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ゆきひめ ~六花天成譚詩曲~  作者: いのれん
Third Part. 修道女から魔術師へ
55/232

54. 此処に在るべきではない存在

 扉を開けると、天井が高く大きく開けた場所へ到着する。

 地下水路のはずなのに水の流れる音もなく、今まで赤かった松明の火が青白いせいか、異様な不気味さが漂う。

 ユキは周りを確認しながらも大部屋のさらに奥へと入っていくと……。


「やれやれ、また煩い蝿が侵入してきましたか」

 そこには丸々と太った男が立っていた。

 ユキと男の目が合うと、男はわざとらしくため息を大きくつきながら呆れ顔で言う。


「御用商人!」

「ですがあれを退けるとは、あなた中々の実力をお持ちのようですね。どうです? 我々と一緒に栄光ある第一歩を踏み出しませんか?」

 あれとは、変わってしまったコンフィ公の事かもしれない。

 今までの状況や彼の話から察するに、ラプラタ様が調査していた人達は彼の手で……。


「嫌よ! あんな酷い事する人達と一緒になんてなれない!」

「我々はむしろ、消え行く命の”救済”をしているんですけどねえ……、とんだ勘違いをされてしまったものだ」

 当然答えはノーだ。

 セーラちゃんの事件、セーラちゃんの出自、ここで起こった出来事。

 それら全てを繋げるとラプラタ様の予想通り、御用商人は秘密結社トリニティ・アークと強く関っている可能性が高い。


 秘密結社トリニティ・アーク。

 ルリに詳細を聞くと口を閉ざすほどに危険な裏社会の組織。

 改造したセーラちゃんを要らなくなったからって捨てた。

 ホタルお姉さまに対しても散々酷いことしてきた。

 みんなみんな不幸になった。


 それなのに、命の救済?

 ふざけないでよ!

 そんな場所に私が行く訳が無い!


「だいたい、これはどういう事なの!?」

「はぁ、どういう事も何も、見ての通りです。我々の秘密を探ろうとした者を排除しただけ」

「じゃ、じゃあコンフィ公も……」

「彼は違います。元々こちら側の人間でしたが、どうも総帥の意志とは違う考えを持っていた。だからああなってしまったのです」

 という事は、コンフィ公も元々は組織の一員だったの?

 それが、どういうわけか知らないけれど裏切ったの?

 だから生かさず、無理矢理魔術兵器に改造した……?


「おっと、喋りすぎましたね……。いけないけない、これ以上の戯れは私も仕置きを受けてしまう。では、ごきげんよう魔術師殿」

 今まで有耶無耶だった部分が、ユキの頭の中で僅かに解消されようとした時、御用商人は笑顔でその場から去ってしまう。


「……あとは頼みますよ。ジョーカードール・アーテスタ」

「待ちなさい! 御用商人!」

 去り行く御用商人とは入れ替わりに、別の人影が現れる。

 なにやらやり取りをしているようだけども、もしかして新しい魔術兵器?


 そう思い、ユキが変身できるよう身構えた瞬間だった。


「えっ……うそ……、なんで……」

 ユキがその人影をしっかりと目視出来た時、思考が止まってしまった。


「もう一度、あなたと出会えるなんて。久しぶりだね、ユキ」

 なぜならば、御用商人と入れ替わり出てきた相手はユキと苦楽を共にした親友であり、アレフィに壊されてしまった悲劇の人物だったからだ。


「ココ!」

 ユキと対峙した相手は、無邪気な笑顔だった。

 そんな相手とは逆に、ユキは顔がくしゃくしゃになりながら泣きそうになってしまう。


「ねえココ、体の具合は大丈夫?」

「大丈夫だよ。”とてもいい人”がなんとかしてくれたから」

 もう二度と覚めないと思ってた。

 そんなあなたが現実に帰って来てくれた!


「よかった……、本当によかった」

「心配かけちゃったね」

 今はともかく、ココの具合が良くなった事が嬉しい。


「じゃ、じゃあ一緒に帰ろう……? またあの時のように一緒に!」

 あなたが元気だったら、また使用人だった頃のように一緒に仲良くしたい。

 一緒にお話をしたり、買い物をしたり。

 そう、絵の続き!

