92. 深みへ
洞窟を奥へ奥へと入っていく。
入る前に散々脅されていた体の疲労はまだ無く、危なそうな生き物にも出会っていない。
まだ、先があるという事でしょうか?
私はそう思いつつ、サラマンドラさんの背中を見ながら付いてゆく。
「それにしても……、暗いと思っていましたが、意外と明るいのですね」
洞窟の入り口から入ってすぐは日の光が届いていて明るかった。
普通なら奥へ行けば行くほど、それは届かなくなり暗くなっていくはずだった。
しかし洞窟内は暗くならず、それどころか奥に行くにつれて周囲が幻想的な青さに包まれる。
サラマンドラさんが洞窟へ入ろうとした時、明かりとなる物を一切持っていかなかったのはこういう理由だったのですね。
「周りの雰囲気も随分変わりましたね。まだ先があるんでしょうか?」
今まで見た事も無い植物が奇妙な管から無数の胞子を出し、本来海中にいるであろうクラゲのような生き物が羽虫のように空中を無秩序に漂う。
「洞窟内の植物や生物が自ら発光しているからな」
確かにサラマンドラさんの言うとおり、それらはどれも青白く淡く光っている。
まるで別世界に居るような感覚がある程に、ここは地上の人々達には想像もつかない場所なのだと理解した。
「サラマンドラさん!」
「来るぞ」
そんな景色に不思議な心地よさすら感じていた時、右後方の頭上から強烈な殺気を感じる。
サラマンドラさんもそれに気づいたらしく、私達はそちらを振り向いてすかさず構えた時だった。
首から上は魚のような顔立ちをしているが、人と同じ様に二本の足と手を持ち、それらにはヒレのような物がついている何とも形容し難い生き物が、私めがけて爪を立てて襲ってくる。
「クゥオオオオオオ!!!」
私はぎりぎりとところで避けることに成功したが、謎の生き物はにおいを何度か嗅いだ後にこちらを振り向き威嚇してきた。
「何ですかあれは!?」
「この辺りを根城としている原生生物だ。水神の国の調査隊もあいつにやられた」
動きがかなり速い。
戦いを知らない学者や文官が襲われたらひとたまりもないでしょうね……。
「ルリフィーネ、お前がやってみろ。あいつを追い払え」
「かしこまりました」
「先に言っておくが、少しでも爪で引っ掻かれたら毒が回って傷口が腐っちまう。治療の為に地上へ戻らなければいけないからな」
サラマンドラさんの言葉を聞いた時、この戦いはかなりシビアな戦いであると知り、軽くいなして追い払う程度に考えていた私は、意識を改めて全力で挑む事を決める。
再び謎の生物は驚異的な跳躍力で私へと飛びかかり、毒爪で攻撃しようとしてくる。
私は相手の動きを少しも漏らさず、腕がどうやって動いて相手を切り裂くのかを避けながら何度も観察した。
何度か危ういタイミングはあったが、それでもどうにか避け続けてそして。
「フゥー! フゥー!」
「くっ、凄い力ですね……」
私は遂に、謎の生き物の動きを見切って腕を掴む事に成功する。
大きな力を発するにはどの生き物も熱を発するはずなのに、それが感じられない程に冷たくて力強い。
この洞窟の生き物特有の性質でしょうか。
それも不気味ではあったが、それ以上に相手の体力やスタミナがどの程度かまるで解らない。
もしかしたら、このまま力比べを続けるのは悪手なのかもしれない。
ならば、一旦ここは仕切りなおして……!
「やあ!」
私は一気に力を強めて相手を押し返す。
謎の生き物もそれに合わせて無理に対抗しようとはせず、後ろへ大きく跳躍した後に洞窟内の壁に張り付き、側に居たクラゲのような生物を手で掴んで雑に捕食しながらこちらの様子を窺っている。
どうにか間合いは離せましたが。
これは困りましたね。
迂闊な動きをすれば攻撃を受けてしまいますし、何もしなければやがて私も体力が無くなってしまう。
あまり広くなく、大技を使えば洞窟が崩れてしまいそうですし。
このままでは……。
「俺との組み手で、俺の構えを思い出せ」
私がどうにか謎の生物に対する対抗策を考えている中、サラマンドラさんの声が聞こえてくる。
組み手に何か現状を打開するヒントでもあるのでしょうか?
彼が無意味な事を言うとも思えなかった私は、修行中の風景を思い出していく。
目の前に敵が居るのにどうしてか、妙に落ち着いてしまう。
頭の中では、サラマンドラさんとの戦いが幾度も繰り広げられる。
そして彼が今、何を言いたいのか。
何を伝えたいのかを必死に考えた。
「ヒギャアア!!」
しかし、謎の生物は待ってくれない。
食事が終わり、爪を二度ほど舐めると再び私の方へと襲い掛かってくる。
普通だったら、もう一度受け止めて力と力がぶつかり合って戦況が拮抗するか、あるいは最悪の結末を迎えるはずだった。




