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魔帝戦記  作者: 愛山 雄町
第一章「帝国掌握編」

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第二十七話「褒賞」

 帝国暦五五〇一年一月二十四日の午後五時頃。


 国境から帰還した四日後、夕日によって茜色に染まった空の下で、グラント帝国の帝都フィンクランでは第九代魔帝ラントの勝利を祝う式典が行われようとしていた。


 場所は帝都の北部にある“ハイランド公園(パーク)”と呼ばれる高台になった広場で、帝都とその東にあるクラン湖、そして巨大な世界樹が一望できる市民の憩いの場所だ。


 ここには国境の砦、ネヴィス砦の守備隊を始め、ラントが率いた帝国軍の多くが整列していた。彼らは昨日までに帝都に帰還しており、疲れのようなものは一切見えなかった。


 今日は古龍族や巨人族も人化によって人の姿になっており、出陣式のような威圧感はなかった。逆に 戦士たちは皆、黒を基調とした礼装を身に纏って部族ごとに整列しており、壮麗さが際立っている。


 その周りには多くの市民が詰めかけ、戦士たちに声を掛けていた。

 更に戦士たちの後方では、式典後の祝祭の準備が進められている。


 真冬の夕方ということで風は冷たいが、勝利を祝う式典ということで高揚しているのか、寒さに震えている者はなかった。


 ちなみに夕方に式典を行うのは死霊族に配慮した結果だ。ヴァンパイアを始め、太陽を苦手とする種族が多いためだ。もっともヴァンパイアも太陽の光を浴びても死ぬようなことはなく、単に苦手という程度だ。


「準備が整ったようです」


 エンシェントエルフの長、エスクがラントの耳元で囁く。

 彼女は純白の神官服を身に纏い、錫杖のような銀色の杖を手に持っている。


 声を掛けられたラントも白を基調とした軍服風の礼装を着ており、更にその上に漆黒のマントを羽織っている。


 自分の姿を思い出すと苦笑いが浮かぶため、ラントはそのことを意識から締め出し、エスクに頷き返す。


「では行ってくる」


 それだけ言うと、燕尾服姿のフェンリルのキースとメイド服のエレン、更には戦士たちと同じ礼装姿のエンシェントドラゴンのローズが付き従う。


 広場には出陣式で使った演台より広いものが設けられており、ラントはゆっくりとした足取りで上がっていく。


 演台の中央に立つと、エレンがいつも通り、拡声の魔法をかける。それを確認したラントは静かな口調で話し始めた。


「戦士たちよ、よく戦ってくれた。私の初陣を帝国史上最も完璧な勝利で飾ってくれたこと、心より感謝する」


 そこでラントは小さく頭を下げる。

 その仕草に戦士たちは驚くものの、すぐに歓声をもって応えた。


「「ラント陛下、万歳!」」


「「帝国、万歳!」」


 三十秒ほどそれが続いたところで、ラントは両手を広げてそれを鎮める。


「人族の野望はこれで潰えたわけではない。しかし、私は楽観している。帝国にはこれほど忠実で強力な戦士たちが揃っているからだ。人族の野望を打ち砕くためにも、これからも私に力を貸してほしい」


 それも万歳や歓声が沸き起こり、会場は熱気を帯びてきた。


「今回の戦いにおいて、特に活躍した者たちを表したいと思う。名を呼ばれた者は我が前に」


 その言葉で会場は静まり返った。

 このような表彰を行う機会はこれまでなく、魔帝が直々に名を呼ぶということに驚愕していたためだ。


 ラントはそのことに気づいていたが、特に説明することなく、淡々と進めていく。


「まず、殊勲の第一位からだ。ネヴィス砦守備隊隊長、鬼人族のラディ! 我が前へ!」


 鬼人族から「「オオ!」」という声が湧き上がる。

 ラディはラントの直属になったものの、昨日帝都に着いたばかりで、未だに鬼人族部隊と一緒にいたのだ。


 ラディは緊張気味に演台に上っていき、ラントの前で片膝を突いて頭を下げた。


「私が到着するまで勇者オルトと神聖ロセス王国の精鋭を足止めしたこと、まことに大儀であった。また、その後の追撃戦でも多くの聖騎士(パラディン)たちを討ち取り、王国の野望を打ち砕いたこと、見事である! その功績に対し勲章を授ける! ラディ、その場で立ち上がれ」


 ラントはあえて大仰な言葉遣いで褒め称えるが、内心ではおかしく聞こえていないかドキドキしていた。


 そんなことにラディは気づくはずもなく、それよりも魔帝の前で立ち上がっていいものか悩む。しかし、すぐに言われた通りに立ち上がった。


 ハイオーガである彼は人化していても身長二メートル近い巨漢で、日本人男性の平均的な身長でしかないラントは見上げる形になる。


「よくやってくれた」


 そう言いながら、礼装の胸のところに金色に輝く勲章を付ける。


「この勲章には八本の剣と世界樹が刻まれている。八本の剣は八つの種族を表し、世界の根幹たる世界樹を守っているという意味を込めている。君の冷静な指揮は我が軍の手本となるものだ。今後は私の直属として励め」


