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ゆきひめ ~六花天成譚詩曲~  作者: いのれん
Second Part. 使用人から修道女へ
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32. 神父

 泣き崩れ、視界は暗くなり意識はゆっくりと現実へ引き戻される。


 ユキが次に気がつくと、そこには修道服を着た大人のホタルが居た。

 辺りの風景は夜の為に暗く、規則的に発せられる波の音だけがこの場所に響く。


「ホタルお姉さま! ううっ……」

「どうしたんだい? ユキ……」

 ユキはホタルの顔を見つめると、思わずホタルへと抱きついて泣きじゃくった。


「よしよし。急に怖くなったのかねぇ」

 異形の存在となってしまった自身へ立ち向かう勇敢な少女が唐突に泣き出し、抱きついたのでほんの少しだけ戸惑ったが、すかさず頭を優しく撫でた。


「実は……、お姉さまの過去を見てしまったの」

 ユキの一言によってホタルは、そんな事が本当に可能なのかと思わせる表情を見せる。


「そう……」

 しかし、疲労しているせいかそれ以上ユキへ聞く事はしなかった。


「私……、どうすればいいの……?」

「解らないよ、もう私には。何とか生きてはいるけれども全身痛くてしんどいし、誰か殺そうなんて気ももう無いし」

 ホタルは生きているが、傍から見ても満身創痍そのものだ。

 事実意識もあり、滑舌もはっきりとしているが二の腕から先はほぼ動かしていない。

 しかも、神父に対する憎悪や殺意もまるで消えてしまっている。

 ユキが呼び出した存在によって、見た目どおり洗い流されてしまったのだろうか?


 ホタルは泣き続けるユキの頭を、幼子をあやす様にただずっと撫で続けていた時だった。


「それなら、死んでしまえばいいと思いますよ」

 二人の会話に割り込むように、近くから声が聞えてくる。

 ユキとホタルは声のする方向を見ると……。


「神父!」

 そこには、ホタルが命がけでも殺害しようとしたシュプリー神父が、いつもの穏やかな笑顔で居た。


「嘘だろ……、食事にはいつもより大目の睡眠薬を入れておいたはず」

「ランピリダエが作った食事をした後は毎回解毒剤を飲んでいる事、言ってませんでしたね」

「お前……!」

 シュプリー神父の発言は、ホタルのずっと内に秘めていた思いが全部ばれていたという真実を、ユキへ解らせるには十分だった。

 ホタルも気づいていなかったのか、歯を食いしばり悔しそうな表情を見せている。


「最初は解りませんでしたよ。”例の場所”で死んでしまったと思っていましたから。でもね、ふと気になって調べたのです。まさかあの時の少女だったなんて、運命を感じてしまいますね」

 シュプリー神父のいつもの穏やかさは消え、まるで全てに勝ち誇ったかのような傲慢で驕りたかぶった態度が鼻につく。

 ユキの心中には、今までに感じた事の無い憤りの炎が燃え始める。


「くそっ、体に力が……」

 ホタルは、しがみつくユキをどうにか払いのけて何度も何度も立ちあがろうするが、僅かにしか動かせない。

 シュプリー神父はゆっくりと悠然と近づいてくる。


「正教本部へ手紙を送り、私を失脚させようとしたのも知っていた。お前が例の力をふるって私を殺そうとした事だって当然解っていた。ククク……、残念だったな! 所詮は小汚い野良猫が、僕の命を奪おうなんておこがましいにも程がある!」

「ホタルお姉さま!」

 神父は、ホタルの修道服の胸ぐらを掴んで無理矢理立ち上がらせようとする。

 しかし、全身に力が満足に入らないホタルは苦しそうに弱々しく何度ももがくだけしか出来ない。


「どうしたスノーフィリア姫? さっきのように変身したらどうだ! あぁ!?」

 ユキもまた、疲労の境地に達していた。

 ホタル程酷くは無いにしろ、大人に立ち向かうだけの力も無く、実際に試してはいないがもう一度変身をする事は出来ないだろうと思っていたため、その場で憎たらしい神父を見上げる事しか出来ずにいた。


「ちょっと音楽家として売れたら、嫉妬した別の音楽家が貴族とグルになって僕を失脚させようとしてきた。だからほとぼりが醒めるまで神父として居ただけだったが……。まさかこんな事になるとはね!」

 シュプリー神父がそういい終えると、今まで掴んでいた手を離す。

 ホタルはその場で座り込み、喉に手を当てながら何度も咳き込んだ。


「げほっ、げほっ……。お前……、それでも人間かよ……」

「ああそうさ! 僕は人間さ! 人間だから誰かを踏み躙るしなじる事も厭わない、他の誰かより優れている事が証明された時はとてつもない快楽を感じてしまうのさ!」

 弱った少女二人へ、シュプリー神父は高らかに自らの心の闇を打ち明けながら、腰に下げていた短剣を鞘から抜く。


「お前の父親代わりのごろつきを痛めつけた時……、あんな悔しそうな顔をしてくれてさ、実に傑作だったよ。そうだ、お前の目の前で殺した時の喜劇も最高だった。あの日の晩、僕は気持ちがずっと昂っていて寝れなかったくらいだ!」

「心底クズだよ……、あんた……」

「ああ何とでも言えばいい! 所詮雑魚の戯言。お前には何も出来ない!」

 この人は過去にホタルお姉さまの大切な人達の命を、自己満足だけで奪っていった。

 それだけじゃない。

 今も私とホタルお姉さまとわかりあえて、これからという時にこんな仕打ちなんて!

 悔しい……、こんな事があっていいの!?


「あの世で仲良く親子ごっこでもしていろ! 死ねえ!」

「お姉さま!!」

 ユキの胸を焼く思いも無視し、シュプリー神父のナイフはホタルの胸へと一直線に突き刺さろうとする。

 ユキは必死に叫び、ホタルは目を強く閉じた。

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