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ゆきひめ ~六花天成譚詩曲~  作者: いのれん
Second Part. 使用人から修道女へ
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34. 雪と蛍は修道院を抜けて

 ユキとルリフィーネ、そして修道院を抜けて二人について行く事を宣言したホタルは、少ない荷物をまとめている。


「やっぱユキはそっちの方が似合うね」

「ありがとう」

 ユキは、ココに買ってもらった大きなパフスリーブの白いブラウスの上に黒色の編み上げのコルセット型ベストと深い青色のロングスカートがセットになった服に着替えなおし、今まで着ていたホタル特製の修道服を綺麗に畳んでカバンの中へとしまう。


「別に私が仕立てた修道服は置いていってもいいよ? 長旅になるでしょ? 邪魔になるだけだし」

「ううん、私とホタルお姉さまの大切な思い出だもの。一緒に持っていく」

「うふふ、そっかそっか! 可愛いなあもう!」

 ユキの何気ない仕草に心動かされたホタルは、出かける支度をしているユキに勢いよく抱きついて何度も頬ずりした。



 そして支度も終わり、三人は修道院を出て行く。

 新たに修道院の主となったセルマを中心に、他の修道女たちもユキ達を見送ろうと門前へ集まっていた。


「短い間でしたがお世話になりました」

 ユキはここで良くして貰った人達に、等しく頭を下げて感謝の意を示す。

 涙ぐんでいたのは、別れに対して寂しさを隠せずにいたからなのだろう。


「元気でね」

「近くに来たら寄ってね」

「私達はユキちゃんの味方だからね」

「みんな……、ありがとう」

 修道女達はそんな純真なユキに対し、ここへ来た時以上に好意的な態度で別れの言葉を伝えた。

 この人達はたとえ自分が姫であっても関係無く、分け隔てなく接してくれる。

 そうユキは確信し、ついには堪えきれず溜めていた涙が零れ落ちてしまう。


「ルリ、ホタルお姉さま、待たせてごめんね。行こう」

「かしこまりました」

「ほいさー!」

 泣いた事をルリフィーネとホタルへ隠すかのように、何度か目をこすった後に出発を告げると、手を振って見送る修道女たちに軽い会釈で答え、斜めになっている道を下っていく。



「ランピリダエ!」

 修道院が遠くに見える程度に歩いた時、ホタルを呼ぶ声が後ろから聞える。

 ホタルは声のするほうを振り向くと……。


「んあ? どうしたのセルマさん」

 そこにはセルマが、息を切らせながら立っていた。

 何か忘れ物をしたのかなとユキは思ったが、手には何も持っていない。


「いつでも帰ってきていいのよ。ここはあなたの居場所でもあるのだからね」

 ホタルはいつもの砕けた様子ではなく、目を見開き明らかに動揺が隠せずにいる。

 それだけ意外な人からの思いがけない言葉だったのだろう。


「……ありがと。じゃあ行ってくるよ」

 セルマは今までずっと口うるさく、傍から見ても自らの価値観を押し付けて他人の話を聞かないところはあった。

 でもそれは、大事にしている人を思っての事だったのだと確認しつつ、ユキはホタルの方を見る。


「ホタルお姉さま、泣いているの?」

「ちょっとだけ、ぐっときちゃったかな」

 そこには、少し涙ぐんだ笑顔のお姉さまが居た。

 ホタルはセルマに深く頭を一つだけ下げて、三人は”ホタルが居ていい場所”から離れていった。


「ルリ、次はどこへ向かうの?」

「ここより遥か西にある風精の国の都へ向かいます」

「ほー、国外へ行けば追っ手もそう簡単には来られないってわけだね?」

「はい」

 元婚約者の別邸、辺境の修道院、そして今度は国外へ。

 ホタルお姉さまは審問官との経緯を知っていて、私が何者かに命を狙われているので、遠方の国まで行く事を理解したみたいだ。


「風精の国へは何度か行った事があるけれども、……私達の味方になってくれるような人達がいるのかな」

「それならば心配は無用です。会えば解ります」

 姫じゃなくなったから、他国の王族や貴族を頼る事は出来ないし、国外に特別親しい人はいない。

 それでもルリは、まだ何かあてがあるのかな?


