89. 眠りからさめて
「ん……」
次に目を開けると、そこにはみすぼらしい格好をした明るい髪色の少女がこちらを見ていた。
私はゆっくりと体を起こしていく。
この時に動かなかった体が動き、かつ痛みが大分和らいでいる事を確認すると、少なくともこの場所が死後の世界ではない事を理解する。
「あなたは?」
それにしても、目の前に居るこの少女はどなたかしら?
今まで出会ってきた少女とも違う、勿論新世界にも居なかったはず。
「……」
服装から察するにどこかの集落に住んでいる普通の女の子でしょうか?
私を怖がっているのか、僅かに体が震えていますね。
「怖がらないでください。あなたには危害は加えませんから」
どうにか少女の恐れを解消しようと、優しく丁重に手を差し伸べてみる。
しかし少女は体を一瞬すくませて、私が寝ているベッドのある部屋から出て行ってしまった。
「おお、ようやく目が覚めたか」
少女と入れ替わり、今度は年老いた男の人が現れる。
先ほどの少女は、この人の孫でしょうか?
「あの、ここはどこでしょうか……?」
とりあえず場所を聞かないといけないと思い、私は今居る場所を老人に尋ねた。
「水神の国の辺境にある集落やぞ。集落と言っても今じゃわししか住んどらんし、特産品もなくて大きな街道から外れているから客人は滅多と来ん」
組織の一員だったサクヤ嬢の屋敷から出て、川に流されて、この辺境の集落にたどり着いた。
とりあえず一連の流れは解った、だけれど……。
「ありがとうございます。もう一つ質問させてください、私はどのくらい寝ていましたか?」
「んー? 結構な時間、目を覚まさなかったんやぞ?」
「そうですか……」
その言葉を聞き、私は腕や足を曲げたり伸ばしたりして鈍り具合を確かめる。
そして、それなりの日にちが過ぎたのだろうと察した。
自分の体の状態は解った。
そして、私はとても運が良かった事に気づく。
辺境の集落ならば、最悪私は人買いに売り飛ばされていたかもしれない。
こんないい人に拾われ、しかも介抱までしてくれて……。
「助けてくだって、ありがとうございます」
「感謝するならそこのアルパにするんやな。わーしはなーんもしとらんで! ひゃっひゃっひゃ」
どうやら私を川から引き上げて、ここまで連れてきたのは老人ではなく、あの少女だったようだ。
あんな小さな、ユキ様と同じくらいの年なのに私を担いでここまで来るなんて……。
アルパと呼ばれている少女が必死になって私を担ぎ、ここまで運んできた姿を想像する。
「ありがとうございます。アルパさん」
私はアルパさんの献身と優しさに感動し、胸の内を率直に伝える。
扉をほんの少しだけ開けて隙間からこちらを見ていたアルパさんは、顔を赤らめ目線を落とした後に、扉を勢いよく閉めてしまった。
「よっと」
とりあえず今の自分の状態がどうなのかは解った。
次にする事も決まっている。
それを成すために、このまま留まっては何も解決しない。
「えっと……」
「わーしはシウバやよ」
「シウバさん、お世話になりました。本当に助かりました」
「んー、もう行くのか?」
「はい。眠っている間に世界がどうなったのか気になりますし、主君が待っていますので」
シウバさんとアルパさんは、見知らぬ私に良くしてくれたとてもいい人だ。
全てが解決して、私が生きていたならば、今度はのんびりと話がしたいですね。
「そうかー、達者でな」
「はい。アルパさんにもよろしく伝えておいてください」
「んーむ」
だから、今は私がやらなければいけない事をやる。
ユキ様と合流しなければならない。
そしてセーラさん、新世界の仲間の人々、他の私達に好意的だった人達とも……。
あの後、サクヤ嬢の館でユキ様と離れた後に何があったかは解らない。
だからこそ心配だ。
セーラさんが相手をしていた、ココという少女は只者じゃない。
恐らくはセーラさんよりも強くて残酷でしょう。
私が相手したフィレと言う人も尋常じゃない強さだった。
そんな二人が待ち構えていた場所だ、ユキ様も強敵と対峙したはず。
無事でいてください、私は必ず迎えにいきますから……。
私は完全に起き上がり、背筋を伸ばした後にシウバさんとアルパさんにお礼をすると、外へ通じる扉を開ける。
「こ、これは……!?」
そして目の前に広がる景色を見て、私は頭の中が真っ白になってしまい、思わず固唾を飲んでしまった。
「あれは、どういう事ですか?」
草も木も大地すらも青白く凍りつき、冷たく輝いている。
寒波?
異常気象?
ありえない。
確かに水神の国には雪が降る地域もあるけれど、それでもこんな全てが凍る程の冷気に支配されるなんて事は無い。
じゃあ魔術?
こんな大規模な魔術を行使出来る人間はラプラタ様くらいしか知らないけれど、あの人がこんな事をするわけがないし、そもそもして何の得があるか解らない。
そうなると、組織が原因……?
「ふむ、プリンセス・ネーヴェの影響やな」
プリンセス・ネーヴェ?
水神の国の姫は、私が仕えているユキ様……、スノーフィリア・アクアクラウンしかいない。
スノーフィリア様は両陛下、唯一の子。
他の世継ぎとなるご子息が居るなんて聞いたことが無いし、……そんな事はありえない。
「ただならぬ気配がしますね」
「……まあ、世界は変わってしまったからの」
私はこの景色を見て、どうにも嫌な予感しかしなかった。
そして何となくではあるが、ユキ様の身に何かがあった事に気づいた。
ネーヴェという名前の姫君によって、水神の国は変わってしまったという事から、ユキ様はそのネーヴェ姫に何かをされた可能性が高い?
