82. 人形
サクヤの館を奥へ奥へと進んでいき、やがてユキら三人はある部屋へと到着する。
「あなたは!?」
「ふーん、本当に来るなんてね」
その部屋は、今まで通ってきた廊下や部屋よりも大きく開けており、そこに一人だけユキの”かつての”親友が立っていた。
「ココ……」
使用人時代とは服装こそ違えど、他の見た目は全て同じ。
アレフィに酷い事をされた以前のココそのものだった。
「次あったら承知しないって言ったよね?」
でも、ユキへ接する態度は真逆だ。
冷たい軽蔑の眼差しを投げてくるココに対して、ユキはココから目を背けてしまう。
「でもあのお方が手を出すなって言っているから、その代わりにあたしはそこに居る旧型を壊してやろうと思うの」
「もうやめてよ! お願いだから!」
「どうして? 全部あなたのせいなんだよ? 全部あなたが甘かったせい、それなのにまるであたしが悪いみたいに言われるのはどうかと思うよ」
「うう……」
ココの言葉は、ユキの心を再びズタズタに引き裂こうとする。
ユキは胸に強く手を当てて、どうにかココの言葉の刃に耐えようとしたが、そんな頑張りも虚しくユキの大きな瞳からは涙が零れ落ちる。
「セーラちゃん……」
「先行ってて」
そんなユキの苦しそうな様子を今まで後ろで見ていたセーラは、ユキの前へと出て得物のナイフを持って構える。
「ここはセーラさんの言うとおりにしましょう」
「だって……、だって……」
「ユキ様、セーラさんが自主的に言ったのは今回が初めてなのですよ?」
普段は一切喋らず、自分の事を聞いても解らないの一言しか返ってこなかった。
生物兵器だから意思が限りなく希薄だと言われればそうなのかもしれない。
だから、私の事を考えてくれるっていう事自体がセーラちゃんにとって凄い事なのだと思うのも解る。
そのくらい、私の事を大切に思ってくれている。
「……解ったよ。先に行くね」
ユキはルリフィーネの言葉に促されてセーラの思いを察すると、セーラをゆっくりと優しく抱きしめた。
「セーラちゃん、危なくなったら逃げるんだよ? 私の事は放っておいて、あなたはあなたの身の安全を優先して、お願い」
「うん」
あなたが生体兵器で普通の人ではないけれど、私にとってはそんなの関係ない。
あなたは私にとってかけがえの無い人なのだから。
私の大切な人がこれ以上居なくなるのは嫌で、もう耐えられそうにないから。
だから生きてて。
私の事なんてどうでもいいから、あなたさえ無事でいてくれれば……。
そう強く願い、セーラから離れる。
ユキはルリフィーネに手を引かれながら、部屋を抜けさらに奥へ行く間もずっとセーラの方を見ていた。
「へー、出来損ないの人形が嘘をつくなんて、面白いね」
ユキとルリフィーネが走ってゆく足音が消え、姿も見えなくなるとココは腰に下げていた鞭を振るいながら、まるでセーラを威嚇するように地面を打つ。
それに対してセーラは、ココから目線を逸らさずじっと見続けていた。
「いいわ、ユキの悲しむ姿を見れるなら、喜んでお前をズタズタにしてあげる!」
ココは歓喜の声をあげながら、セーラへ無慈悲に鞭を振るう。
それに対してセーラは何も言わず、ただ相手をじっと見据えているだけだった。
鞭はまるで獲物に食らいつく大蛇のように、セーラへと襲い掛かる。
その攻撃に対してセーラは全身を使って鞭を避けたり、短剣で弾いたりしてどうにかココの攻撃から身を守る。
鞭が短剣や地面に当たった瞬間に眩く火花が散りだす様から、もしも並みの人間がココの振るう鞭に当たれば肉は削がれ、精神は打ち砕かれ、地獄の炎に焼かれる程の激烈な苦痛に半生は苦しめられるだろう。
「ほらほら! 避けてるだけじゃなくて攻撃したらどう!」
そんな苛烈な攻撃を、ひたすら一方的に繰り出す。
ジョーカードールとしてのココは人並外れた身体能力のせいか、一切の呼吸も心拍も乱れが無い。
そしてその攻撃をただひたすら避け続けるセーラは、ココの攻撃があまりにも尋常でない手数のせいか、それともユキの親友だからか、攻撃に転ずる事が出来ずにいる。
そんな一見どうにか拮抗を保っている状況も、終結を迎える。
「当たった! あはっ、いっぱい血が出ちゃってる!」
「ぐううぅ……」
「ちゃんと避けないと駄目だよ”セーラちゃん”」
ココの振るう鞭に対応し切れなかったセーラは、逃げ遅れてしまった足のふくらはぎを打たれてしまう。
肉体が鞭を叩く甲高い音が部屋中に響くと、セーラは勢いよく倒れてしまった。
倒れたセーラはかすかに呻き声をあげながらどうにか立ち上がろうとするが、足から真っ赤な鮮血が噴き出すだけで再び地面に突っ伏してしまう。
「あはははっ、私に勝てると思った? ばっかじゃないの?」
そんな痛々しいセーラを見て、ココは喜びながら何度も起き上がろうとするセーラの背中へ笑いながら鞭を振るう。
その時のココは、使用人時代のユキを思っていた頃からは、想像もつかないほどに残忍な表情をしていた。
「ねえセーラちゃん、少しは人間扱いされて楽しかったー?」
二人だけの、無垢だった少女達の血の宴は続く。
ココが、セーラへ話しかける度に鞭が肉体を打つ音が部屋に響く。
「ユキなんかに大切にされて嬉しかったー?」
何度も、何度も、鞭打つ音が部屋にこだまする。
「あたしみたいに、どうせユキの都合で捨てられるのにね!」
