91. さらなる先
私がシウバさんの家にお世話になってからしばらくの時が経った。
今日もいつも通り朝起きて、寝間着から修行用に誂えたシャツと丈の短いスカートに着替えなおす。
朝の日差しを全身に受け止めると、私は長い髪を後ろで結い、お世話になっている方々へ朝食を用意する。
そして朝食が終わり、日が昇るまでサラマンドラさんと一緒に基礎体力作りをする。
買い物に行くために敢えて遠い集落までの道中を走ったり、海産物を採る為に他の島まで遠泳をしたり、木を切って大量の薪を作りそれを運んだり……。
最初のうちは終われば立つのもやっとな程疲労していたのが、今では息一つ乱れないくらいになり、自分自身でも成果を感じられる程だった。
それが終われば今度はサラマンドラさんとの組み手が始まる。
「やあっ!」
私は組み手であろうが一切手を抜く事はせずに、毎回持てる力の全てをぶつけてきた。
しかし、流石はサラマンドラさんと言ったところでしょうか。
「拳を打つ時のブレも無くなってきた。重さと精度も随分上がった。よくここまで強くなったな」
全ての攻撃が、あらかじめ解っているのではないかと思うくらいにことごとく防がれてしまう。
それは紛れもなく、サクヤの館で対峙したフィレ嬢の時と同じだった。
全力で打ち込んでいるはずなのに、まるで通じない。
もっと早く手を出す必要がある?
それとも、自分では意識していないが私の攻撃は実は単調で読まれやすい……?
「だが、まだまだ動きが甘いな」
「きゃっ!」
私の僅かな気の迷いをサラマンドラさんは逃さなかった。
繰り出した拳は弾かれ、体は無防備な状態が出来てしまい、反撃に出たサラマンドラさんの拳が腹部へと直撃しようとする。
防ぐ事もかわす事も出来ないと悟った私はどうにか衝撃を和らげようと後ろへ飛んだが、巨大な剛拳はそんな悪あがきすらも許さず、見事に攻撃が直撃した私は吹き飛ばされてしまい地を舐める破目になってしまった。
「ふん、まあこんなもんか……いてえ!?」
「偉そうに、お前もひよっこみたいなもんやろう?」
「ジジイは引っ込んでろ!」
私に圧倒的な力の差を見せ付けた元国王は、突き出した拳をゆっくりと戻してこちらを見下しながらそう言ったが、直後にシウバさんが木の枝を勢いよくサラマンドラさんへ投げつけ、隙を見せていた彼の頭に直撃してしまう。
「ルリちゃんが来てから、美味い飯が食べられるようになったからの。どこぞの穀潰しトカゲとは大違いやい」
「てめえ……、殺されたいか!?」
私は手持ちが一切無く、お世話になる対価として家事全般を引き受ける事にした。
元々アルパさんがやっていたらしく、アルパさんは最初は私が家事をする事を拒否していたが、どうにか説得して私に一任させて貰っている。
私が作る料理は評判がいいらしく、シウバさんやアルパさん、あと口には出さないけれどサラマンドラさんもとても喜んでくれている。
「ふう、もう一度お願いします」
「おう、何度でも来い」
ここで修行を積み、なるべく強くなって、ユキ様を探しにいかねば。
ユキ様を迎えに行くという思いがあれば、あの方と出会える時がまた来るのならば、私は私の体が動く限り立ち上がれる。
何度でも、何度でも……。
そんな思いを胸に私は幾度と立ち上がり、そして打ちのめされる。
どうにか突破口を見つけるべく、様々な攻め方を試すがどれもまるで通じない。
そうこうしているうちに日は沈み、空は赤く染まっていく。
「ふう、今日はここまでだな」
「ありがとうございました。では夕食の準備をしますね」
鍛錬づくしの一日の締めは、皆さんの夕食を作る事だ。
組み手を始めた当初は、怪我だらけで支度が出来ずにやむなくアルパさんへお願いしていた時もあった。
けれども最近は体が頑丈になったせいか、それとも無意識のうちに攻撃を避けていて致命傷にならずにすんでいるせいか、疎かにしたことは無い。
食事は昼休憩の間に下ごしらえをしておいたお陰で、大した時間もかからずに完成した。
家主であるシウバさん、普段からシウバさんの世話をしているアルパさん、身を隠しているサラマンドラさん、そして私の四人で食卓を囲み、料理こそ簡素であるが穏やかで朗らかな時間が流れる。
「そういえば、俺が最後の任期の時、面白い奴にあったぞ」
「どなたです?」
「風精の国から来た騎士でな、パートナーの魔術師を取り返すって言いながら俺に挑んできた」
「それで、勝ったのです?」
「二人とも途中で逃がした。元々、騎士の修行の為だからな」
「変わった騒動に巻き込まれた感じでしょうか?」
「まあ、そんな感じだ。お前もそのうち会うかもしれんな」
風精の国といえば、ラプラタ様が居られる国ですね。
あの方はあの方で、何やらお考えがある様子。
サラマンドラさんの言うとおり、もしも縁があるならば、その騎士さんと魔術師さんにはいつか会うかもしれませんね。
私はそう思いながらも、サラマンドラさんの返事に答えると、止めていた食事の手を進めた。
――それから十数日が経った。
シウバさんが事前に言ったとおり、辺境の地なのかサラマンドラ国王や私が居る事もばれる様子は無い。
まるでこの場所だけ時間が切り取られてしまったかのような錯覚すら感じるほど、平穏な生活が続いていたある日のこと。
「大分マシな動きになったな」
「それでもサラマンドラさんにはまだまだ及びません」
まだまだ彼に有効打を決められない。
しかし、彼からの攻撃を貰う事が少なくってきたような気はしなくもない。
それにしても、ここまでお強いのに本当にフィレ嬢に負けてしまったのが信じられませんね。
彼女は確かに強い、ですがサラマンドラさんがやられる姿も想像し難い。
何か、別の理由でもあるのでしょうか?
