65. 臣民の資質
「どうした?」
「宰相が帰ってしまおうとしておるのです」
「何だと!?」
それは全く想定のしていなかった事だった。
後に新世界の人らが知った事だが、この時水神の国の貧民街で暴動が起きており、そこを納めていた領主の貴族が暴動に巻き込まれて重傷を負ってしまった。
運が悪かったのは、その貴族が宰相オルクスの縁者だったという事だ。
この事件に関しては新世界や組織とは一切関係なく、彼らにとっては偶発的に引き起こされたものであり、流石にハーベスタも読めなかったのである。
「お待ち下さい宰相。まだパーティは始まってもいません」
「申し訳ないブロッサム女史。至急の用事が入ってしまい、そちらへ赴かなければならなくなったのだ。この埋め合わせは後日必ずするとしよう。ではこれにて……」
自らが暴徒鎮圧の舵取りをするべく、入って早々にパーティ会場から離脱しようとする。
サクヤは何とか引きとめたいところではあったが、必要以上に引き止めれば不審がられてしまう事を理解していたため、オルクスの帰る足を止められずにそのまま見送る事しか出来ずにいた。
「まずいな。帰りの道中で騎士と合流したらやっかいな事になる。ふむ……」
「騎士の人たちを分けた意味が、なくなってしまうの?」
「それだけじゃない、オルクスを捕まえようとすれば結局騎士達と全面対決になってしまう。なるべくこちらの損害を出したくは無いんだが……」
ハーベスタは険しい表情をしながら、側に居たユキへ説明した。
そしてそれを聞いた他の人らも、この危機を回避するべく代わりの策を考えていた時。
「大変ですオルクス様!」
「今度はどうした?」
「外の賊が、我々の帰る馬車を破壊してしまったのです!」
「む、騎士達はまだ捕まえておらぬかったか。仕方が無い。他の馬車をお借りしますぞ」
「そ、それが、他のも全て賊の襲撃を受けてしまい……」
「お前達は何をしていたんだ? ふむ。どうやら、もう少しここに居る事になったようですな。迷惑をかけて申し訳ない。お前は近隣の集落へ向かい、新たな馬車の手配をしろ」
「はっ!」
オルクスの下へ従者が現れ、サクヤ邸に泊まっていた馬車が軒並み破壊されてしまう報を受けたオルクスは渋い表情をしながら新たな馬車の手配をしつつ、館へとどまる事を伝えるとパーティ会場へと入っていく。
「他の同志達が機転を利かせてくれたか。これでしばらくはもちそうだな……」
とりあえず当初の予定通りになった……のかな?
「しかし時間が無い。近隣の村は大して遠くないからな。早速だが作戦の具体的な内容を伝える」
それでも時間の猶予は無い事を確信したハーベスタは、今日の作戦続行を新世界の同志達に告げた。
「魔術でコントロールされた館の明かりを消す。そこで同志がサクヤの館に賊が入った事をふれ回る。パーティ会場に居た貴族達は混乱して無秩序な状態が出来るだろう。その隙に宰相オルクスを一人連れ出して催眠の魔術をかけ、組織との繋がりを聞き出す。明かりが消えたら動くぞ」
ハーベスタがそう言うと、その場に居た新世界のメンバー全員は一つだけ頷く。
各自は不用意に固まり続けるのは危険と判断し、パーティ参加者の貴族にばれないよう給仕に変装して様子を窺ったり、サクヤが予め用意してくれた同志専用の部屋で待機した。
そして時間が経ち、パーティは盛り上がりを見せようかと思われた時。
「きゃっ、明かりが消えた?」
「どうなっている?」
「パーティの余興じゃないか?」
ハーベスタの計画通り、屋敷内の明かりが全て消えてしまい、パーティ会場は外と変わらないくらいに暗くなってしまう。
参加していた貴族達は、給仕を呼び出して状況を聞こうとしたり、近くに居た他の貴族と考察したり、何もせずにその場所で留まったりしている。
この段階ではまだ、そこまで混乱していなかったが……。
「大変だ! 賊が館に入ってきたぞ!」
新世界の同志が叫んだ一言によって、会場は瞬く間にパニックへと陥ってしまう。
各自が狼狽し、逃げ惑い、ユキがかつて体験した血染めの結婚式とほぼ同じ状況下になろうとした最中。
「落ち着け皆の者よ!」
宰相オルクスはこの状況に一切飲まれる事が無く、落ち着き悠然と前を向き一喝する。
「ここで不用意に動けばそれこそ賊の思う壺だぞ」
参加者全員が宰相閣下の参加を知っており、その宰相閣下が大丈夫なら問題がないのだろうと言う信頼感か、あるいは貴族達の権威主義を利用した結果なのか。
たった一言二言話しただけで、貴族達の混乱は収拾されてしまい、またハーベスタの作戦とは異なる結末となってしまった。
「おい、残った騎士で屋敷の周囲を固めろ。賊を一匹たりとも逃がすな」
「はっ」
「館内の警備はブロッサム女史に任せてよいか? 賊を追い払ってくれるだけでよい」
「かしこまりました」
そして会場内の混乱を静めた後、近くにちょうど居合わせた騎士とサクヤへ賊退治の指示を出す。
この時もオルクスは、暗闇の中でも一切慌てずにいる。
「ちっ、貴族共め。落ち着きを取り戻しやがった……。流石は宰相まで上り詰めた男と言うべきか」
その様子を見ていた新世界の同志は悔しそうに吐き捨てた。
ユキも同じ様に思っており、作戦成功への道のりは厳しいものだと痛感させられていた。
「そうか。ここで慌てない奴の胆力は認めてやる」
そんな敗色濃厚の中、ハーベスタだけは違っていた。
「だが関係ないな、俺が出向けばいいだけだ」
オルクスの人間としての器を認めつつも、彼はゆっくりと立ち上がりながら、宰相オルクスの下へと向かってゆく。
暗く周囲があまり見えにくいせいか、一切の変装も無く会場の中を堂々と通り抜ける事が出来、オルクスの側へ行くのに大した時間もかからなかった。
「オルクス宰相閣下。ここは危険です、安全な場所をご用意しましたのでどうぞこちらへ」
「先ほど言った言葉が解らないのか? 動くなと伝えたはずだ」
「だから、あなた様だけしかご案内致しません。万が一にも御身に何かがあれば大変な事になってしまいます」
「……解った。では案内してくれ」
「どうぞこちらへ」
新世界の同志達は驚いた。
ハーベスタの話術によって、何事も無く計画が進もうとしていたからだ。
オルクスは貴族の中でもエリート中のエリートであり、元老院にも長く所属している。貴族間の陰謀や騙しあいにも勝ち抜き、その結果として今の地位があるといっても過言ではない。
いくら老練で冷静とはいえ、そんな彼にもプライドがあるのは当然であり、ハーベスタの言葉はオルクスの中に隠れていた選民意識を見抜き、そしてそのデリケートな部分を上手く撫でたのである。
先ほどまで絶望と失意に翻弄されそうだった新世界の同志達は、そんなハーベスタに対して驚きながらも作戦成功を確信し、オルクスを誘い込む予定だった部屋へ先回りして声を伏せて待機する。
いよいよ秘密を聞くときだ。
作戦は佳境を迎える。
ユキの胸の鼓動が、高く速くなっていく。