人として最低限の尊厳すらも奪われ、全てを失った少女の思いが、セーラを打ち続ける。
「全部ね、ユキはユキ自身が気持ちよくなりたいだけ、あの子は自分がいい気分になりたいだけ、全てはユキの周りを巻き込んだオナニーなだけ」
全てを自分勝手な理由で奪い去った者。
そしてそんな者に手を差し伸べてしまった者への呪いの言葉を吐きながら、ココはセーラを打ち続ける。
「あたしは……、あたしは……!」
ココは自身の過去を思い出し、憎悪を焚き付け、自らも焦がしてしまう程の黒炎を心に宿しそして。
「あんな男に初めてを奪われて、あんな男に何もかもを奪われて、あんな男なんかを求めてしまって、あんな、あんな、あんなあああ!!!!」
悲鳴にも似た奇声を発しながら、セーラを幾度も幾度も鞭で叩き続ける。
まるでそれは、憎しみに焼かれ、快楽に溺れ、未来が見えなくなった少女の目を背けたくなる程に痛々しい現実が襲い掛かっているかのようにも見えた。
「はぁ、はぁ……」
セーラは何度も鞭に打たれた結果、名前のルーツともなった服はぼろぼろになってしまい、破れた部分からアーティファクトと接合したであろう縫合後の肌を曝け出し、その場から少しも動かなくなってしまう。
「でもね、今は本当に幸せだよ」
ココは息が乱れていたが、表情はとても満足げだった。
「あたしには力がある。嫌な事も苦しい事も拒絶できるだけの力がある」
ユキが館を去ってからも、ココ自身はずっと黒く塗り潰されてしまった心の底のさらに底へ居た。
そんな中、組織に拾われて改造を施され、アーティファクトの力を手に入れる事が出来た。
ココにとってそれは救いであり、天啓であり、受け入れるべき運命であると確信したからこそ、喜びがあり、そして圧倒的な心地よさがあった。
「あんな何も出来ない激甘お姫様なんかより、ずっとずっと立派なのだから、ずっとずっと強いんだから。あたしを見捨てたユキなんかよりも強く、あたしを見捨てたユキなんかよりも凄くて、あたしを見捨てたユキなんかよりも何でも出来て、あたしを見捨てたユキなんかよりも偉くて、あたしたしあたしあたしユキなんかよりも、ユキなんかよりも、ユキなんユキなんかかかユキなんかよりももも。あはっ、あははははっ、あはははははははははっ!!」
ココは自らの体を震わせながら、不気味に狂い笑い、目を見開いて自らが大きく変わった事に喜びを感じる。
「誰が起きていいって言った?」
「ぐうっ……」
そんな最中でも、セーラは再び動き起き上がろうと試みる。
しかし、それを見たココは何の躊躇いも無く鞭を振るってセーラに地面を舐めさせた。
「はぁ。お人形遊びも、もう飽きちゃった。さあどこから解体して欲しい? 足? 腕? それとも一思いに首いっちゃう?」
「……」
「何? よく聞こえないんだけど?」
セーラは何かぼそりと言うが、ココの耳には入らなかったのか、狂気の笑みを浮かべたままセーラの頭を自らの足で踏みつけて再度問いかける。
「ゆ……、ユキ……。げほっ、げほっ、……たいせ……つなひと……」
セーラはまるでココに訴えかけるかのように、苦しそうにしながら、何度も咽て言葉に詰まりながらも、自身の純粋な人としての思いを告げた。
「ああああああああああ!!!!!!!!!!」
しかし、その言葉がきっかけとなったのか。
ココは頭を激しく掻き毟り、館中に響く金切り声を発して……。
「しねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねええええええええええっっっっ!!!!!!!!」
そして、もう戦う事も逃げる事も出来ないセーラを何度も何度も激しく鞭を打つ。
何度も何度も打ち、着ている服が完全に破れようとも、青白い肌が裂けて痛々しい赤色を晒けだそうとも鞭を打ち続ける。
やがてセーラが力無く倒れて、指先すらも動かなくなってもココは鞭を打つのをやめない。
「おい、これ以上の暴走はまずいぞ」
「緊急停止させろ」
そんなあまりにも異常で異様なココの言動に危機感を察知したのか、別の扉から黒い衣を纏った魔術師達が現れると、暴走するココに向けて魔術の詠唱を始める。
「ヴァァアアアアアアアア!!!!!!!!」
「ふう、どうにか止まったな」
「全くだ、この場所を選んで正解だった」
ココは首を掻き毟りながら、最後に一際大きな”奇声”をあげるとその場に力なく倒れてしまう。
ジョーカードール・アーテスタの思いがけない暴走を無事に止めれた魔術師達は、安堵した表情をお互いに見せる。
「どうした?」
「哀れだと思ってしまってな」
そんな時、ココの近くに居た魔術師がふとそう漏らす。
その時の魔術師の視線は、どこか憂いがあった。
「何をおセンチになっている?」
「そうだな、さっさと回収して研究所に戻るか。動作テスト結果を纏めないといけないからな」
「ああ、今回の活動レポートは実に面白い物が書けそうだ」
「こっちはどうする?」
「これだけ酷い損傷じゃ研究所に持ち帰っても直せない。失敗作がここまで生き延びた理由は気になるが、この館は廃棄が決まっているから、まあ放っておいていいだろう」
「そうだな」
二人は、予想以上の成果に満足しながらココを運んでいく。
ぼろぼろで血まみれな、動かなくなったセーラを置き去りにして……。




