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ゆきひめ ~六花天成譚詩曲~  作者: いのれん
Third Part. 修道女から魔術師へ
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53. 成れの果て

「きゃっ! うーん……」

 一定の速度で動いていた床が急に止まる。

 ユキはその止まった時の反動で前へ飛ばされてしまい、何度か転がって体を強く打ってしまった。


「この扉……、なんだろ」

 大きな怪我もなく痛みだけですんだのが幸いと思いつつも多少ふらつきながら立ち上がり、上手い具合に降りたセーラの無事な姿を確認した後、目の前に部屋がある事に気づく。


「うーん、とても書斎には見えないけれども……」

 備え付けられたたいまつの明かりを頼りに、ユキは周囲を窺う。

 どうやら部屋以外にも、別の道があるみたい。

 でも女の子の言葉通りなら、御用商人はこの中に居るのかな?

 ユキは、そう思いながら目の前の部屋へ入ろうと扉に触れる。


 な、なにこれ、生暖かい……?

 金属の扉のはずなのに、どうして……?


 ユキの呼吸が荒く、心拍が速くなってゆく。

 口の中の不快な渇きを消そうと、唾を大きく飲み込む。

 扉に触れようとする手が、僅かに震える。


 ううん、このままここで立っていても何も解決しない。

 大丈夫、私には変身する能力があるし、セーラちゃんだってついている。

 何があっても大丈夫、大丈夫だから!


 意を決してユキは生暖かい扉を開け、部屋の中へ入る。

 部屋の中も外の通路と同じく、明かりが乏しくて隅々まで見えない状態だったが……。


「ひぇっ!? な、なに!?」

 部屋の真ん中でなにやら動いている……?

 あれは、なんなの?


「あ、あなたは!」

 そのうごめく物を見た瞬間、ユキは身をすくませて驚いてしまう。


「そ、その声は……、スノーフィリア姫か……」

「コンフィ公! 何故あなたがここに!?」

 そのものの正体。

 それは、かつてユキの伴侶になろうとした人であり、使用人だった頃のご主人様であり、水神の国の重鎮であるコンフィ公爵だった。

 薄暗いせいで詳しい様子はよく解らない。

 けれど、体を横にしていて、声もかすれている。

 相当衰弱しているに違いない。

 でも、どうして風精の国のこんな場所に居るの?


「い、いますぐここから逃げろ……、はやく……っ!」

 コンフィ公は、うめきながらも苦しそうにユキへとそう伝えた。


「どういう事なのですか? この場所はいったい……?」

 ここから逃げろとはどういう意味なの?


「ぐぇ、ググググェグェェグェグェェッ!!!?!!!?!?」

「ひぃっ!」

 そんなユキの疑問は、すぐに晴れる事となった。

 コンフィ公爵は嘔吐を繰り返しながら、酷くもがき苦しみだすと同時に体からはどす黒いもやを大量に噴出し、直後に真っ黒な物体が皮膚を突き破って肥大化し、体はみるみると変化してゆく


「う、うそ……」

 間違いない。

 この変化……、アレフィの時と同じ……。

 なぜ、どうして!?


「ニィゲロォォォォオオオオと、いったじゃないかぁぁあああああっっっ!!!!」

 コンフィ公はみるみると変化していき、変化が終わったその姿はもはや人間の形では無かった。

 真っ赤な血のような液体がしたたる、無数の触手と脈打つ楕円形な肉の集合体。

 アレフィの時とは違う、例えるならば……生き物の内臓が一人歩きしているような……!


解放する(リリースオブ・)白雪姫のホワイトスノープリンセス・真髄エッセンス!」

 何故コンフィ公爵がこの場所に居て、どうして化け物へとなってしまったか?

 謎は尽きないがこのままでは自らの身が危ういと察知したユキは、おぞましくてグロテスクな姿へと成り果てたコンフィ公へ、哀れみと嫌悪感を抱きながらも解放の言葉を紡ぐ。


 すると、ユキが今まで着ていたマントや先の尖がった帽子や村娘の服が光の糸となって解かれる。

 光の糸はユキの周囲を規則的に何度か周回した後に、再びユキの体へと戻ると、水色のプリンセスラインのドレスやティアラへと変化していく。


「雪花繚乱! スノーフィリア聖装解放!」

 最後に髪が伸びて青と銀にグラデーションのかかった色になる。

 変身を終えたスノーフィリアは両手を広げ、自らを解き放った事を宣言する。


「グェェエエッ、グェグェグェッッ!」

 化け物と成り果てたコンフィ公は、ぺちゃぺちゃと体液を撒き散らしながら、まるで蜘蛛のように足を巧みに動かしてスノーフィリアへと襲い掛かる。

 明らかな敵意と殺意を持つと理解したセーラはスノーフィリアの前に立ち、腰に下げていた短剣を持ち構えたが、スノーフィリアはセーラの肩に無言で手を置き、彼女を後ろへと下がらせると……。


