第二十六話「各国の情報」
ラントは元傭兵隊長ダフ・ジェムソンから王国軍司令部にあった資料の内容について話を聞いた。
「俺も知らなかったんですが、神聖ロセス王国は陛下を倒すだけじゃなく、ネヴィス砦を突破しブレア城を奪ってから各国に連絡し、本格的にグラント帝国への侵攻を行うつもりだったようですね」
ダフの説明を聞き、ラントは首を傾げる。
「それならもっと積極的に攻撃していると思うんだが? 王国軍の主力は聖堂騎士団なんだろう? 狭い峠より広い平地の方が戦いやすいし、第一城を奪うつもりなら、こちらが戦力を増強する前に奇襲を掛けなければ難しくなるだけだと思うんだが?」
「陛下の言っていることはもっともだと思いますぜ。王国軍の上の方も必ずしも一枚岩じゃないみたいなんですよ。最初期の命令書もありましたが、兵力が増えたから急遽作戦を変えたみたいで、勇者を説得しきれなかったようです。おかげで俺が苦労することになったんですがね」
ダフは兵站を担当しており、増えた兵士たちに食料などを供給するため、苦労させられたことを愚痴る。
「なるほど……」とラントは頷く。
「まあ、命令通りやっても結果は同じだったでしょうな。帝国ならともかく、人族側は攻城兵器もなしに城攻めなんてできませんからね」
「魔術師を使えば戦えるんじゃないのか?」
「俺も城を見るまでは行けるかなと思ったんですが、あれは無理ですわ。人族の魔術師じゃ、城壁に傷を付けることすらできんでしょう。やるとすれば、勇者たちが特攻をかけて城内に潜入し、門を開けるくらいでしょう」
ブレア城は帝国の国境防衛の要として築かれた城で、年々増強されている。そのため、城壁は非常に強固で、古龍族のブレスですら跳ね返すほどの強度を誇っている。
「ということは、まだ他の国に増援を依頼していないということになるな。なら、早い時期に再侵攻の可能性は低いということか……」
ラントは時間を稼ぐことができたことに内心で安堵の息を吐き出していた。
(この時間を利用して国内の体制を整備できれば、逆侵攻も可能だ。神聖ロセス王国にも時間を与えることになるが、戦力の補充はそんなに簡単にできるものじゃない。特に主力の騎兵は一朝一夕で育てられるものじゃない……)
そんなことを考えていると、ダフが言いにくそうな感じで声を掛けた。
「軍資金が結構あるんですが……」
「軍資金? どのくらいあるんだ?」
「書類上では五ポンド金貨が三千五百五枚、一ポンド金貨が二千二百十一枚、一シリング銀貨が五千三百二十枚、各セント銅貨もあるみたいですが、管理されていませんでした。もっとも全部王国の通貨で、カダム連合の物じゃないですが」
グレン大陸で使われている通貨の単位は帝国以外ではすべて同じ単位で、ラントの自動翻訳では“ポンド”、“シリング”、“セント”と訳された。
一ポンド=二十シリング=二千セントとなるとダフは説明する。
そのことにラントは僅かに疑問を感じた。
(ポンドとシリングだと、補助通貨はペニーとか、ペンスじゃないのか? まあ、イギリスの通貨なんてよく知らないけど……)
商業の国カダム連合の通貨が最も信用力があり、神聖ロセス王国のロセスポンドはカダムポンドより二割ほど安い。
ポンドやシリングと言われてもピンとこないため、ラントは困惑する。
「どのくらいの価値があるんだ?」
ダフからいろいろな物の値段を聞き、ラントは一カダムシリングが大体千円くらいだと推測する。
金貨と銀貨だけで約二万ロセスポンドあるため、日本円で三億円二千万円くらいになるとラントは認識した。
「多いのか少ないのかよく分からないな。で、何が問題なんだ?」
「物資を妖魔族が持ち返ったと思うんですが、まとめて倉庫に放り込んでいたんで、管理は大丈夫かなと思っただけです」
妖魔族が時空魔法の収納魔法を使い、野営地になった物資などを持ち返っているが、書類などを含め、すべて同じ倉庫に放り込まれていた。
彼らにとってラントに命令されたため運んだだけで、それ以上のことは指示を受けていなかった。そのため、宮殿を管理するエンシェントエルフに確認したが、彼らも式典の準備に忙しく、倉庫に適当に入れておいてくれと言われ、その通りにした。
ダフはその荷物の山の中から書類を探し出したが、その時あまりに適当な管理に不安を感じている。
「確かにそうだな。まあ、帝国の者が人族の金に興味を持つとは思わないが、今後王国に攻め込んだ際に使う可能性が高い。管理をきちんとするよう命じておこう」
