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ゆきひめ ~六花天成譚詩曲~  作者: いのれん
Fourth Part. 魔術師から賊を経て
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61. 大海原に投じる一石

 そこに現れたのは、ユキがスノーフィリア姫だった頃に婚約の儀で出会った、サクヤと自称する感じの良い少女だった。


「お久しぶりですね、スノーフィリア王女殿下」

「ブロッサム女史。名家の人であるあなたが、どうして野盗なんかに?」

 ユキは驚いていた。

 まさかこの人が野盗をしているなんて。

 地位や資産だってある、生活に何ら不自由の無いはずなのにどうして?


「むー失礼なー! 私らは野盗じゃないよ!」

 野盗と決め付けられたのが、余程気に入らなかったのか。

 魔術師の少女ミズカは頬を膨らませて一際大きな声でユキの言葉を否定する。


「ミズカ」

「おねえ……、解ったよ」

 しかしサクヤがそれを制止し、ミズカは不満そうな表情のままユキに迫るのを止めた。


「そんなに改まなくてもよいですし、呼び名もサクヤで構いませんよ」

「ありがとう。それなら私の事もユキと呼んでください」

 サクヤはあの時とまるで変わらなかった。

 綺麗に切り揃えられた腰まである長い黒髪に、貴族の当主に相応しい強い意思を宿したスカーレットの瞳。

 服装は祭事じゃないせいか、平民と勘違いされてもおかしくないくらいに簡素で質素だが、サクヤの美しさのせいか見事に違和感無く着こなしている。

 スノーフィリアがユキになっても、一切変わる事の無い態度と対応にサクヤへの評価は自然と上がっていた。


「ところで、話は戻りますが、何故あなたがこのような事を?」

「それはですね――」

 ユキは何故サクヤがこの場所にいるのか、ここで何をしているのかが気になっていたため、それについて聞いてみる。


「おねえ!」

「大丈夫ですよミズカ。ユキも私達と同じ境遇の人なのですから」

 しかし、ミズカに言葉を遮られてしまう。

 関係者以外には言いたくない事なのかな?


「お話する前に、お付の方々もご一緒に聞かれた方がよいかと思いますので、一度集まりましょう。ミズカ、お願いね」

「うんー、すぐに戻ってくる」

 同じ境遇ってどういう意味なのかな?

 ルリやセーラちゃんにも聞かせたい話って、何だろう?


「彼女……、ミズカは孤児なのです」

「孤児? 戦争か病気で亡くしたのかな?」

 ユキはサクヤの言葉に疑問を感じていた最中、野盗の頭目であるミズカについて、少し悲しげな表情をしながら語りだす。

 そういえば、サクヤも親を亡くしていると聞いた事があるけれども、同じ境遇ってもしかしてそういう意味なのかな?

 ユキがそう思った時。

 

「いいえ、ミズカの父親と母親は秘密結社トリニティ・アークの手によって目の前で命を奪われたのです」

 自身の命を狙われている組織の名前が出た瞬間、ユキの体に衝撃が走る。


「彼女の家系は代々魔術を研究しておりまして、その魔術は本来の魔術とは大きく形態の異なるものなのです。おそらくはその力が目当てだったのでしょう」

 サクヤが言った同じ境遇。

 それは親を失ったという意味もあり、また組織によって本来歩むはずの平穏な人生を踏み躙られたという意味だったのだ。


「おねえー、連れてきたよー」

 こんな場所でも組織の名前が出てくるなんて……。

 ユキは拳を硬く握らせながら、今までの組織がらみの出来事を嫌でも思い出してしまい、そして嫌な気分になってしまう。

 そんな最中、万全ではないが何とか歩けるルリフィーネとセーラが手枷をつけられたまま、ユキ達の居る小屋へと入ってくる。


「申し話ございません。ユキ様をお守り出来ませんでした」

 ふらふらになりながらも、手枷がついているせいかずれたカチューシャが直せないルリフィーネは、そのまま頭を下げてユキへと謝った。


「ううん、ルリが無事で良かった。ありがとうね」

 あの状況じゃ仕方が無いし、そもそもルリが駄目だったら他の誰がやっても駄目だった。

 むしろ、二人とも無事で良かった。


「私には勿体無い言葉です」

 ユキの思いに胸打たれたのだろうか?

 ルリフィーネは少し涙ぐんでいた。


「あなたはブロッサム家の当主チェリー様。どうしてあなたがここに居られるのですか? ユキ様、これは一体どういうことですか?」

「ルリフィーネさん。世界メイド協会を首席で卒業なされ、長らく宮廷のハウスキーパーとして責務を果たしてきており、今も主君に仕えるあなたにも聞いてほしいのです。我々が何を成そうとするのかを」