 そう言った後、「皆に見せてやれ」と言って振り向かせると、大きな拍手が沸き起こる。


 拍手が収まったところで、再度ラディを振り向かせ、跪かせる。そして、後ろに控えるキースから短剣を受け取った。


 戦士たちに見えるように短剣を高く持ち上げる。


「この短剣は我が信頼の(あかし)だ。我が前であろうと、この短剣を帯びることを許す。たとえその剣で我が命が終わったとしても悔いはしない」


 そう言ってラディに短剣を与えた。


 ラディを始め、全員が声を失った。

 戦士たちはラントに戦闘力がなく、誰でも殺すことが可能だと知っている。その彼が短剣とはいえ武器を与え、それで殺されても後悔しないと言い切ったためだ。


「今後、彼のように我が命に忠実に従い、武勲を挙げた者には勲章と共に短剣を授ける。つまり単に武勲を挙げただけでは不十分だ。我が信頼を勝ち取った者のみが証として受け取ることができるということだ」


 ラディはその言葉に嗚咽を漏らす。


「何を泣いている。これからは私の護衛として存分に働いてもらわなければならないんだ。これからも頼むぞ」


 それだけ言うと、キースに目配せする。

 キースはすぐに反応し、ラディの横に立つ。


「これからは陛下の護衛だ。ローズ殿の横に立て」


 ラディは展開の速さについていけず、言われるままラントの後ろに向かった。


「では、殊勲第二位だ。妖魔族戦士長、アークデーモンのバラン及びタイン。ここへ!」


 その言葉でやや青白い顔の偉丈夫が二人、演台に上がってくる。

 ラントの前で二人は跪く。


「二人は妖魔族部隊を率い、敵輜重隊を全滅させた。それだけではなく、我が意を汲み、証拠を残さない工夫をするなど、敵に大きな混乱を与えてくれた。他にも死体の処理など人がやりたがらない任務を黙々とこなしてくれた。今後の戦いではこういったことが重要になる。二人とも立ってくれ」


 そう言いながら二人を立たせる。

 妖魔族でも戦闘力が高いアークデーモンということで、鬼人族並みの体躯をしており、ラントは再び見上げる形となった。


 勲章を付け、二人にも短剣を渡す。


「これから妖魔族は戦闘だけではなく、さまざまな任務を任せるつもりでいる。まだアギーに相談していないが、私の直属にも数名来てもらうことになるから、そのつもりで励んでくれ」


 二人は同時に「「はっ!」」と答え、すぐに跪く。

 バランたちが下がったところで、ラントは再び戦士たちの方を向いた。


「殊勲第三位は勇者を倒したアルビン、ダラン、ゴイン、アギーの四人だ。彼らは各部族の長であり、別のことを考えているから最後に回す」


 アルビンたち長は側近であるエスクを含め、誰も話を聞いていなかった。そのため、訝しげな表情を浮かべている。


「これから名を呼ぶ者たちは今回の戦いで私が特に素晴らしいと思った者たちだ。数が多いから各部族の前で整列してほしい」


 それだけ言うと、ローズが一枚の紙を手にラントに近づく。

 それを受け取ったラントはそこに書いてある名を読み始めた。


「鬼人族戦士、ハイオーガのジョニー、ジャック……魔獣族戦士アークグリフォンのロバート、ジム……」


 呼ばれた者たちは胸を張って前に出ていく。

 約二百名の名を読み終えると、ラントは前を向く。


「君たちは我が命に忠実に従い、多くの敵を葬ってくれた。鬼人族はラディの指揮の下、果敢に戦ってくれた。魔獣族と古龍族は天馬騎士(ペガサスナイト)を倒しただけではなく、撤退する騎兵を見事に討ち取ってくれた。特に魔獣族は輸送や偵察といった地味な任務も完璧にこなしてくれている……」


 そこで視線を、名を呼ばれなかった者たちの方に向ける。


「今回の選考では非常に悩んだ。名を呼ばれなかった者もごく僅かな差で呼ばれなかったと考えてほしい。私は魔帝の力を使い、公平に君たちを評価するつもりだ。だから、武勲を挙げるために無理をするようなことはしないでほしい。そういった者を私は評価しない。君たち戦士が生き残ってこそ、我が帝国は存続できるのだから」


 彼の真摯な言葉に戦士たちは大きく頷いていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 「手柄を焦って死ぬなよ」が一番大事なところだという。ただでさえ少ない人口の専門職、畑に生えてるような人族の農民兵の100や1000殺す間に一人でも死なれては困るというもの。
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