63. 美しき復讐劇は少女の手で擁立されて
「あの、お話の前に良いでしょうか?」
「ああ? どうした専属メイド」
いよいよスノーフィリア姫擁立作戦について、話が始まろうとした時。
視線を真っ直ぐハーベスタに向けたまま、ルリフィーネは彼の話を遮る。
「何故ここで私たちを襲ったのですか? あなた方はずっとここを根城にしていたのですか?」
「ああ、それか。コンフィ公爵が組織と関わりのある人物だと言うのは知っていた、だからずっと監視をして尻尾を掴もうとしていたんだが、その組織の手によって害されたという情報を掴んで慌てて来たら、既に屋敷は燃えた後だった」
「ふむ、なるほど……」
「もう一度組織の連中がここへ戻ってくるかもしれないと思って張り込んでいたところに、お前さんらが来たわけだ」
「我々を組織の一員と勘違いしたと言う事ですか?」
「まあそういう事だ。大貴族とはいえ、こんな国の辺境の別宅に来る奴そうは居ないからな」
私が対峙した時は、どこからどうみても野盗だった。
サクヤと出会い、信念を聞いたときにその考えは変わったけれども。
ルリはそれでも心配して敢えて聞いたんだね。
そうユキは思いながら何度か頷くが、ハーベスタの話の中に館で働いていた人たちが出ない事に気づく。
「そ、それじゃあ、館で働いていた人たちは……」
「誰も居なかった。まあ、どんな運命であっても最終的な結果は同じだろう」
ハーベスタの言葉を聞いたユキの心中に、絶望と悲壮の影が侵食してゆく。
「ユキ様……」
やはり救えなかった。
ココと同じ様な目にあったか、あるいはもうこの世には……。
「何を落ち込んでいる?」
「落ち込むよ……。だって私は誰も救えなかったから、私は――」
「自惚れるな! 今のお前に何が出来る? 姫だった頃のお前ならいざ知らず、今のお前はただの町娘、否それ以下の存在だ」
ユキの陰る態度と灰色の言葉に、ハーベスタは低い声を荒げて遮った後に語る。
「今お前が真にやらなければいけない事は何だ? それを考えるんだ。悩むな! そして後悔するな! 今自分が出来る全てを尽くせ」
そしてわざと手を大きく一つ叩いて鳴らした。
彼の言葉と手の合わさる音で、ユキの心の影は一瞬で吹き飛び無くなってしまう。
「じゃあ話に戻るぞ」
ユキの表情に迷いが無く、やりきる強い意志を感じたハーベスタは中断していた話を再開する。
その様子を見ていたサクヤは、荒々しいハーベスタとは対極に穏やかな笑みを見せていた。
「今元老院に所属していて、組織と強い繋がりのある貴族は三人。軍のトップであり国内最強軍ハイドラ騎士団の長アルマンジ、正教の大主教ブカレス、宰相のオルクスだ。どいつもユキは知っているだろう?」
ええ、知っている。
執政権の無かった私ですら、直接会話をした事があるぐらいだ。
三人とも国の為、お父様やお母様の為に一生懸命尽くしてくれた人たちだと思っていた。
まさかそんな人たちが、私の家族の命を奪う手伝いをしていたなんて……。
「はい、知っています。他の方は?」
「残りは解らない。目下調査中だ。とりあえずは三人も居れば十分だろう。まずはこいつらの悪事を暴く」
どうして、何故なの?
彼らには十分に褒章が与えられてたはずなのに。
お父様もお母様も、彼らの事を凄く大事にしていた!
それなのに、こんな形で返すなんて……!
「まずは側近からだな。水神の国の政治に関する決議事項はこいつから漏れていると言ってもおかしくない。国王殺害の手引きもこいつがしたと言えば、お前さんもやる気が出るだろう?」
「お父様とお母様の仇……」
その言葉は、結果としてユキの熱くなった心に復讐という燃材をくべる事となる。
「具体的にどうすればよいのですか?」
「いいねえその目。やる気になってきたな」
ハーベスタもユキの心の変化に気づいたのだろう。
話の途中にも関わらず、表情に厳しさを残しながらも、どこか満足げな笑みをユキに対して見せる。
「ネタは簡単さ、側近にミズカの魔術で催眠術をかけて悪事を吐かせ、それを記録する」
ユキの気持ちの理解したハーベスタは、脇にあったカバンから一つの水晶玉を取り出す。
「この水晶玉はミズカの魔術によって制御されていて、相手の声と水晶玉に映った風景を覚えるんだ。記録の魔術って奴だな」
「そんなに……単純なのですか?」
「単純な方がやりやすいからな、作戦成功の秘訣は簡単簡略だ」
もっと派手で凄いのを想像していた。
しかし、意外な程に単純で解りやすい。
これなら、成功するのかな……?
