44. 闇の一片
朝。
窓から差し込む日の光で眩しさでユキが目を開けると、明るさを背景に顔色の良いホタルと目があう。
「んん……、あ、あれ?」
「おはよう! 私の親愛なる妹よ!」
あれだけ顔色も良くなくてぐったりしていたのに、お腹の傷も綺麗になくなっているし、お姉さまはいつもの調子。
という事は……!
「ホタルお姉さまー! 良かった、目が醒めてよかった……。ううっ……」
「よしよし、そんな大げさにしなくてもいいよ~」
大好きなお姉さまが完全に回復し、いつもと変わらない様子に戻ったのを目の当たりにしたユキは、泣きそうな顔をしたままホタルのへ抱きついた。
そんなユキに対してホタルは、まるで本当の姉妹のように頭を撫でて笑顔のままなだめる。
「やれやれ。誰かに好かれるなんて事もう無いと思ってたのに、すっかりユキに懐かれてしまったよ」
「ホタルさん、嬉しいのですね?」
「あー! 言わないでよ! 恥ずかしいなあもう!」
二人の光景を見たルリフィーネは、ユキが掛け布団代わりに羽織っていた布を手際よく畳みつつ、緩んだホタルの表情を見ながらそういうと、ユキの頭は撫でながらもすかさず顔を真っ赤にしながら反論した。
「おはよう。みんな朝から賑やかで仲がいいわね」
三人のやりとりが聞えたのだろう。
奥の部屋の扉がゆっくり開くと、既に起きていたラプラタが魔術の試薬らしき液体の入った小瓶を片手に現れる。
「みんな起きたみたいだし、昨日の事を話しましょう。ちょっと片付けてくるから待っていてね」
全員が目覚めて話の出来る状態になったことを確認したラプラタは、そう言いながら再び奥の部屋へと戻って行く。
それから大した間も置かずして手ぶらの状態で執務室に戻ると、一つだけ大きく息を吐いて椅子に座って手を組み、話を始める。
「さて、昨日の任務なんだけれども――」
「なあラプラタ様」
「何かしら?」
「通り魔の事、知っていたんだろ? それなのに敢えて教えずに任地へ赴かせた意味はなんだ?」
和気藹々とした雰囲気と笑顔で始まった温かい四人の会話は、ホタルの質問によって一気に凍っていく。
「ユキは襲われかけて、私は刺されたんだぞ! いい加減教えろよ!」
任務が始まる前、ラプラタ様は確かに何かを知っている様子だった。
もしもその何かを知った状態で任務をしていたら、ホタルお姉さまは無事だったかもしれない。
そうユキも思ったため、強い口調で言い放つホタルを心配しながら見る事しか出来ずにいた。
「ねえルリちゃん、この部屋の外には誰も居なかった?」
「はい。見張りの方は休憩か交代でしょうか。今は誰もおりません」
「そう……」
怒るホタルに触発されたのか。
今までほのぼのとしていた笑顔のラプラタの顔つきも真剣さを帯び始め、質問とはまるで関係無い事をルリフィーネへ問いかける。
「これから話す内容は決して誰にも言わない。そして、他の誰かに聞かれるような場所では絶対に話さない」
ユキは、ラプラタが何を気にしているのか、急にかしこまってこれから何を話すのかまるで解らなかった。
「守らなければ、あなた達は死ぬわ」
その言葉を聞いた瞬間、ユキの心臓がきゅっと縮む。
ラプラタ様がそこまで言うなんて、一体私達に何を伝えたいの?
固唾を呑んでユキはラプラタの話を聞く。
執務室内には、もう温かい雰囲気は少しも無い。
「風精の国の機関によって、最近”ある組織”が魔術兵器の開発をしているという情報を得たの」
魔術兵器とは、文字通り魔術の力によって動かす兵器群の俗称である。
昔の戦争では、大国はこぞって研究をして様々な形や能力を持った魔術兵器が開発され、そして実戦投入されてきた。
当初は魔術の道具をベースにしたアーティファクト型が主流であったが、やがて生体ベースのキメラ型も開発される。
しかしこれは非人道的との主張が強かったのか、当時の戦争時ですら実戦投入されたケースは少ない。
だが初期型であるアーティファクト型ですら、今までの人対人の戦争では考えられないくらいの戦果をあげており、現在世界を統治している大国が勝った大きな要因を作ったといっても過言ではない。
「通り魔は、まず間違いなくその魔術兵器だと思うわ」
「なあ、そんな物騒な代物が、夜とはいえなんで街中をうろうろしているんだ?」
「そこまでは知らないわ。私が言った情報を掴むだけでも多くの諜報兵が犠牲になったもの」
「あ、あの、その組織って……?」
それ故に、戦争を終わらせた四大大国間で魔術兵器の製造、保持、授受を固く禁じる取り決めをした。
過去の戦争を反面教師として、今もその取り決めは厳守されている。
ユキもその取り決めや、その取り決めまでに至った歴史を学んでおり、いかに魔術兵器が危険な存在であるかも知っていた。
じゃあ何故、その取り決めを破ってまで魔術兵器を開発するのだろう?