 そう思いながら、ユキ達は新たな場所へと進んでいく。

 一行は修道院から少し離れたところで馬車を手配し、なるべく人気の少ない道を選びながら港を目指す。

 どうしても人に出会う場所を通る場合は、ユキの髪型を変えたり、道中で買ったフードを被って顔を隠したりした。

 そのお陰かユキの正体がばれる事もなく、また審問官のようなユキの命を狙う存在が現れる事もなく、平穏無事に旅を進められた。


 そして港に着いたユキ、ルリフィーネ、ホタルは風精の国行きの船へと乗り込んだ。

 ルリフィーネの手際がよかったのか、それとも運がよかっただけなのか、船内の個室を借りる事に成功する。

 これなら、他の人の目にはつきにくい。

 気をつけていたとはいえ、ここまで旅をしてきて一度もばれなかったから大丈夫とは思うけれども……。


 ユキ一行が難なく乗船の手続きを終えて船の中へと入り、ようやくおちついた時の事だった。


「なあユキ」

 今まで景色をぼうっと見ていたホタルが、今まで起こったことをルリフィーネへ話しているユキに声をかける。


「なあに?」

「ずっと気になってたんだけども、私と戦ったときにお姫様の格好になったじゃん? あれって何なの?」

 そして、ホタルは真顔でユキの変身について問いかける。

 当然その現場に居合わせていなかったルリフィーネは、ユキがそんな力を持っている事を知らなかったので、興味津々にユキへ話しかける。


「ほお、姫様は変身する魔術を身につけたのですか?」

「うーん、魔術じゃないような感じはするんだけども。自分は姫なんだーって強く思ったり、どうしてもこの人を救いたい!って願いながら解放の言葉?ってのを言うと、少しの間だけああいう姿になれるの」

 どうにか二人が納得するように答えたいユキであったが、ユキ自身が未だにあの力についての解明が出来ておらず、窮地の時以外は相変わらず変身出来ずにいたため、とりあえず解っている範囲の事を簡潔に伝えた。


「解放の言葉……? ああ、リリースなんとかかんとかって奴かー。あれよく舌噛まずにいえるな! 流石は私の妹」

「う、うん」

「あー、そういえば、格好以外も髪も伸びてた気がする。不思議だねぇ」

 見た目を一時的に変える魔術なんて聞いた事が無い。

 私はそんな魔術を習っていない。

 ましてやホタルお姉さまの言うとおり、髪型まで変えてしまう事が出来るなんて……。


「あと、何かすんごい奴も呼び寄せていたよね? あれって普段から出来るの?」

「出来ないよー。変身している時だけど、そういう時って無我夢中だし、自分でも何が呼び出されるかは解らないの……」

 そう、召喚術だってそうだ。

 そもそも何かを呼び出す術っていうのは魔術の中ではかなり高等で、出来る人間は限られているって聞いた事がある。

 勿論普段の私じゃ出来ない。


「まだ上手く使いこなせていないって感じだねぇ」

「うん」

 それを一時的とはいえやってしまうなんて。

 しかも呼び出した召喚体は、寒気がするくらいの剣の使い手だったり、恐ろしい力を操る術者だったり……。

 そんな事が出来てしまう私って、何者なの……?