 あなたは画家を目指していた。

 あなたの絵はとても素敵。

 続きをまた描いて欲しい。

 だから、だから!


「はぁ。やっぱりあの人の言うとおり、ユキは何にも解っていないんだね。ユキだけはそんな事無いって思った、期待だってしてたのに、……がっかりしちゃったよ」

「えっ?」

 ココは、そんな私の希望に満ちた思いを遮るかのようにため息を一つつくと、悲しげな顔をしながら話に割り込んできて、そして……。


「ユキ、どうしてアレフィを殺してくれなかったの?」

 その言葉を聞いた瞬間、ユキの心は酷く揺らぎ乱れてしまう。


「えっ……、そ、それは……、あそこでアレフィの命を奪っても誰も救われないと思ったから! ココを救う術を見つけ出すためには、私だけの力じゃ無理だったから……」

「あなたは親友よりも、アレフィという強姦魔の方が大切なんだね」

「そんな! それは違うよ! そんなの絶対に――」

「ううん、その通りよ。さらに付け加えるなら、ユキは強姦魔よりも自分が大切なんだよ」

 ココの言葉はユキの中の何か。

 心の核となる何か。

 そこをぎゅっと強く握り締め、粉々にしてしまうかの如く……。


「そんな悲しい顔したって、あなたが心の底で思っている事は全て解っている」

「どういう事……なの」

「あたしはこんな酷い境遇に落とされてしまった。それでもこんなに頑張った。なんてあたしは可哀想で健気なのでしょう。そんなあたしが悪人も許しちゃうなんて、あたしって凄くて優秀で――」

「いやあ! そんな事言わないで!」

 ユキは、ココの話を遮ろうと酷くヒステリックな声をあげた。


「強姦魔を懐柔して、あたしにどう顔向けしようと思ったわけ? あたしはアレフィを助けた、救ったと笑顔で言うわけ?」

「やだ! やだぁ! もうやめてよ!」

 それでもココは、ユキの心の核を握り続けた。


「ユキ、あなたが本当に救うべきはアレフィじゃない、あたしや被害にあった人だった。それを自己陶酔の自己満足で被害者そっちのけでアレフィに手を差し伸べるなんて、しんじられないしありえない」

「はぁ……、はぁ……、お願いもうやめて!」

 ユキの変調は心だけではなく、遂に体にも現れだす。

 涙はとめどなく流れ落ち、震えたくちびるは青白くなり、虚脱しその場に立っていられなくなる。


「どうして耳を塞ぐの? 本当の事言われたから?」

「いや……、いやぁ……」

 ユキは無意識のうちに、自身の綺麗な水色の髪がくしゃくしゃになり、耳たぶが赤くなってしまうほどに手を当ててココの声を聞かないようにした。


「ううっ……」

「そうやってすぐ泣けば誰かが助けてくれる。そしてあなたの周りには必ずあなたを支持して助けてくれる人がいる」

 しかしそんな行為は無駄だった。

 どんなに耳を塞いでも、ココの声は確実に聞える。

 ココの声は耳から心へと通じ、”ユキ”を破壊していく。


「ユキ、あなたのような人。大嫌い」

 そして、その言葉を聞いた瞬間、ユキの中の何かが壊れた……。


「何? 邪魔するの? 出来損ないの旧型ごときが」

 今までのやり取りでココはユキへ直接手を出さなかった。

 しかしユキの身の危機を感じたセーラは、傍観者である事をやめて間に割ってはいり、短剣を構えてココへ敵意を見せる。


「別にこの場で二人ともバラバラにしちゃうなんて簡単。だけど今日はいいや、言いたい事も言えたし。もう二度とあたしの前に現れないで、鬱陶しいだけだから。さよなら、自分に酔っているだけの憐れなお姫様」