その後、回収した地図を使い、ダフからグレン大陸の情報を聞き出していった。
ダフはエルギン共和国の傭兵としてグレン大陸のほとんどの国に行ったことがあり、ラントが最初に考えた以上に情報通だった。
「最大の国が草原の国、ギリー連合王国か。騎馬民族が主体だと戦力的には高そうだが、リアック山脈があるから直接攻められることはないな……」
ギリー連合王国は帝国の北に位置するが、標高五千メートル級のリアック山脈があり、軍隊が通行できるような道がないため、脅威にはならない。
「それよりもバーギ王国の飛竜騎士団の方が気になるな。どのくらいの数がいるか分かるか?」
その問いにダフは肩を竦める。
「一介の傭兵には分かりませんよ。まあ、噂で聞いただけですが、千は超えているみたいですがね」
それまで黙って後ろで控えていたローズが、そこで初めて口を挟んだ。
「飛竜というけど、あれは龍じゃないわ。ただの飛びトカゲよ。私一人でも千でも二千でも相手にできるわ」
「実際に戦ったことはあるのか?」
「ないわ。だって、私たちを見た瞬間に逃げていくんだもの。戦いようがなかったのよ。でも、ワイバーンなんて爪も牙も私たちを傷つけることすらできないわ」
ローズが自信満々にそう言うと、ダフは微妙そうな表情を浮かべていた。
「何かあるのか?」とラントが水を向けると、ダフは言いづらそうに話していく。
「古龍のお嬢さんから見たら大したことないかもしれませんがね、我々にとっちゃ結構厄介な魔物なんですよ、ワイバーンは。開けた土地で見つかったら、全滅を覚悟しないといけないって言われているくらいなんですから」
ダフは自分の常識との差に困惑していたのだ。
「分かった。まあ、ローズが言う通り、古龍族や魔獣族がいれば問題はないだろうが、機動力だけは侮れなさそうだ。早めに潰しておいた方がいいと思っておこう」
ダフからの情報収集は夕方に終わった。
執務室に戻ると、死霊族の長、ノーライフキングのオードがやってきた。
「アギーから聞いたのだが、陛下には新たな魔道具のアイデアがあると」
死霊族らしく生気のない聞き取りづらい声でラントに確認する。しかし、その声音の印象と異なり、やる気に満ちた目でラントを見つめていた。
その視線にラントは気圧される。
「ああ。明日にでも呼ぼうと思っていたんだが」
「出直してもよいが、時間があるなら話を聞かせていただきたいのだが」
有無を言わさない雰囲気にラントは「構わない」と言って説明を始めた。
「私のいた世界には携帯電話とか、スマートフォンとかいう通信機器があった。イメージとしては念話に近いが……」
アギーに説明した時と同じように紙に概念を書いて説明していく。その説明をオードは時折頷くだけで、無言で聞いていた。
「……要は遠距離間で即時に情報がやり取りできる道具が欲しいということなんだ。音声に拘っているわけじゃないから、紙に書いたものでもいいし、念話を強力にしたものでも構わない」
オードは紙を見ながら十秒ほど考えた後、顔を上げた。
「面白い……陛下が求めているものは理解できた」
「どうだ、できそうかな?」
「うむ。いくつかのアイデアはある。ただ時間は掛かると思う」
「構わない。私もすぐにできるとは思っていないからな」
オードはその言葉に頷くと執務室を出ていった。
オードが退出した後、エンシェントエルフのメイド、エレンが驚きの声を上げた。
「オード様があれほどお話になったのを初めて見ました。それもあんなに楽しそうな声で話されているのも初めてです」
「楽しそう? そうなのか? 私にはいつも通りにしか見えなかったが」
「私にも見えなかったな」とローズがラントに同意する。
「死霊族の方たちの表情は見分けにくいですが、慣れれば分かるようになりますよ。私たちエンシェントエルフは死霊族の方たちと割と会う機会が多いですから、自然と覚えるんです」
エンシェントエルフは帝都フィンクランで内政に携わる者が多く、魔道具の開発や製造に関わる死霊族と接する機会が多い。
エレンもラント付きになる前は長であるエスクの下で連絡役をやっていたことがあり、死霊族の表情が分かるようになった。
「そうか。私も早く覚えないとな。大切な部下の気持ちが分かるように」
ラントはそう言った後、少し照れくさそうな表情を浮かべた。
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