46. 通り魔少女の終わり
「……何も出ませんが」
その迫力は、すぐさま虚しさへと変わってしまう。
なぜなら、術の名前を叫んだものの、まるで何も変わらないからだ。
「おかしいなだ。ほんとうならひのたまがぼっとでてどーんってぶつかるはずなだ」
どうしてあの子の思い通りにならないのかな。
あ、もしかして……。
スプリングベリーが居た元々の世界と、この世界では魔術の形態がそもそも違うのかも。
だから、ここでは使えないんだ。
その事に気づいたスノーフィリアは、別の召喚を試みようとするが……。
「むー、しょうがない。あれをつかうしかないなだ」
どうやらスプリングベリーには、もう一つ作戦があるらしい。
恐らくは別のもっと戦いに向いた存在を呼び出したほうが良いのだろうが、スプリングベリーの妙な自信にスノーフィリアは再召喚を踏みとどまってしまう。
「ふ、吹き矢か……? 当てれるのか?」
木製のワンドをいそいそとしまうと今度は筒状の物体を取り出し、スプリングベリーはそれを口に咥え、通り魔の少女の方をじっと凝視する。
「なあ、通り魔はどうして攻めて来ないんだ?」
ホタルの言葉に一同は思わず考え込んでしまう。
通り魔の少女は表情にこそ出さないが先の読めない未知の生命体を急に呼び出され、どう対処すればよいか迷ってそうな感じとも、とらえられなくはない。
そして呼び出した当人であるスノーフィリアや、その仲間であるホタルやルリフィーネも、スプリングベリーが次に何をするのか、それによってどういう結果をもたらすのかまるで検討がついていない様子だ。
しかし、そんな奇怪な動きを差し引いたとしても、ルリフィーネからも高く評価されている通り魔の少女の身のこなしならば、いくらでもチャンスはあった。
それでも攻めないのは、通り魔の少女にとって何か別の理由があるのだろうか?
それらの事は勿論ルリフィーネも解っていた。
だが下手に攻めれば、無防備なスノーフィリアやホタルがまた犠牲になってしまうと判断したのだろうか、ルリフィーネは一歩も動けずにいた。
スノーフィリア達の様々な思考が錯綜する中、スプリングベリーはぐっと狙いをつけ、息を強く筒へ吹く。
すると、筒の先から小指の先程の棘が真っ直ぐ勢いよく飛び、本来ならばルリフィーネですら動きを追うのがやっとな相手の腕に当たったのだ。
「やった! あたったなだ!」
スプリングベリーは、ばんざいをしながら飛び跳ねて喜びを全身で表現する。
それ以外の三人、スノーフィリア、ルリフィーネ、ホタルは正直当たるとは思っていなかったせいか、ただ呆然かつ唖然としてしまう。
「……確かに当たりましたが、全く効いていませんね」
そんな空虚な時間は、通り魔の少女が何事も無くスノーフィリアの方へと歩いて来た時に終わってしまう。
ルリフィーネは腰を深く落とし、通り魔の少女がいついかなる攻撃を繰り出そうともそれに対応する構えを取る。
スノーフィリアは大きな瞳で通り魔の少女を強く見つめたまま動けず、ホタルは昨日と同じ様にスノーフィリアを庇おうとした瞬間だった。
「う、うううっ……」
「お、おい。何だか通り魔の様子がおかしいぞ?」
通り魔の少女がかすかな呻き声をあげだすと、動いていた手足が痙攣しだす。
少女は自身の震える手を見ると、まるで糸の切れた操り人形のようにその場で崩れて倒れてしまった。
「マジか!? 倒してしまった!?」
「ふっふっふ、これがぼくのひみつどうぐなだ」
まさか、あの吹き矢が当たったからなの?
でも、刺さった箇所からは血すら出ていない。
毒でも塗られていたのかな……?
「でもおかしいなだ。しびれさせるだけなのにききすぎなだ」
どうやら、吹き矢を射った本人ですら予想以上の威力に困惑している。
スプリングベリーは腕を組む動作をしながら、首をかしげつつ目線をスノーフィリアの方へと向けるが、スノーフィリアも明確な答えが出せずにただ沈黙してしまう。
「何はともあれ、通り魔の件は解決しそうですね」
「ありがとう、助かったよスプリングベリー」
「またこまったことがあったらぼくをよんでね? では、さらだば!」
兎も角、通り魔の少女がこれ以上他の人を傷つける事は無いだろうと思ったルリフィーネは、構えを解いてこの戦いの終結を伝えた。
スノーフィリアは笑顔でスプリングベリーの頭を撫でてお礼を伝えると、短い腕を振って別れを告げた後に光の粒となって跡形も無く消えてしまい、その直後に魔術師ユキの姿に戻ってしまう。
「それにしても、どうする?」
「ラプラタ様のところへ連れていきましょう。手足を縛ったら私が担いでいきます」
変身していたユキが自ら発していた光によって照らしていた街並みが、本来の平和と平穏の暗さをじわりじわりと取り戻してゆく。
ユキは完全な暗闇に戻る前に落ちていたオイルランタンを拾い、壊れている箇所がない事を簡単に確認して再び火を灯すと、一同は帰路へとついた。
風精の国の王城、ラプラタの執務室にて。
「ご苦労様、この子が噂の通り魔だね」
「はい」
ラプラタはルリフィーネが担いできた、セーラーカラーの服を着た黒髪ツインテールの通り魔少女を見ると、興味深そうな眼差しを投げかける。
「この子、預かっていいかしら? 少し気になることがあってね」
「どうしたのです?」
ルリフィーネが執務室内のソファーに通り魔の少女を寝かせると、ラプラタは意識が無い少女をまじまじと見つめつつも手や足などの末端部分から、次第に胸や顔へ触れていく。
「……聞こえていないや」
その様子はあまりにも真剣で、ユキの声も聞こえてはいない。
ルリフィーネは反応が返ってこずにどうすれば良いか困っているユキへ伝えた。
「また明日出直しましょう。その時に聞けばよいかと思います。このままここに居ても、通り魔の少女に夢中なラプラタの姿を見ているだけだと思うので……」
「ふわーあ。何だか解決したら眠くなってきたよ」
三人はラプラタの執務室から出て行き、各々の部屋へと戻っていく。
こうしてユキの魔術師としての初めての仕事は、成功に終わったのであった。




