97. 銀世界の従者
「氷の……、騎士?」
私達のところへ向かってきたであろう者の正体。
それは身に着けている甲冑も、甲冑の隙間から見える肌も、持っている槍も、乗っている馬すらも氷で出来たかのように青白く冷たく輝いている騎士だった。
「おい、あれは何だ? 新手のアーティファクトか?」
「……私にもよく解りません。ですが好意的ではないようですね」
氷の騎士は首だけを動かして私達を探している。
武器をしまっていないという事は、私達と戦おうとしているからでしょうか。
「表へ出るぞ。家ぶっこわしたら俺が殺される」
このままこの場所で争えば、小屋がただではすまない。
それを察したサラマンドラさんは、窓からわざと音を出しながら出て行く。
音を聞いた氷の騎士は、すかさず小屋から出てサラマンドラさんと私が居る場所へと向かい、そしてお互いに姿を確認すると持っていた槍を構えながら。
「それで、何の用だ?」
「王女殿下の勅命により、この大地に氷の封印を施す」
サラマンドラさんの質問を無視し、抑揚の無い声でそう私達へと伝えた。
王女殿下という事は、シウバさんが言われていたネーヴェと呼ばれている方でしょうか?
一体なんの目的でこのような事を……。
「意味わからんぞ。もっと解るように言え」
「王女殿下の勅命により、この大地に氷の封印を施す」
「馬鹿かお前? 質問に答えろ」
「王女殿下の勅命により、この大地に氷の封印を施す」
「駄目だな……」
サラマンドラさんの言葉に、ただ無機質に同じ言葉を連呼するのみ。
外観や言動から察するに人ではなさそうですが、じゃあ一体何者……?
私は、氷の騎士について様々な考察を巡らせようとしたが。
「なんだこいつ。脆いじゃないか」
サラマンドラさんは、跳躍し氷の騎士の首を蹴り飛ばしてしまう。
砕ける音と共に騎士の頭は胴体から離れ、騎士は少しも動かなくなってしまった。
彼のやり方は少し強引だったような気がします。
ですがが、恐らくは魔術によって生み出された存在か、あるいはアーティファクトの類でしょうか?
話の通じない相手に対して彼がとった行動は、案外正解だったのかもしれませんね。
「よし、家に戻ってジジイ達を探すか」
とりあえず脅威は去った。
後は家の中に隠れている人を探すだけ。
そう思いながら、私は動かなくなった氷の騎士を見送りつつも小屋へと戻ろうとした時。
「サラマンドラさん危ない!」
なんと、氷の騎士の首がいつのまにか再生しており、持っている槍で彼を突こうとしていた!
いけない、このままじゃサラマンドラさんが!
私は咄嗟に叫び、彼へ注意を促したはずだった。
「解ってる。なるほど復元が出来るのか。やっぱりアーティファクトか?」
しかし、それは杞憂に終わった。
氷の騎士の動きが全て解っていたらしく、サラマンドラさんは後ろから突かれたにも関わらず的確に避けて持っていた槍をしっかりと握り締める。
「王女殿下の勅命により、この大地に氷の封印を施す」
氷の騎士は同じ言葉を連呼しながらも掴まれた槍を引き戻そうとするが、圧倒的な力で握り締めた彼の手を振りほどく事が出来ない。
「王女殿下の勅命により、この大地に氷の封――」
「同じ事ばかり言ってんじゃねえ! 再生するなら再起不能にしてやるまでだ! 必殺、赤竜吐息!」
あまりにも同じ言葉ばかり連呼されて癪に障ったのかもしれない。
サラマンドラさんは力を入れて持っていた槍を折ってしまうと、拳に炎を纏わせ氷の騎士へ瞬間的に無数の拳打を浴びせる。
彼の攻撃を受けた氷の騎士はばらばらになると同時に溶けて水になってしまい、騎士が居た場所は水溜りがあるだけになってしまった。
「さすがに溶かせば再生はしてこないか」
先ほどのように、動く気配はまるでない。
というか、動くも何も原型を留めていないのでこれ以上はどうしようも無いというべきでしょうか。
「あれはなんだったんだ?」
「解りません……」
「まあいい、ジジイとアルパを探すぞ」
兎も角、氷の騎士がもう襲ってくる事は無い。
私もサラマンドラさんも、そう信じて疑わなかった。
だから、氷の騎士の残骸に背を向けて、家の中へ戻ろうとした。
「王女殿下の勅命により、この大地に氷の封印を施す」
聞きなれた声が聞こえてくる。
振り向くと、そこにはサラマンドラさんに粉砕される前の状態の氷の騎士が居た。
「なるほどな。ジジイ達が隠れているのはそういう理由だったのか」
「倒しても倒しても再生してくる。きりがありませんね」
シウバさんはサラマンドラさんのお師様であり、彼よりも強いのは見てきた。
何故そんな方が隠れる必要があったのか。
恐らく、小屋へ戻った時に感じていたもやもや感の正体は、そんな人が戦わず隠れているという事にだったのかもしれない。
それにしてもどうやって倒せばよいのでしょう?
砕いても溶かしても何度も再生し続ける。
恐らくは魔術を使わなければ解決しないのかもしれない。
ですが、私もサラマンドラさんも魔術の心得はまるで無い。
「ふっ、ふふ……。いいだろう。面白くなってきたぞ」
「その構え……!」
弱い相手にも関わらず窮地に追い込まれ、解決方法を模索している中。
サラマンドラさんは体を震わせながら静かに笑い、そして修行最終日で見せた構えをとる。
「究極奥義、修羅滅龍撃!! うおおおおおおおっっっ!!!」
吹き荒む雪の嵐すらも凍えてしまいそうなほどの寒気を周囲にばらまきながら、サラマンドラさんは両手を広げた後にぐっと両手を引くと拳を強く握り、勢いよく突き出す。
氷の騎士の方へ突き出された拳からは、赤黒いエネルギーの波動が放出されると騎士と周囲の銀世界を破壊しつくしてゆく。
「ふん」
「す、すごい」
彼が放ったエネルギー流の跡に残っていたのは、むき出しになった褐色の大地のみ。
氷の騎士は水滴一つ残さず蒸発してしまったという事でしょうか?
私はあんな技をまともに受けたのですね……。
「おい! ジジイ! 変な氷の”置物”は倒したぞ!」
サラマンドラさんの五番目の構えから繰り出される技に感嘆しつつ、シウバさんの小屋へと戻る。
もう追っては来ない。
どうやら氷の騎士は完全に消滅したみたいですね。
「ふいー、全くお前さんらにはつくづく驚かされる」
「む、そんな場所に居たのか」
そんな圧倒的な戦いを見ていたであろう人物が、暖炉の中から出てくる。
サラマンドラさんも、まさかそんな場所に隠れているとは思っていなかったらしく、組んでいた腕を解いて驚いた様子を見せていた。
「シウバさん! アルパさん!」
「おお~、ルリちゃん久しいねえ」
二人とも無事で良かった。
あれ、アルパさんの身長が少し伸びたような?
気のせいでしょうか?
「どういう事だジジイ。あれはなんだ?」
「奥の部屋で詳しく話すんよ。さあおいで」
周囲がどうしてこんな状況になってしまったのか。
その経緯を聞くべくサラマンドラさんは、再び腕を組みなおしてシウバさんへ怪訝そうな顔をしながら質問をすると、シウバさんは私とサラマンドラさんを暖炉の奥にある部屋へと誘った。




