36. ここは風の都。ようこそ科学大国へ
船での長旅を終え、ユキ達は風精の国の大地へと足を降ろす。
大型の客船で快適だったとはいえ、久しぶりの揺れない地面がユキに妙な安心感を与える。
「んー。久しぶりの陸地だね」
「そうですねユキ様」
ユキは大きく背伸びをすると、首から下げている雪宝石のペンダントが静かに揺れる。
それは代々引き継がれてきた一族の宝であり、母親がユキに渡すはずだった物であり、ルリが決死の思いで取り返してくれた。
いろんな人の大切な思いが籠められており、身につけるとユキは何だか温かく誇らしい気持ちになれた。
「これからどうするんだい?」
「このまま風精の国の王都へ向かいます。そこで待ち合わせをしておりますので」
今後の行き先をホタルは、いつもの少し気だるそうな態度でルリフィーネに聞く。
どうやらこの国の都へ行くらしい。
道中は服装も派手じゃないし、顔を隠していたから私が姫である事はばれなかったけれど、国外とはいえ、王宮のある都は流石に正体がばれるかも……?
何かいい方法でもあるのかな。
「ふーん、今回は誰が出迎えてくれるの?」
「ここは人が多いので、道中話します」
ルリの態度を見ている感じだと、他の人に聞かれると何かいけないのかもしれない。
とても地位の高い人なのか、それとも……。
ユキはそう思いながらも二人の会話を聞いていた時、ホタルが別の話題をふる。
「そういえばさ、ルリさんはメイド服のままだけどいいのん?」
私はココが買ってくれた思い入れのある服っていうのもあるけれど、町娘にメイドさんにシスターさんって良く考えたらすごい組み合わせだね。
「はい。ユキ様の本名を言わなければ、我々は無名貴族とその従者としか見えないでしょう」
「なるほどー、じゃあルリさんが一人目の従者で、私が二人目の従者だね?」
「そういう事になります」
ルリフィーネの強引なこじつけに対してホタルは好意的な反応を示している。
何だか妙に気が合っている感じがしなくもない。
「ルリは立場上私専属の使用人だけど、私はルリの事とても大切な人だと思っているし、ホタルお姉さまだってそうだよ。従者なんて思った事はないなあ。……というか二人とも、普通の格好してもいいんだよ?」
ユキは素直な気持ちをあらわしつつも、二人も自分と同じ様な”あまり目立たない”服装を勧める。
「私はシスターやめちゃったけど、まぁこの格好気に入ってるし?」
「この服装は私の主に対する最大限の礼儀であり、私が私である理由でもあります。これ以外にはありえません」
「う、うん。そうだね……」
しかしユキの誘いはあっけなく断られてしまう。
それどころかルリは妙に現状の格好について力説し、ホタルはいつもの砕けた感じで話したせいか、ユキは少し戸惑った。
そんな雰囲気の中。
一行は和気藹々と今まであった出来事や世間話をしつつ、目的地である風精の国の都へと向かう。
――ユキ、ルリフィーネ、ホタルが都へ向かう道中にて。
「ユキ様が今まで居た水神の国は芸術面に秀でておりますが、ここ風精の国は科学が最も進んでいると言われております」
「ふーん」
「ほおほお」
ルリフィーネは、ユキやホタルが退屈しないように気を使ったのか、ユキの勉強のためなのか、今一行がいる風精の国について話していた。
ユキは大好きなルリフィーネの話に目を輝かせながら聞き入り、ホタルは両手を頭の後ろに当ててあくびをしながら退屈そうに聞いている。
「文化のアクエリア、科学のウィンディア、宗教のノーミデア、軍事のサラマンドラ。これら四大大国が今の世界を分割統治しており、互いが不可侵条約を結びつつ協力し手を取り合うことで、現在の平和があるのです」
「ほえー」
「今回私達を出迎えてくれるお方は、この風精の国の科学の躍進に大きく貢献した方なのです」
「そんな凄い人なのに、大丈夫なの?」
科学の躍進に貢献……、科学者か魔術師あたりかな。
どっちにしても、偉い人なのは間違いないだろうけれども。
何故私達を呼んだのかな?
「ユキ様の懸念は杞憂に終わるでしょう。あの方は思慮深く、また私たちにとっての頼もしい理解者の一人ですから」
「それでルリさん、その人って誰なの。ここなら言ってもいいんじゃない?」
ユキも気になっていた、これから自分を匿う人の正体についてホタルが改めて問いかけると、ルリフィーネは歩いていた足を止め、辺りに誰も居ないのを確認した後に……。
「風精の国の宮廷魔術師長ラプラタ様でございます」
遂に、その人物の名前と所在をうち明した。
「きゅ、宮廷魔術師長!? それってめっちゃ偉い人じゃん!」
「私もパーティで、何度か遠くから見たことがあるかも」
宮廷魔術師長といえば、その国の一番の魔術師といってもおかしくない。
ましてや科学の国と言われている中で、それだけ高い地位の人ってことは、今後語り継がれるレベルだ。
「しっかしさぁ。少なくとも正教の人間に追われているユキを匿うなんて、その宮廷魔術師長も物好きだねぇ」
でも、どうしてそんな偉い人が私の事を構うのだろう?