それにしても、ネーヴェという名前はどこかで聞いたような……。
解らない、情報が少なすぎます……。
「行かねば」
やはりここで立ち止まっているわけにはいかない。
国の有様を直接見なければいけない。
そして出会わなければならない、ユキ様と……。
「おーいクソジジイ、蒔とってきたぞ。森の木がほとんど凍っていて見つけるの面倒だったんだぞ」
私がそう思いながら、水神の国の宮殿へ行こうとした時、横から聞いた事のある声が聞こえてくる。
「あなたは!?」
その方へ視線を向けると、そこには老人やアルパと似たデザインのよれた服を着た、かつての主君であり火竜の国の王サラマンドラが両脇に大量の薪を抱えていた。
「ほう、目覚めたか。話すのは久しぶりだな」
「サラマンドラ国王!」
全身を筋肉の鎧でがっちりと覆い、巨木の様に太い腕には体毛の変わりに魚類の鱗があり、尾てい骨の部分からは同じくらいの太さのトカゲの尻尾が生えている。
それらは全て日焼けしていて無数の傷あとがある事から、誰もが彼を歴戦の猛者だと疑わないだろう。
服装以外、私が仕えてきた時と何ら変わりない。
そんな国王が、どうしてこの場所に居るのでしょう?
「なぬ、この馬鹿の知り合いか?」
どうやら、二人は知り合いらしい。
お互いの呼び方から察するに、かなり親しい間柄でしょうか?
「酷い言われようだな」
「当然やろ? 勝手に飛び出して傭兵団を作って、名前が売れたら力ずくで国王になり、没落したら匿えって言ってくる奴を馬鹿と言って何が悪い?」
「てめえ、殺すぞ……!」
「ああ、すまんな。”大”馬鹿の間違いやったわ!」
「野郎……!」
「やれるもんならやってみい! へっぽこトカゲになんぞ負けはせんよ」
サラマンドラ国王は持ってきた薪を地面へ投げ捨てると、シウバの頭へと巨大な拳を振るう。
こんな無力な老人相手に自らの力を見せるなんて。
いけない、私が止めなければシウバさんは跡形もなく潰されてしまいます!
しかし次の瞬間、私のそんな心配も杞憂に終わった。
「がはっ!?」
「そんなんやから小娘に負けるんやで、玉座に座りつづけりゃ強くなれるとでも思ったかこのウスノロめ!」
シウバ老人はサラマンドラ国王の放つ拳を、まるで未来を予知しているかのような無駄が一つも無い動きで回避し、自らの小さな拳でサラマンドラ国王の腹部を撃つ。
シウバの拳は嫌な音をさせながらサラマンドラの肉体に深々と刺さると、サラマンドラは顔を一瞬にうちに青くさせてその場で無様に倒れてしまった。
「まー、それでもここまで極竜の闘法を自分のモノにしている事だけは、評価するがね」
「ぐぐぐ……、何も……、説得力ねえぞ……」
あの国王の攻撃を避け、たった一撃で倒してしまうなんて。
シウバさんの身長は、サラマンドラ国王の半分にも満たない程小柄なのに、一体どこからそんな力が?
私は今までのやりとりと、つい先ほど起きた出来事を頭の中で反芻させてゆく。
そして至った結論は――。
「あの!」
「んー、どうした?」
予想が正しいのならば、今までのやりとりも全て合点がいく。
私に間違いが無ければ、シウバさんは……。
「もしかして、シウバさんはサラマンドラ国王のお師様ですか?」
「ああ、そうだ。俺の師匠であり、育ての親だ。うう、いてえ……。本気で打ち込みやがって」
やはりそうだった、あの動きは間違っても普通の老人には絶対に出来ない。
「ふむ……」
でもシウバさんはなにやら不機嫌そう。
どうしてでしょう?
あれだけの力……。
まだ少ししか見ていませんけれど、恐らく私が対峙したフィレと同等かそれ以上の力があるのに、何か癪に障るような事でもしたでしょうか……。
「ええい! 馬鹿言うな!」
「うるせえ! 馬鹿馬鹿言うなハゲジジイ! 俺が何を言おうと勝手だろ?」
「ああそうやな、お前は本当に勝手な奴や」
シウバは明らかに怒り、そしてその怒りを私ではなくサラマンドラ国王にぶつけている。
「それなら、フィレと言う女性をご存知ですか?」
「やはりそうか。ルリフィーネ、お前”も”あいつにやられたのか」
「ええ、全く手が出せませんでした……。あれ程強いお方はサラマンドラ国王、あなた以来です」
そして私がフィレと言う名前を出した瞬間、サラマンドラ国王もシウバ老人と同じ様に表情を曇らせてしまう。
「おいジジイ」
「なんや」
「こいつに全部話すぞ。いいか?」
「何故許しを得る必要がある? 断っても話すくせに」
「まあな。おいルリフィーネ、大した時間はかけさせんから、出て行く前に聞いていけ」
「はい、解りました」
サラマンドラ国王は表情を強張らせながら、何やら語ろうとしていますね。
シウバ老人は……、相変わらず不機嫌なご様子。
一体、何を話してくれるでしょうか?