「スノーフィリア・アクアクラウンが命ずる。彼方の大地にその名を轟かせた剣豪よ、我の下に姿を現し、その曇りなき刃で深淵に巣食う暗黒を退けたまえ! 白雪水晶(ホワイトクリスタル・)の剣豪(ソードマスター)!」

「アババババァァァァッッッ!!!!」

 スノーフィリアは深く呼吸をして召喚術を発動する。

 すると中心に魔法陣が展開されていき、襲い掛かっていたコンフィ公は魔方陣に触れるとまるで雷に打たれたかのように発光して体の一部分が焦げてしまう。

 しかしスノーフィリアは、目の前でその様子が繰り広げられても一切表情を変えないまま、意識を集中させ、魔法陣が広がりきると同時に指を半分だけ伸ばしながら右手を差し出す。

 差し出した指から光の粒が一つだけ零れて地面に広がった光の魔法陣へ落ちると、波紋のように広がっていき、そこからかつてアレフィと戦った時に出した水晶の老剣士が現れる。


「久しいな、サモナー」

「お願い! 私を守って!」

「御意」

 動揺を隠せずにいるスノーフィリアに対して水晶の老剣士はとても冷静にこの状況を見ると、スノーフィリアの命令と同時に腰に下げていた剣を抜き、単騎でコンフィ公へと向かって行く。


「ガーッ! ガッガッガッっッっっっ!!!!」

「はっ!」

 コンフィ公は、先端に鉤爪のついた触手で水晶の老剣士をズタズタに切り裂こうとする。

 しかし水晶の老剣士は過去にアレフィと戦ったせいか、それとも達人の成せる技なのか、コンフィ公の攻撃をごく少ない動きと力でかわし、いなしていく。


 まるで踊っているかのような華麗で精錬された動きに、スノーフィリアはこんな危機的状況でありながらも、水晶の老剣士に魅入ってしまう。


「邪魔をするなァァァアァァァアア!!!」

 コンフィ公は無数の触手を実際に相手をしている剣士ではなく、スノーフィリアの方へと繰り出す。

 過去にアレフィがやったように、スノーフィリアを狙ったのだろう。

 ユキの身の危険を察知したセーラが、触手を迎え撃とうとする。


「ふんっ! もうその手は通じぬ!」

 しかし水晶の老剣士は、コンフィ公の動きを事前に解っていたかのごとく、素早い動きで先回りをしてスノーフィリアを狙った触手を一本残らず切断してしまう。


「ウギャァァァアアアアアアッッッ!!!!!」

「あれは……、アレフィの時と同じ?」

「気づいたかサモナー。この禍々しさ、間違いなくそなたと出会った時と同じモノ」

 化け物と成り果てたコンフィ公の断末魔の叫びが部屋中にこだまする。

 水晶の老剣士も気づいていたのか、今スノーフィリアに牙をむいている力が過去に出会った物と同じである事を伝えた。


 しかし、一つだけアレフィとは違うところがあった。


「でもおかしい、再生していない……?」

 アレフィと戦った時は、触手が何度もしつこく再生を続けた。

 このまま無限に襲ってくるのではないのだろうか?

 そう錯覚される程に何度も何度も再生を続け、スノーフィリアは蹂躙しようとしてきたのだ。


「グェッッッグェグェェェ……、ゲロゲロゲロオォォォォォォォオオォォ……………」

 だが、コンフィ公にはそれが無かった。

 自らの体から生えている触手を全て切断されて無残な姿となってしまったコンフィ公は、苦しみながら口から体液を吐き続け、肉体はみるみると溶けていく。


「終わったの……?」

「△○×□※†……」

 コンフィ公は最後に言葉にならない言葉を言い残し、朽ち果てた。

 彼が居た場所に残されたのは、もはや人でも化け物でもない、ただの黒い水溜りだけだった。 


「ではさらばだ。そなたとはまた会えるかもしれん」

「ありがとう」

 役目を終えた水晶の老剣士は、剣を鞘に納めてスノーフィリアへ一礼をすると、光の粒となって消えてしまう。

 それと同時にスノーフィリアの変身も解け、もとの魔術師に戻ってしまった。


 何とか倒せたけれど。

 それでも一体……、これはなんなの?


 ユキは考えたが、納得のゆく答えを見つける事が出来なかった。


「あれ、あの扉……」

 もやもやとした思いを抱きながらも、部屋の奥に別の扉を見つける。


「危険だけども、先へ進もう」

 このまま居ても何も解決しない。

 とりあえずは出口を探して、ここから出て、今起きた事をみんなに伝えないと。


 戸惑いを必死で押さえ込みつつも何かに導かれるように、別の扉を見つけて入っていく。

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