 ココは冷たい眼差しを投げかけ、別れの言葉を吐き捨てるとユキから去っていった……。


 そうだ、私は最低な人間なんだ。

 自分が可愛いだけ、自己満足で他の人を犠牲にする人間なんだ。


 だから私は、被害者を救”わ”なかったんだ……。

 だから私は、ココに嫌われちゃったんだ……。


「ユキ様! ユキ様!」

 ココと入れ替わるかのように、ユキが入ってきた扉の方から声が聞えると、ルリフィーネが広間へと現れる。

 ルリフィーネはユキを見つけると、軽やかな身のこなしでユキのもとへと駆け寄った。


「ユキ様! ご無事ですか! お怪我はございませんか!? ユキ……様?」

 ユキには特別外傷は無く、ルリフィーネもその事を確認するのに時間は要さなかった。

 しかし、ただならぬ状態のユキを見て、詳しくは解らないが何かがおきた事だけは確信した。


「セーラさん、ユキ様に肩を貸してあげてください。出口はこちらにありますので」

 この場にとどまるのは危険だという事を十分解っていたルリフィーネは、まともに歩けないユキを、セーラと二人で肩を貸して連れて行った。


 道中は敵に襲われる事は無かった。

 外に出れば、日は昇り始めていた。


 しかし、ユキの心は深い闇へ入ったばかりだった……。



 消沈したユキを引き連れた一行は、無事にラプラタの執務室へ到着する。

 そして、彼女らを待っていたのは――。


「心配をかけさせない……、もう……」

 いつもは平常を崩さないラプラタが、不安そうな表情で出迎えてくる。


「ごめんなさい」

「……いいえ、私が悪かった。あなたの現状がどうなっているかは私もよく知っていた。それなのにこんな任務ばかりお願いしてしまった……」

 ユキは一人で何とか立つと、俯いたまま力なくラプラタに謝った。


「そんなに落ち込まないで、失敗は誰にでもあるもの。大切なのは失敗を恐れる事より、失敗を生かして成功へ繋げる事よ。だからその為にも、地下水路で何があったのか報告できるかしら?」

「はい」

 落ち込んだユキを励まして慰めつつも、ラプラタはユキの身に何が起きたかを聞き出す。


 ユキは少女と出会った時から、地下水路で起きた事の全てを打ち明けた。


「だから、だから私はどうしようもない人間で……、ううっ……」

 打ち明けた後、ユキはそう言いながら再び泣き崩れてしまう。

 話を聞いた全員はただ気まずそうな顔をしながら、泣きじゃくるユキを見る事しか出来ずにいた。


「そんな事はございません。ユキ様はご自分の出来る範囲で立派に自らの役目を果たしてきました」

 しかし、ただ一人だけは違った。

 ルリフィーネは即座にユキの近くに寄り、ユキの背中を何度もさすりながら慰めの言葉をかけた。 

 ユキが泣き止むまでずっと傍で居続けた。


 そしてようやくユキが話を聞ける状態になったので、各々は再び今回の任務について考え、意見を言い合う。


「ふむー。それにしても、やっぱり御用商人は黒だったのかー」

「……その娘とか言う少女も怪しいですね」

「しかし、ラプラタ様はどうして今回も解ったんだ?」

「御用商人は独り身だって情報を事前に知っていたから、娘がいると聞いておかしいと思ったの。だからユキちゃんが気づかないようルリちゃんに尾行をお願いしておいたのよ」

「ああー、ユキが話を終えた後にルリさんを呼んだのはそれか!」

「そうね。でも、まさかこんな事になるとはね……」

 まさかユキがこんな目にあうとは予想がつかなかったらしく、ラプラタは皆の意見を聞くにつれて悔しそう気持ちを隠せず、顔に出してしまっていた。


「御用商人は組織の中でもかなり上みたいね」

「そうだなー、幹部クラスだろうな」

 そして御用商人が想像以上に危険な人物であり、裏社会の組織トリニティ・アーク内でもかなり上位に位置する事が話から導きだされると、雰囲気はますます重くなってしまう。


「ふう、これ以上は流石に危険ね。顔もばれてしまったし、任務は以上で終わりとしましょう。御用商人はトリニティ・アークと通じていると解っただけでも大収穫よ。だから今日はもう休みなさい、今のあなたに必要なのは休息よ」

 これ以上、ユキを使うのは危険だと察知したラプラタは、任務の完了を宣言してユキ達に休息を命じた。

 ルリフィーネとホタルは無言のまま一つだけ頷くと、俯いたまま涙目のユキを連れて執務室から立ち去った。

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