 ルリフィーネがユキの思いを受け止めた後に、本来ならばこのような場所には絶対に居ないであろう人について聞く。

 それに対してもサクヤは、穏やかかつ凛とした笑みを崩さないまま話を続ける。


「まず我々についてですが、全員身分や年齢や出自には共通点がございません」

 ユキは先ほどの襲撃の風景を思い出す。

 服装は似たような感じだったけれど、サクヤの言うとおり私に近い年の男の子や女の子もいれば、年をとった人も居た。


「我々の共通点はただ一つ。秘密結社トリニティ・アークへ立ち向かい、そしてかの組織を解体するという目標を掲げていること」

 サクヤの口調が若干強くなったような気がする。

 それはサクヤの言う事が上辺だけの理想や、酷な現実を一時的に忘れるための逃避ではなく、たとえ自身を犠牲にしようとも掲げた目標を本気で成そうとする、思いの強さの表れなのかもしれない。


「所属している者達は私も含め、何らかの形で組織と関わっており、組織によって不幸をもたらされております」

 そしてユキは彼女の宣言するあまりにも大きい目標に対して、大きな不安とごく少量の猜疑心を抱いていた。

 国の高官を酷い目にあわせたり、御用商人を取り込んで危ない研究を続ける。

 組織を少しでも知っている人は、名前すら口にすら出さない程だ。

 そんな相手にどうやって立ち向かうの?


「そんなこと、本当に出来るの?」

 決意や意思の強さだけでどうにかなる相手じゃない。

 サクヤは名家の当主だけれども、組織は国家レベルかあるいはそれ以上の力を持っている。

 一貴族がどうこう出来るわけない。


「確かに。”今まで”はどうしようもありませんでした」

「”今までは”という事は、何か術でもあるのでしょうか?」

「はい、ユキがここに来てくれたお陰で解決したのです」

「どういう事なの?」

「ユキを、いいえスノーフィリア様を水神の国の元首に擁立し、アクアクラウン家の復興を宣言するのです」

 祭事の場に現れた襲撃者によって現国王と王妃は斃れてしまい、王位継承権のあった姫は生存が定かとならずに行方不明。

 結果、水神の国を代々治めてきた王族アクアクラウン家は潰えてしまった。


「……そんな事が出来るの?」

 玉座は空いたままだけれど、国の全権は元老院に所属している高官達の手の中。

 今更私なんか出てきても……と、ユキは多少投げやりな感じでサクヤへ問いかける。


「勿論、いきなり出てきても駄目でしょう」

 ユキとサクヤの考えがほんの少しのずれもなく、妙な連帯感と親近感を感じたユキだったが、すぐさま虚しさに変わってしまう。


「今の水神の国は元老院によって国家の運営がなされておりますが、元老院に所属している人らは基本的に、組織へ何らかの関与されているという情報を掴んでおります」

 私も何度か出会って話をした事はあったけれど、元老院に居る高官は全員賢くて、いろんな人からも慕われている。

 そんな人らが組織と関係しているなんて解ったら、国の人たちは許さないかもしれない。

 もしかして……。


「元老院の人たちを失脚させれるの?」

「そうですが、それだけでは無実の民が旗手を失い、国はたちまち混乱してしまうでしょう」

 確かにサクヤの言うとおりだ。

 今国を動かしている人が居なくなれば、国の人たちは不安になってしまう。


「元老院による政治に失策はまだありません。ですが王族殺害の報は辺境にも伝わっており、未だに民心が安定していないのも事実。そこでユキ自らが敢えて広めるのです。王位継承権を持つスノーフィリア・アクアクラウンは生きていると、玉座につくべき相応しい存在が居るという事を」

「……居なくなった私が戻ってくることを、みんなは望んでいるの?」

「そうです」

「我々はずっと組織に対抗する為の準備を進めてきました。ですが決め手を欠いていたのも事実でした」

「そこで私が来た……?」

「はい。ユキ、これからも組織の思うままではあなたや我々のような悲しい思いをした人々を増やし、ひいては国の衰退に繋がるでしょう。だからお願いします。我々に協力して下さい」

 使用人として働きつつも匿われ、修道院でシスターとして身を隠し、風精の国の魔術師として身分を偽り、そして今度は地位を取り戻すために敢えて姫である事を打ち明ける。


 サクヤ達の作戦が上手くいくかという不安もあったが、目まぐるしく変わるユキ自身の立場を振り返り、ユキの心中は複雑な思いでいっぱいになってしまう。


「……解った。今の私に出来る事があるなら協力するよ」

 しかしユキは、この道しかない事も解っていた。


 ココの事、コンフィ公の事、かつて一緒に働いた使用人達の事。

 ホタルお姉さま、セーラちゃん、他にも組織の犠牲になってきた人々、今も苦しんでいる人々。

 そして、これから悲劇的な結末を迎えようとしている人たち。

 可能なら、救いたい。

 もうあんな思いは嫌だ、だから何とかしたい気持ちは私にだってある。

 だから……。

 自らの地位を確立し、組織を壊滅させる事が出来れば私の失ったものの大半を取り返し、かつこれから失っていくであろうものを失わずにすむ。


「ありがとうございます」

 ユキはサクヤの礼に対し、一つだけ頷く。

 普段はほんのり冷たいユキの手は、ぐっと強く握り締めたせいか僅かに汗ばんでいた。

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