魔術兵器を開発できて、ラプラタをここまで警戒させる程の組織っていったい……?
「秘密結社トリニティ・アークよ」
ユキは満を持してラプラタが放った固有名詞に対して、疑問しか浮かばなかった。
まるで聞いた事の無い名前だったからだ。
「ルリ? ホタルお姉さま?」
しかし、どうやらルリフィーネとホタルは違う様子だった。
ユキが二人の方を見ると、両者ともに苦い表情をしたまま下に視線を落としていた。
「そこの二人は、私が今話している事がどういう意味が理解したみたいね」
「なあラプラタ様よ、任務の放棄は出来るのか? やばすぎるぞ……」
「私もホタルさんの意見に賛成です。ユキ様をこれ以上危険な目に合わせるわけにはいきません」
ユキがどんな組織なのか質問をする間も無く、ルリフィーネとホタルは真顔のまま任務を断ろうとする。
「秘密裏に研究している魔術兵器がどうして街中を徘徊しているか理由を知りたかったし、影の組織の隠している代物が公の場に出ているという事は、その魔術兵器が組織から離反したという可能性もありうるから、そのあたりを明らかにして欲しかったのだけれども、仕方ないわね」
雰囲気やラプラタの話から察するに、トリニティ・アークというのはかなり危ない組織なのだろうというのをユキは察した。
こんな危ない相手を敵にしたら、私なんて一ひねりなのは間違い。
だからこそ、ルリやホタルお姉さまも関わるのを拒否している。
解っている、二人が正しいと思う。
でも……。
「この任務はやめに――」
「私やります! 最後までやりきります!」
ユキの眼差しには竦み怖気づいた不安定さは少しも無く、強く真っ直ぐな決意の光が宿っている。
「ちょっ、ユキ! 解っているのか!?」
「解らないよ。でもこのままじゃ何も解決しない。そんなの駄目だよ」
たとえ相手が危険な組織であったとしても……。
このまま通り魔の女の子を放置しておけば怪我する人は増えていくだろうし、国の人達もずっと怯えて生活しなければいけない。
そんなの間違っている!
「お願い。やらせて欲しいの!」
私はもう姫じゃない。
それでも誰かを助けたい、救いたい……。
放っておけないよ。
「ふぅ。ユキは頑固だねえ……」
「ホタルお姉さま……」
「そこまで言うなら、やるしかないじゃない。なあルリさん?」
「私は主人の命令を遂行するまでです。ユキ様がそこまで強くやると申されるのならば、このルリフィーネ全力をもってユキ様をお守り致します」
「みんな……」
ユキの眼差しに心が動かされたのだろうか。
ホタルは大きくため息をつきつつ、またルリフィーネは真剣な面持ちのままユキへ大きく頭を下げてこの作戦の続行を認めた。
「良い返事ね。私はユキちゃんならそう答えてくれると思っていたわ」
もしかして、こうなる事を全て見通していたの?
ラプラタは思わせぶりな発言をすると、ユキに向かって優しい眼差しを向ける。
「じゃあここからは具体的な内容を話しましょうか。通り魔の女の子をどうするか」
次に、話はどうすれば通り魔事件を解決するかに移行していく。
「どうするかって言われてもなー、暗闇の中でもあんな速く動ける相手をどうこうできるのか?」
「彼女の動きは人の枠を超え、例えるならば獣のようにしなやかで無駄がありませんでした。サーラさんのような重装備の方ではついていけないのは当然かと思います。軽装で身軽な私ですら防戦一方でした」
「ルリちゃんがそこまで言うくらい、難儀な相手って事ね……。ところでユキちゃん、変身したら召喚術が使えるって言ってたわね?」
「はい」
「召喚出来る存在は自由に選べるかしら?」
「うーん……、いつも無我夢中だったので何とも……」
行き詰った状況の中、ラプラタは話をしつつも本棚から一冊の本を取り出し、ユキに手渡す。
「この本に出てくる生物が呼べるかしら? 呼べたら通り魔を何とか出来るかも」
「ふむふむ、読んでみます」
今まではたまたま都合よく、必要な能力を持つ召喚体を呼び出せていた。
それはユキも十分解っていた。
変身はいつでも出来る様になったけれども、召喚術も自分の意志で自由に選んで呼び出せるなら、大きな戦力となるのは間違いない。
今後の為にも初めての試みではあるが、ユキはラプラタの言うとおりにしようと内心決めていた。
「それじゃあ今日の夜、任務を再開でよいかしら?」
「はい」
「解りました」
「おー!」
今度こそは誰も傷つけず、任務を必ず遂行するんだ。
ユキはそう思いながら、ラプラタから借りた本をぎゅっと握った。