「あなたは本当にフィレ嬢に負けたのでしょうか? 未だに信じられないのです」
私は構えを解き、ずっと気になっていた事を聞く。
「ジジイ。例のアレ、話してもいいか?」
そんな私の気持ちを察したのか、組み手中ならいつもは言葉より手の方が先に飛んでくるにも関わらず、サラマンドラさんも私と同様に構えを解いてシウバさんの方を向き、何やら相談をしている。
「ルリちゃんも立派な大人やて、自分で判断がつかない年でもないやろう」
「そうだな、じゃあ話すぞ」
一体、何を話してくださるのでしょう?
「極竜の闘法はな、大まかに四つ構えがある。ジジイとの修行で俺とフィレは全てを習得したが、あいつはさらにその上を行っていた」
「その第四の構えの、さらに上ですか?」
私が何気なく使っていた構えにも意味があったとは。
それにしても四つしか無いのに、その先がある?
どういう意味でしょうか……。
「うむ。第四の構えは、自傷逆鱗の構えと言って使う側にも大きな負担を強いる。それ故に、他の構えを遥かに凌駕する動きが出来るわけだ」
「もしかして、私との組み手の間もそれを?」
「自惚れるな。お前はまだ第二の構えまでしか使ってない」
あれだけお強いのにまだ本気では無かったなんて!
私は、サラマンドラさんやフィレ嬢の差があまりにも大きいという事を再確認させられてしまった。
でも今はショックを受けている暇は無い。
どうにか追いついて、ユキ様の下へ戻らねば。
「まあそれはおいといてだ。フィレと実際に手合わせして解ったんだが、奴はその自傷逆鱗の構えの最大の弱点である自身の負担を限りなく減らした構えを使っていた」
ここへ来る以前よりかは、体も軽いしサラマンドラさんの動きも見えるようになってきた。
でも、このまま修行をし続けて、果たして追いつけるのでしょうか?
もっと頑張らねば。
「だから俺達も四番目の構えを超えた、その上の境地に辿りつかなければならない。フィレを倒すためにな」
「はい……。サラマンドラさん、シウバさん。どうか私にさらなる修行をつけて下さい」
「ふむ……」
さらにもっと強くなれるよう、どんな苦しい稽古でも鍛錬でもやる。
愚直ですが、今はそれしかない、むしろそれが近道。
それにしても、サラマンドラさんの表情が難しそうなのはどうしてでしょうか?
「……どれだけ時間がかかるかも解らないし、修行の途中で命を落とす事だってある。散々努力したあげく第四の構えを超えられないって事も十分有り得る。それでもやるか?」
「はい」
「おいジジイ。例の場所借りるぞ」
「すきにせい、だが助けられないし死んでもしらんぞ?」
「ついて来い」
やり取りから察するに、修行の場所を変えるという感じでしょうか?
私はどんな場所へ連れて行ってくれるのか、いろんな色が交じり合った説明しがたい感情を胸に秘めながら、サラマンドラさんへついて行った。
「この洞窟は、海の底のさらに底へ繋がっている」
到着した場所は、海の側にある大きく口を開けた洞窟だった。
一見、普通の洞窟にも見えますが……、ここが特訓の場所という事みたいですね。
「どういう原理なのかは解らないが奥へ行けば行くほど環境が悪くなる。さらに凶悪な動物もたくさん居る。一時期水神の国の学者らが調査したが、あまりにも過酷な環境だから、周囲の住民に出入り禁止を伝えた後に放置だ」
普段は怖いもの知らずなサラマンドラさんが、ここまで説明をしているという事は、余程この場所が過酷で危険のでしょうね。
「ここの最深部へ行き、そこで修行をする」
確かにそこで修行すれば、地上の鍛錬より効果的なのかもしれない。
「もう一度聞くぞ? 死ぬかもしれないが、それでも行くか?」
「はい」
私は一切の間を置かずに、サラマンドラさんへの答えを出す。
今更引くわけが無い。
私に迷いは無い。
「よし、早速行くぞ」
「はい」
ユキ様を迎えるため、そしてフィレ嬢を打ち倒すため。
それら全ては私が私であるために。
この苦行を必ず乗り越え、さらなる強さの境地を見出してみせる。
私はそう強く決意し、洞窟の中へと入っていった。