「姫様の姿に戻れる術があれば、着替えが不要で便利ですね。是非自由に使えるようにしましょう」

「う、うん。そうだね……」

 今までを振り返り、自分自身の不可思議な力に対して恐れを抱き始めたとき。

 それを忘れさせるかのように、ルリフィーネは両手をぱんっと鳴らし、笑顔でユキへそう言う。

 言っている事はとても馬鹿馬鹿しかったけれども、塞ぎこんでしまいそうだった自分を助けてくれたような気がして、ユキは少しだけ笑顔を見せた。


「私もホタルお姉さまに聞きたい事があるけども、いいかな?」

「どうぞ! スリーサイズでも下着の色でも何でも答えるよ~」

「ホタルお姉さまってアッティラさんから離れた後、組織っていう所で酷い目にあってたんだよね?」

「うん。本当酷いとこだった……」

「じゃあ、どうしてあんな力が使えるの?」

 自分への質問がひと段落つくと、ユキも今まで気になっていた事をホタルへ問いかけてみる。

 私と違い、自在に変身出来るような雰囲気だった。

 ひょっとしたらアレフィを変えた人物や、審問官をあんな化け物にした黒幕の正体が解るかもしれない。

 そう淡い期待を寄せてホタルの顔をずっと見つめるが……。


「組織って一体何をしているところで――」

「ユキ、それ以上はやめたほうがいいよ」

 今までどこか抜けていた表情のホタルが急に強張る。

 そんな顔を見たユキは、思わず会話を止めてしまう程にただ漠然とした恐怖を感じてしまう。


「実は、審問官やホタルお姉さまの他にももう一人、ああいう力を使えた人がいて――」

「ホタルさんの言うとおりです。その話は今はやめておいた方が良いでしょう」

 しかし、それでもユキの真実を知りたいという思いは止まらず、無理矢理にでも話を進めようと試みたが、今度はルリフィーネに制止されてしまう。


 何故ルリも止めるの?

 どうしてホタルお姉さまはそんな怖い顔をするの?


「でも! 私だって散々な目にあってきたから、いろいろ知りたくて……、ひょっとしたらお父様やお母様の命が奪われてしまった事にも繋がっているのじゃないのかと――」

 理由は解らないけど、ただ会話を止められてしまう。

 そんな状況が納得いかなかったユキは、声を張り上げて二人に自分の思いを理解して貰おうと必死になって訴えかけようとした。


「ユキ様! それ以上はおやめください」

「……はい」

 しかし、それすらもルリフィーネによって止められてしまう。

 いつもは寛大で寛容なルリが、ここまで私を叱りつけるなんて……。

 こんなの、宮殿を抜け出して正教本部にこっそり忍び込んだ時以来だ。


「詳細は後々必ず話します。それまでお待ちくださいませ」

「解ったよルリ」

 これ以上は聞いても無駄だと理解したユキは、久しぶりに叱られたショックでほんの少しだけ涙目になりながら、泣いている事がばれないようにわざと窓から見える水平線を見つめた。


「ああ、そういえば姫様に渡すものがありました」

 話を切り替えようとしたのか、それとも今まで忘れていただけなのだろうか?

 ルリフィーネは自分が持っていたカバンの中から、一つのペンダントを取り出してユキへ手渡す。


「これは……、雪宝石?」

 ユキの小さな手の中で、ペンダントについた青白の宝石が優しくきらめく。 


「はい」

「どうしてこれを?」

 これだけ純度の高い代物は、そう目に出来るものではない。

 どうして持っているのか気になったユキは、透き通った眼差しでルリフィーネへ問いかける。


「姫様が宮殿を抜けた後に取り返しました。本来なら、婚約の儀に王妃殿下が姫様へ渡す予定だったのですが……」

 次の王位継承者が成人した時や婚約した時に、この国では王族のみしか知らない宝を引き継ぐならわしがあるというのを、ユキは知っていた。

 しかしそれがどんな物かは、この時まで解らなかった。


 ユキは、話で聞いていた雪宝石のペンダントがその宝である事を知り、それと同時にペンダントを渡そうとしたお母様やお父様の思いを理解し、そして、もう絶対に帰ってこない二人のことを思い出してしまう。


「ううっ……、お母様、お父様……。ああああっ……」

 ユキはその場で体を丸くし、昼間の太陽の光を照り返した雪宝石をぎゅっと強く握り締めながら、うつむき泣き崩れる。

 ルリフィーネはそんなユキに寄り添って、頭を何度も撫で続けた。

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