43. 守られるもの、倒れるもの
「ホタルお姉さま!」
しかし、現実はそうはならなかった。
スノーフィリアの傍にいたホタルが咄嗟に通り魔の少女との間に入ったことで、本来スノーフィリアに刺さるはずのナイフがホタルの腹部を捉える。
「うっ……ぐう……。ユキが無事で……良かっ……た」
刺されたところはゆっくりとホタルの血液が滲みだし、たちまち修道服は赤く染まっていく。
ホタルは苦悶しながら、その場で倒れてしまった。
「ホタルお姉さま! ホタルお姉さま!」
誰かを傷つける事に満足したのだろうか。
通り魔はホタルが倒れたのを確認すると、血が滴れたのナイフを持ったままスノーフィリア達から離れていき、再び夜の闇の一部となってしまった。
「ホタルさんを応急手当します。離れてください」
通り魔の気配もないと察したルリフィーネは、ただ狼狽するスノーフィリアを横目にホタルの傷の具合を確かめ、ポーチの中から包帯と傷薬を出して慣れた手つきで応急処置を施した。
「これでよし……」
「ねえルリ! ホタルお姉さまは助かるの!? ねえ!」
「落ち着いてください。急所は外れています、直ちに専門の機関へ運べば問題ないでしょう。もっとも、この角度からの攻撃。敢えて外したというべきでしょうか……」
ルリフィーネは冷静にホタルが受けた負傷を見て思った事を口に出したが、スノーフィリアの気持ちは嵐の海原の如く乱れきっており、とても周りの状況が見えておらず、その言葉は聞えていなかった。
「どうした! 無事か!」
そんな最中、ルリフィーネがホタルの治療にひと段落がつく頃。
騒ぎに気づいた別の兵士が慌しく二人へと駆け寄る。
「通り魔はここから去りましたが、まだ遠くへは行っていないでしょう。私とユキ様は怪我人を王城内へ連れて行きますので、あなた方は道の消火と周囲の見回りをお願いします」
「承知した! おい、消火急げ!」
兵士が現れる寸前で幸い変身は解けていて元のユキに戻っていたため、ユキの正体がばれる事は無かった。
ルリフィーネは周囲への警戒を促しつつ、兵士たちに指示をだしてユキへの気を逸らそうとするが、無用と解り胸を撫で下ろす。
「ルリ! 早く連れて行こう!」
「はい。かしこまりました」
そして兵士達が次々と集まり、各自が話し合って消火する者と周囲の巡回をする者に別れていく。
ユキとルリフィーネは、そんな兵士たちのどさくさに紛れ、病棟のある兵舎ではなく王城内にあるラプラタの執務室へと向かった。
――ラプラタの執務室にて。
「私を頼って正解ね。すぐに治療に取り掛かるわ」
まだそこまで夜も更けていなかったのか、それともたまたまタイミングがよかっただけなのか。
ユキとルリフィーネ、負傷したホタルが執務室に入った時、ラプラタはまだ政務に励んでいた。
ぐったりとしているホタルを担いだルリフィーネと、泣きそうな顔になりながらラプラタの方を見つめるユキを確認した時に、ラプラタは彼女達から詳細を聞かずとも現在どういう状況かを理解し、ペンを置いて傷ついたホタルの治療に取り掛かる。
「あなた達も疲れたでしょう? 自分の部屋に戻りなさい……と言っても聞かなさそうだから、適当に座って見ていなさい。そう大した時間はかからないから」
ラプラタはそう言いながらも、部屋の奥から手際よく清潔なシーツを持ってきて長椅子にかけ、簡易ベッドを作る。
ルリフィーネはぐったりとしたホタルをその場に寝かせ、少し離れた。
ラプラタは小声でなにやら詠唱をする。
すると、ラプラタの手がぼんやりと淡く緑色に光りだし、その手をホタルへと翳したまま目を閉じた。
「ホタルお姉さま……、本当に大丈夫なのかな?」
「ラプラタ様は魔術の天才です。信じて待ちましょう」
血も出てたし、ホタルお姉さまは相変わらずぐったりとしたまま。
ホタルお姉さま、もしかして……。
「心配しないで、可愛い子の期待は裏切らないわ。大船に乗ったつもりでいなさい」
ユキが最もおきて欲しくない結果を想像し、泣きそうな顔をしていたのを見たラプラタは、翳した手はそのままにユキの方に笑顔を見せる。
今のユキ達がおかれた状況とまるで正反対の明るい表情のお陰で、ユキは泣かずにすんだ。
「ふう……、治療の魔術はこれで終わりよ。明日になれば目を覚ますわ」
「え、もう終わりですか?」
「ええ、後は魔術が勝手に傷を治してくれる。こんなに簡単かつ短時間で済んだのは適切な応急処置のお陰、流石はルリちゃんね」
「ありがとうございます」
「良かったー、本当に良かった……。ラプラタ様ありがとうございました!」
意外に速く、大した時間もかからずにホタルの治療は終わった。
ホタルの顔色が、気持ちよくなったような気がする。
「あの……。私、通り魔の姿を見たんです」
「どんな感じだった?」
「えっと、黒いセーラーカラーの服を着ていて、黒髪ツインテールの赤い目をした肌が凄く白い女の子でした」
「随分可愛らしい通り魔ね。女の子と言うと、ユキちゃんと同じくらいかしら?」
「私よりも目線が低かったから、多分もうちょっと年下かも……」
「ふむ。とりあえず治療はもう終わったし、二人とも今度こそ自室に戻って休みなさい。ホタルちゃんの目が醒めたら、話の続きをしましょう」
ラプラタはそう言いながらも椅子に深く座り大きく呼吸した後、再び政務に取り組む。
自室に戻るよう言われたユキとルリフィーネであったが、やはりホタルの事が心配なのか夜が更けてもずっとホタルの近くを離れなかった。
その事に対してラプラタは叱る事をせず、彼女らの健気な献身に感心していた。




