術大国だった。もっとも私は技術者ではなかったからどこまで伝えられるかは未知数だが」
「異世界の技術とは楽しみじゃな!」
それまでの態度が嘘のように強い関心を示す。
彼らは鍛冶師だが、技術者でもあった。新たな技術に対しては貪欲で、帝国製の武具や魔道具の性能が他を圧倒するのは彼らの向上心のお陰だった。
戦士たちの周りに控えている他のエルダードワーフたちも腰を浮かしかけ、周囲の者たちがそれに驚いている。
「もちろん酒に関することも忘れていないぞ。まあ、ここの方が美味い酒は多いと思うが、私がいた日本という国は料理や酒にもこだわりがある国だったから酒に関する情報も……」
そこまで言ったところで、先ほどとは比較にならないほど大きな声を上げる。
「何じゃと! では、あるだけの酒を飲んでもらわねばならんぞ!」
モールの叫びに他のドワーフたちも「酒の情報じゃと!」、「新たな酒ができるのか!」などと叫んでいる。
「い、いや、いっぺんには勘弁してくれ。前にも言ったが私は本職じゃなかったんだ。どこまで君たちの要望に応えられるかは……」
「それでもよい! よろしく頼むぞ!」
そう言って意気揚々と列に戻っていった。
その様子にラントは失敗したかもと不安になる。
(称号には興味がなさそうだったから大好きな酒の話を振ってみたんだが、失敗だったかもしれないな……)
そんなことを一瞬考えるが、すぐに真面目な表情に戻す。
「死霊族の長、ノーライフキングのオード、前へ」
黒っぽいマントを羽織り、不健康そうな灰色の皮膚をした白髪の老人が彼の前で跪く。
「魔法と魔道具の研究においては世界一と聞いている。その知識を生かし、我が国を導いてほしい。これより、“魔導王オード”と名乗るように」
「御意」と感情を一切見せず頷く。
「先日も通信の話をしたが、私のいた世界では科学技術がこの世界より発達していた。今後も時間を見つけていろいろと話をしよう。他にも創作に魔法や魔道具がいろいろとあった。どこまで実現可能かは未知数だが、新たなアイデアにつながるかもしれない」
そこでオードはラントを見つめる。死そのものと言えるノーライフキングに見つめられ、背筋に冷たいものが流れる。
「ありがたきお言葉」
そう言って印を切るような複雑な手の動きを見せる。オードは古代王国の末裔であり、そこで使われてきた特殊なまじないで忠義を表したのだ。
ラントはその雰囲気に気圧され、「よ、よろしく頼む」とだけ口にした。
「巨人族の長、エルダージャイアントのタレット、ここへ」
身長二メートル五十センチを超える巨漢が立ち上がると、ラントは顔を見るために大きく見上げなければならなかった。
「今回の戦いでは巨人族の雄姿は見られなかった。だが、私のいた世界には神に匹敵する力を持つ巨人の話が多く残されている。その巨人に因み、これから“巨神王タレット”と名乗るように」
「神を名乗るのは不遜ではありますまいか」と太い声で反論してきた。
「神にとって代わるのであれば不遜にして不敬だが、神の如き力を持つという意味であれば問題ない。私のいた国では名人や達人に“〇〇の神様”という称号が普通に与えられていたのだ」
「なるほど。ならば、謹んでお受けしよう」
そう言うと静かに列に戻っていった。
「妖魔族の長、サキュバスクイーンのアギー、前へ」
胸元と背中が大きく開いた漆黒のドレスを身に纏った美女が優雅な足取りで前に出る。
「漆黒の翼で空を舞い、天空より魔法を撃つ姿は正に天魔。これより、“天魔女王”と名乗るがよい」
その妖艶さと漂ってくる甘い香りにラントはたじろぐ。
「謹んでお受けいたしますわ」
そう言って優雅に頭を下げる。その際、深い胸の谷間が見え、ラントの顔が赤くなる。
それに気づいたアギーはニコリと微笑む。
「先ほどバランたちにも言ったが、万能と言える妖魔族には期待している。いろいろな任務を頼むことになると思うが、よろしく頼む」
「承りましたわ、陛下」
そう言いながら色っぽいまなざしで彼を見つめた後、ゆっくりとした歩みで、元の場所に戻っていった。
ラントは八人の王の間を通り、戦士や市民が見える場所に立つ。
「諸君らに王の名を与えた。これは魔帝である私を支える王であることを明確にしたかったためだ。また、各部族が人族の王国より価値があることを示すためでもある。今後、各部族の戦士、技術者、研究者が功績を上げた際、このような称号を与えるつもりである」
その言葉で戦士や市民から歓声が上がる。これまで評価されることがなかったためだ。
「それではこれにて式典を終了する! この後は戦勝を祝う祭だ。皆も存分に楽しんでくれ!」
その言葉で全員が頭を下げた。
ラントは演台を降りようと歩き始める。
「「ラント陛下、万歳!」」
戦士たちの叫び声がこだましていた。
控えていた燕尾服姿のキースが「お疲れさまでした」と労う。
「確かに少し疲れたな」と言いながら、長たちの忠誠度を確認する。
(軒並み上がっているな……しかし、称号であれほど態度が変わると思わなかったな。まあ、モールとオードは称号より別のことを喜んだみたいだが……)
ラントが疑問を持ったように長たちの忠誠度の上昇は異常なほど大きかった。
この後、古の者の長は“八神王”と呼ばれることになる。
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