75. 老練なる一手
「あ、あの」
「どうされましたか、ユキ殿」
「つかぬ事をお聞きしますが、あなた方はスノーフィリア王女殿下の行方を追っていると言う噂を耳にしました。王女殿下は行方が解らず、国は王女殿下の崩御を宣言しているはずなのに、どうしてなのですか?」
そんな迷いを払拭するべく、ユキは修道女時代にあった審問官との事件についての真相を問いかける。
「はて、私は何も知りませんが……」
あんな事、知らないわけがない。
でも、ブカレスは、とてもとぼけているようには見えない。
「ブカレス様、審問官が修道院でシスターとして身を隠れていたスノーフィリア様を、襲った事件がありました」
「ああ、それなら聞いております。何でも化け物に変身したとか……」
表情を隠しているの?
ここまで詳細に説明しても、私がスノーフィリアである事にまるで気がつかない。
「ですが審問官が化け物に変身する理由も、彼が王女殿下を追っているというのも、私は解らないのです。恐らくは彼の独断だったのかもしれませんな」
ブカレスは多少渋い表情だが、まるで嘘をついているようには見えない。
まさか、本当に知らないの……?
「それにしても、スノーフィリア王女殿下は崩御されたはずなのに、生存の噂があるとは……。どちらも、詳しく調査をする必要がありますね。私からも呼びかけて――」
「いつまでしらばっくれているのよ! さっさと言いなさい!」
業を煮やしたのか、今まで静観していたマリネは身を乗り出して、カバンに忍ばせていた水晶玉を取り出す。
そして横に控えていたくろが魔術の詠唱をすると、水晶玉は淡く輝き、たちまち大主教ブカレスはがくりと視線を落とした。
「……」
「催眠状態になったわね。あとは情報を聞き出すだけね」
半目を開いたまま、まるで眠っているかのように力なく座り込む。
オルクスの時と同じ様に、この状態ならばどんな質問にも答えるであろう。
そうすれば、今まで話していた事が嘘か真かが解る。
「はぁ、結局この作戦をとってしまったわね。ハーベスタの勝ち誇った憎たらしい顔を想像するだけで、気が重くなるわ」
マリネは中央精霊区へ出向く前、ハーベスタの作戦には反対だった。
しかし現実はハーベスタの作戦を採用する事になってしまった。
そんな自分が嫌だったのか、マリネは酷くため息をつく。
「ふぅ、さっさと終わらせちゃいましょう」
一呼吸した後、マリネは周りに居た新世界の同志達に目線で合図をする。
いよいよ昏睡状態のブカレスへ質問を投げかけようとしたその時だった。
「……まさかルリもオルクス閣下を襲った賊の一味とは、意外ですよ」
「な、どうして!?」
今まで深い眠りの世界へ沈んでいたであろうブカレスは、今までユキ達に見せなかった鋭い眼光を携えながら起き上がる。
「オルクス閣下は現在独り身で脅迫されるような弱みはありません。そうなれば第三者の手によって、何らかしらの方法で無理矢理聞き出されたと予想がつきます。ここを出立する前、念のために催眠にかからないという催眠をかけておいたのです。魔術を使ってはマリネ殿、そなたのように精通している者に見破られてしまう恐れがありますからね」
ブカレスの用心深さは、新世界の面々を酷く寒がらせてしまう。
そして、ブカレスの用心深さを作戦に加えなかった甘さに、全員が表情を歪ませていた。
新世界の面々の間で重い空気が漂う。
ユキもどうにか打開策を考えたがまるで思いつかず、他の新世界の面々も完全に手詰まりだった。
もう残す手は、ブカレスを無理矢理力ずくでねじ伏せて情報を聞き出すしか無い。
全員がそう思い、最も悪く美しくない手段を取ろうとした時。
「待ってください。落ち着いて、武器をしまって座ってください」
「何を言っているの? こっちは顔がばれてしまった。こうなったらあなたの命を奪ってでも――」
「まあ落ち着きなさい。聡明なマリネ殿らしくありませんぞ」
急にこの人は何を言っているの?
仮にこの人の言うとおりにしたら、私達の事が知られているから、絶対に仕返しをしてくるはず。
組織なら、間違いなくそうする。
「別に正教はあなた方を敵視しません。あなた方がここでこのような行動をするという事は、何か意味があると思われます。だからここで起きた一件は、私事として無かった事にしましょう」
「そんな約束を信じると思っているの? 組織に私達の正体が知れてしまった以上、情報を聞き出せなくてもあなたを生きてここから帰すわけにはいかない」
「……何か重大な勘違いをしていませんかな?」
勘違い?
本当に、この人は何を言っているの?
命乞いなの……?
「あなた方の言う組織が、秘密結社トリニティ・アークの事ならば、私との関わりはありません」
ブカレスの口から出た意外な言葉。
それは、この場に居合わせた新世界の面々を仰天させるに十分だった。