ホタルお姉さまの言うとおり、物好きとしか思えないよ。
「実は、今回ラプラタ様からユキ様を連れて来て欲しいとの要請があったのです。風精の国は正教の総本山がある水神の国と比べて宗教的な影響が少ないですし、他に行く場所がありませんでしたので、誘いを受諾したのです」
「ふーん」
まさか、宮廷魔術師長の方から来て欲しいって言ってくるなんて。
ルリフィーネの言葉はユキにとって意外だった。
「ルリ、ラプラタ様はどんな人なの?」
パーティ会場で見たとはいえ、そこまでしっかりと見ていないせいか、いまいち記憶に残っていないユキはその人がどんな人なのかを聞いてみる。
「一言で言えば、人間離れした魔術の才能と器と美貌を持った女性です。非の打ち所がありませんね」
ルリは私が物心ついた時からずっとそばに居てくれた。
だから何だって知っているし、そんなルリがとても優秀な人というのも解っている。
そんな私の自慢のメイドが、ここまで絶賛する人だったなんて。
「前任者の風と時の賢者と呼ばれている方からも認められ、他所では悪魔とか魔女と呼ばれております」
そこまで言われる程の凄い人が、姫としての地位があるならまだしも、一平民どころか命を狙われる身になった私に会いたがるのはどうして?
やっぱり少し変わっているとしか思えないけれども。
それとも、別の何かがあるのかな?
「実は本物の悪魔だったりして?」
「ホタルお姉さま、失礼だよ!」
本人を目の前にしたら、ホタルの身すら危うくなるような失言を聞いたユキは、ラプラタについての考察を中断してホタルを制止しようとする。
「だいじょーぶ。本人の前じゃないし、それにそんなおとぎ話上の生き物、いるわけないない」
確かにそういわれればそうかもしれない。
ホタルお姉さまも私と同様の考えを抱いているのかな。
そうユキは思い、手をぱたぱた振っているホタルへ苦笑いを返した。
話がひと段落した一行は、再び歩みを進めていく。
道中行商人や他の町へ向かう人にすれ違ったが、その時もユキがスノーフィリア姫である事はばれずに済んだ。
むしろ、あまりの気づかれなさに、ユキは不安を感じたくらいだった。
そんな気持ちを抱いたまま、道中二度の休憩を挟みつつ、半日歩き続けて……。
「到着しましたね」
ついにユキ達は、目指していた風精の国の都に到着する。
「こちらです」
「あれー? 正面から入らないの?」
「さすがに四大大国の首都に真正面から入るのは危険でしょう。今まで素性がばれなかった事自体が奇跡みたいなものですからね。こちらから行きましょう」
「それもそうだね!」
私とホタルお姉さまはずっとルリについてきた。
道中無用な騒ぎを起こさずに、風精の国へ行く方法がはっきりとしていなかったというのもあったし、よくよく考えてみればルリがずっと先頭をきって私達を上手くここまで誘導してくれたのだという事を理解し、ユキはルリに対する感謝で気持ちがいっぱいになった。
そして二人は疑いも無くルリフィーネへと付いていく。
風精の国の外周を歩き、人の少ない道を進んでいき……。
「ここです。この小屋の中に待っているはずです」
たどり着いたのは、国の首都がある場所とは思えないくらいに人の居ない場所だった。
周りは木々が鬱蒼としていて、外の様子がまるで解らない。
建物も木の隙間から見える城壁以外は、目の前のみすぼらしい小屋だけしかない。
本当にこんな場所で待っているのかな?
やっぱり死んでいるはずの姫と会うのは、これくらいこっそりとしなければいけないのかな?
そう思いながら、ユキはルリが小屋の中に入っていくのを見ると、恐る恐る後を追う。
「誰もいないよ?」
「おかしいですね。場所はあっているはずなのですが」
小屋の中は薄暗く、窓から木漏れ日が差し込むだけだ。
床は埃と砂ですっかり汚れてしまっていて、錆びた斧や切って放置されている薪が部屋の隅に転がっている以外なにもない。
どうやらこの中で待ち合わせの予定だったけれど、まだ来て居ないみたい。
早く到着しすぎたかな?
「んー、ルリさん。これってさ」
「はい」
そうユキが思っていた時、ホタルがルリフィーネのメイド服を引っ張りつつ話しかける。
「実は私達をおびき寄せて捕まえる罠……だったり?」
そのホタルの一言で、小屋の中に居た三人の表情が一気に強張ってしまう。
「だってさ、そのラプラタって人と直接やりとりしたわけじゃないんだよね?」
「ええ……」
まさかルリは騙されていたの?
正直そうは思えないし、思いたくない。
そんな三人の間に不穏な空気が漂い始めた時。
「きゃあっ!」
「ユキ様!」
「うわあっ!」
地面が埃と砂を吹き飛ばすと、青白く強く輝きだす。
三人はその眩い光に包まれていった……。




