94. 最強メイドの弱音
赤色の空間は、奥へ進めば進むほど明るさと暑さを増してゆく。
まるで昼間の砂漠に居るかのような日差しが皮膚には刺さる痛みが続き、呼吸をするのも辛いくらいの焼けた空気が体中へ入ってきて、とめどなく流れ続けて目に入りそうな汗を幾度も拭い続ける。
「この先を抜ければこの洞窟の最奥だ。これからそこで修行をする」
どうやら終点は近いみたいですね。
それにしても、こんな過酷な環境にも関わらず汗すらかかなく、表情も一切変えないサラマンドラさんは流石というべきでしょうか。
「まさか……、ここまでついてこれるとはな」
「ありがとうございます」
そんな凄い人に褒められ、私は少し嬉しかったのか自分でも意識しないうちに頭を軽く下げている事に気づく。
「ふん、礼なんてしてる暇があるならさっさと行くぞ。なるべく早く終わらせたいんだろう?」
「そうですね」
サラマンドラさんはそんな私に対してそう言葉をかけた後に一つため息をつき、再び歩みを進める。
私も背中を見失わないよう、若干急ぎ足にも思える彼に付いて行った。
そして、しばらく歩くと大きく広がった空間に到着する。
私はその光景を見て、身を引き感動した。
「おお……、ここは」
「ここが洞窟の終点だ」
そこは壁が、地面が、流れる水が、そう何もかも全てが太陽よりも赤く黄色く眩しく激しく輝いている。
煌めきが支配する世界は、まるでこの世のものとは思えない美しさだった。
「この黄金色に輝く水は?」
「洞窟にある鉱物が溶けた物だ。マグマより粘り気が少なく、そして高温だ。触れば痛みも感じないうちに骨まで蒸発するな」
道中の暑さはこの場所が原因だったのですね。
洞窟は海の側にあったはずなのに、奥にはこんな場所があったなんて。
「よし、早速だが始めるぞ」
「はい」
恐らくは自分が生きてきて最も過酷な環境であろう場所で、これから修行が始まっていく。
……それからどのくらいの日にちが経ったでしょうか?
とても辛く、厳しい修行は連日続く。
水を汲みに洞窟の少し上へ行く以外は基本的にこの灼熱の世界にいるため、体は休まらず碌に眠ることも出来ない状況だ。
「どうした! もう終わりか!」
「ま、まだ……です!」
修行の内容は、走りこみ等の基礎トレーニングは一切行わず、ひたすらサラマンドラさんとの組み手だった。
第三の型を身につけたからなのか、この場所がそうさせるのか。
地上に居た時とは比べ物にならないくらいに彼の攻撃は苛烈で、一切の容赦が無い。
私は何度も倒れ、倒され、ついに立ち上がる力すら無くしてしまう。
「この程度で終わりなのか? お前の主君に対する忠誠、決意はこの程度だったのか!」
「……」
しかし、それで彼との修行が終わるわけではない。
少しでも地に伏せようものならば、罵声と怒声が飛んでくる。
「なんなら俺が、ここで終わらせてやってもいいんだぞ?」
「……」
それでも地を這い続けるならば、体を掴まれて溶けた鉱物の海の中へ放り投げようとしてくる。
私はどうにか体を動かして彼の手から逃れる事に成功するが、攻撃の手を緩めない彼は体力も残っていない私をただ滅多打ちにするだけだった。
「ふん、くだらん」
「ううっ……、すん……、すん……」
そんな辛い日々が続いたのか、肉体と精神の疲労が限界を超えたのか。
私は自分でも意識しないうちに涙を流して泣いていた。
きっとこのままでは、修行相手であるサラマンドラさんを失望させてしまう。
ここで泣いていてはいけない、どうにか泣き止まないと。
しかし、そう思えば思うほど涙は流れ、声がおさまるどころか酷くなっていってしまう。
「ふむ……」
「ま、待って! ひくっ、ください!」
お願いです、どうか待ってください!
すぐに泣き止みますから!
でもどうして、なんで涙が止まらないの?
お願いだから、お願いだから、お願いだから!!
「今日はもういい」
サラマンドラさんの一言が、今まで崖っぷちで耐えてきた私の感情の背中を押す。
「うう……、うああああっっ……!」
今まで必死に堪えていた物がとめどなくあふれ出す。
もう耐えられそうに無かった私は声を荒げ、子供の様に泣きじゃくった。
それ以降、私は不思議と修行の辛さで泣く事は無くなった。
しかしサラマンドラさんはどこかよそよそしく、元々多くなかった会話も減ってしまう。
それでも修行を怠ったり手を抜いたりする事は全くせず、それどころか日に日に厳しさを増していった。
どんな状況であっても修行相手としての役割まで失う事は無かったが、まだまだ実力不足だったせいで数え切れない程打ちのめされ、無理矢理起こされては再びぼろぼろにされる。
そんな、今まで体感した中で最も過酷な日々が続いたある時。
「……俺は見つけた。お前はどうだ?」
「いいえ、まだです」
サラマンドラさんは突然攻撃の手を止め、何かを悟ったような素振りを見せる。
それがどういう意味で、何を言っているか十分理解できた。
だから私は、まださらなる境地へ辿りつけていない事を素直に告げる。
「そうか。もう組み手は止めだ。俺もお前を相手にする必要が無くなったからな」
「そうですか……」
よくよく考えると、私は今まで大きな挫折が無かった。
メイド協会では成績は常にトップ、四大大国の給仕という最高の職業に就き、ユキ様が追われる身となってからも数々の敵を退けてきた。
それがフィレ嬢に打ちのめさせ、そしてサラマンドラさんとの修行では足手まといになっている。
「もうしばらくすれば完成する。そうなればこんな所はさっさと出て行くが、お前はどうする?」
彼はこのまま五番目の構えを完成させて、ここから出て行きフィレ嬢と戦うだろう。
それに対して私は無力だ。
何にも出来ない、現実についていけない。
でも、それでも……。