「その言い方ですと、側近に催眠術をかけられるほど近づける算段がおありのようですね?」
「ああ、当然だ。今日から五日後に、サクヤの屋敷で側近を招いてパーティがある。そこで計画を実行に移す」
「解りました」
パーティで何かやろうとする度にユキは、かつて自分の婚約の儀で起きた凄惨な事件を思い出し、気持ちが重くなっていた。
しかし、先ほどハーベスタに叱咤されたお陰か、今はそんな気持ちよりもやり遂げたいという熱意が勝っていた。
今は私だけじゃない、ルリやセーラちゃんだって居る。
だから今度こそは……。
「あと、その後ろに居る魔術兵器は留守番だぞ」
「どうして解ったのですか?」
「新世界の情報網を舐めるなよ? そいつは組織が秘密裏に研究、製造している人体ベースの魔術兵器、ジョーカードールの試作型だな。これから”組織のお偉方”と出会うのに、そんなの連れて行ったら怪しすぎるだろ?」
「う、うん」
そう思っていた矢先、セーラを連れて行けないと告げられてしまう。
「ごめんねセーラちゃん、私が居なくてもここで待っててね?」
「うん、待ってる」
「必ず帰ってくるから、もうあなたを一人にはしないよ」
「うん、信じてる」
複雑な心境のまま、ユキはまるで自分自身を諭すかのようにセーラへ話す。
セーラは無表情のまま頷き、ここへ残る事を告げた。
「あの、私は作戦決行の日まで何をしていればよいです?」
「んー、そうだな……。一通り自己紹介が終わったら雑務を手伝いつつ、魔術の勉強でもしておけ」
「はい」
作戦の説明が終わったハーベスタは、背筋を大きく伸ばした後に立ち上がりどこかへ去って行った。
ユキ達は、ミズカから雪宝石のペンダントを返してもらい自身の首にかけると、四人の幹部以外の人たちに自己紹介をして周っていく。
その日の夜。
新世界の人々が集まり、夜の食事を始める。
ユキも新世界の一員として、そして今回の作戦のキーパーソンとして、食卓を一緒に囲んだ。
出された料理は日中にサクヤ達が話していた通り、干し肉入りのシチューとワインだ。
ユキはアルコールが得意ではなかったので、ワインの受け取りを断りシチューだけ貰う。
「おいしそう……」
シチューが盛られた木の器から、ほのかに温かみが伝わる。
肉も勿論だけど、ちゃんと野菜も入っている。
「ん、おいしい……」
初めてコンフィ公爵の別邸に入り、そして使用人として働いた初日にもスープを出された。
その時とは比べ物にならないくらいに味も濃くてまろやかで、そして何よりもおいしい。
しかし、シチューを食べたユキは、突然涙を流してしまう。
あの頃、料理はおいしくなかったし環境も最悪だった。
だけどココが居てくれた。
大好きなココ……、どうしてあんな事に……。
「料理はお口にあいましたか?」
「あ、サクヤ」
ユキの感情が暗い方向へ流れようとしたのを見計らうかのように、サクヤがユキへと話しかけてくる。
「うん。とっても美味しい」
「それはよかったです」
ユキは慌てて涙を拭き、料理の感想を率直に告げて作り笑顔を見せた。
そんなユキの思いに気づいたのか気づかないのか、優しい笑みを返すとユキの隣へとすわり、一緒にシチューを堪能し始める。
「ねえサクヤ。この人たちもミズカと同じで組織に……?」
「はい。各々が家族や恋人、帰る場所を奪われています」
みんな私と同じ。
同じ様に大切な人を理不尽に奪われてここにいる。
こうやって立ち向かおうとする人ですらこれだけの人数なら、被害を受けた人はもっといるかもしれない。
「……皆の居場所を取り戻そう。もう悲しいのは嫌だから」
「勿論です」
決意の確認をお互いにしあった直後、軽快な音楽が鳴り響く。
今まで食事を楽しんでいた人々は音の鳴る方へと次々と集まり、各々がダンスを始める。
新世界の人々の踊りは、ユキが今まで体験してきた舞踏会のような規則正しい動きではなく、ある者は激しく、ある者は静かに、またある者は手を取り合う……。
それらは己の過酷な境遇を忘れるかのような、儚くも力強いエネルギーをユキは感じた。
「さあ、ダンスが始まりましたよ。ユキも一緒に踊りましょう」
「うん」
シチューを机の上へ置くと、ユキはサクヤに手を引かれて人々の渦の中へと入ってゆく。
最初はぎこちなく遠慮がちなユキだったが、他の人々の笑顔や優しい言動に感化され、激情と発散の渦の中へと溶け込んでいった。




