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ゆきひめ ~六花天成譚詩曲~  作者: いのれん
Second Part. 使用人から修道女へ
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28. 黄金色の蛍

「お姉さま!」

 私は力一杯叫んだ。

 たった一度だけなのに、喉が痛くなるくらい叫んだ。


 しかしお姉さまは、刺青の入った腕を握る事をやめなかった。

 審問官やアレフィの時と同じように、お姉さまの体から黒いもやが噴き出しつつ、粘土状の同じ色の物体がうねうねとお姉さまの全身を飲み込んでいく。

 ホタルお姉さまは黒い物体に飲み込まれる最後まで、私の方を無言で見続けていた。


「お姉さま……」

 大した間を置かずして、"ユキが大好きなホタルお姉さま"は人間では無くなった。

 今のホタルはしなやかさとしたたかさを強調させた、まるで豹のような姿になっていた。

 審問官の時より体は大きくない。

 しかし、大好きな人の変わり果てた姿を目の当たりにしたせいか、ユキの表情と心の中は悲しみで満ちてしまう。


復讐者(ゴールデン・)の黄金(リヴェンジャー)。これが本当の私だよ」

 赤黒く怪しく輝く瞳をぎらつかせて自らの正体を明かした声は、どこか儚くて切なくてそして遠い。

 とても元人間とは思えない姿ではあったが、ユキは審問官の時とは違い恐怖を抱いてはいなかった。


「ねえどうして!」

 何故そんな姿にならなければいけなかったのか。

 人間である事を捨ててまで、何をしたかったのか……。

 ユキは必死に問いかけた。

 少し考えれば自ずと解るはずの事を敢えて聞いたのは、ユキの内心のどこかで認めたくないという気持ちがあったからなのかもしれない。


「簡単だよ。私にとってどうしようもないクズを、この手で始末しにいく」

 そしてそれを察したであろうホタルは、自分がここまでして成さなければならない事を明瞭に伝える。


「どうして止めるんだい?」

「駄目だよ! そんなの……、だめだよ……」

 ここで見送ったら、神父さまは……。

 ユキは両手を広げ、涙をぽろぽろ流しながらホタルを止めようとした。


「ユキがどんなに泣いても、私は止まらない。言っただろう? お姉さまはもうお仕舞いだって」

「嫌! 行かないで!」

 あんなにいい人の神父が死ぬのも耐えられないけれど、それ以上にホタルお姉さまが他の誰かを傷つけるなんてそんなの駄目!


「邪魔だよ。この体は手加減出来ないから、ユキを傷つけてしまう」

 そこまでして神父さまの命を奪うって事は、何か理由があるのかもしれない。

 それでも……、それでも!

 仮に神父さまが居なくなったら、たとえホタルお姉さまは満足しても、どこかで悲しむ人がきっといるはず。


「どうしてもどかないのなら、仕方ない」

 しかし、ユキの気持ちは届きそうにはなかった。

 ホタルは爪を立て、前を塞ぐユキに対して威嚇し始める。


「たとえユキであろうとも、私の復讐を止める事は出来ない!」

 このままどかなければ、ユキは間違いなくホタルの手で傷つけられてしまう。

 変わってしまったホタルなら、”修道女のユキ”を呆気なく倒す事が出来るのは、疑いようの無い事実だった。


「……修道女のユキじゃ、確かに今のあなたは止まらない」

「そうさ! 今の私は誰にも止められない!」

「でも、スノーフィリア・アクアクラウンならば、きっとあなたを止められる。いいえ、止めてみせる!」

 ユキもその事を解っていた。

 だからこそ、ユキは力を欲した。

 大好きな人を止められるだけの力を貪欲なまでに望んだ。


 あの時、あの夜に使った力が使えるならば、ホタルお姉さまだってきっと!


解放する(リリースオブ・)白雪姫のホワイトスノープリンセス・真髄エッセンス!」

 そして”ただホタルを救う”それだけを願い、解放の言葉を高らかに宣言する。


 するとスノーフィリアの強い願いに呼応するかのように、自らの体からは膨大な青白い光が溢れ出て、今まで着ていた修道服が細い光の糸へと分解され、スノーフィリアは生まれたままの姿となる。

 アレフィの時と同様に青白い光は、スノーフィリアの裸体を足先から体へと順次纏っていき、真っ白な長靴下、水色のプリンセスラインのドレスへと変化していく。

 頭を覆っていた光は、使用人の時から多少時間が経ったとはいえ、普段はフードで隠れていたせいか最低限の手入れしかしていなかった髪型とは違い、まるで夜空を彩るオーロラのように青と白の縦にグラデーションがかかっている艶やかな背中まである長い髪になる。


「雪花繚乱! スノーフィリア聖装解放!」

 見た目の変化が終わると青白い光は粒状となって散らばり、満天の星空の如く夜の闇を明るく照らした。


「ユキ……、あんた一体……」

 ホタルもまさかユキが変身してスノーフィリア姫になるなんて想像もつかなかったらしく、そのまま呆然と立ち尽くしてしまう。


「あなたを深くて暗い感情から解放する為に、一時的に姫に戻ったの」

「ふむ……、私の理解の範疇を超えていて、何を言っているのか解らないよ」

 修道女の時よりも、さらに強い煌きを瞳に宿しながらスノーフィリアは今の自らの状態について言葉で表現したが、変わり果てたホタルには伝わらなかったのだろう、大きくため息をついた。


「なあユキ、前に聞いたよな? 壁があったらどうするかって」

 俯き視線を落とし、ホタルは自分が過去スノーフィリアへした質問について語る。

 スノーフィリアは、変わり果てたお姉さまの話す言葉の一字一句を凛とした表情のまま真っ直ぐ見据えて聞き続けた。


「私は、打ち破って見せるよ。たとえそれがどんな壁であったとしてもね!」

 そう言うとホタルは、視線をスノーフィリアの方へ戻した直後に、爪を立てて腰を落として構える。


「……お姉さま、あなたを救ってみせるから」

 スノーフィリアはドレスの姫袖がゆっくりと揺れる程度の速さで腕を伸ばし、指先をホタルの方へと向ける。

 たとえ今は解りあえなくとも、私はこの力を使ってお姉さまに私の思いを伝えてみせる!


「スノーフィリア・アクアクラウンが命ずる。永久の闇の中で蠢く魔の眷属よ、我の下に姿を現し、血の祝福にて過ちを犯さんとする者を救え! 白雪水晶(ホワイトクリスタル・)の鮮血王(ブラッドルーラー)!」

 スノーフィリアはホタルをしっかりと見据え、高らかにそして堂々と詠唱を終える。

 すると、スノーフィリアを中心に光り輝く魔法陣が展開されていく。

 魔法陣はどんどん広がっていき、ある一定の大きさになると、ホタルの方に向けていた指から一粒のユキの結晶のような光が零れ落ち、そこから水晶を削って作られたような貴族風の初老の男が現れた。


「私を呼んだかね? マドモアゼル」

 前、アレフィの時に呼び出した剣士ではない……?

 自らがこことは違う別の世界から、不思議な力を持った存在を呼び出せる事は解っていた。

 けれども今呼び出したのは、どう見ても過去に呼び出した剣士では無い。

 まだ力を使う事に慣れていないせいなのか、はたまた今の自分には思いもよらない理由があるのか?


「……ホタルお姉さまを救って欲しいの」

 ともかく、アレフィの時も無我夢中で呼び出して何とか切り抜けられた。

 あの時だって何が出てくるかなんて解らなかったし、そもそも自分に召喚能力があるなんて予想もしなかった。

 だから今回だってこの苦境を乗り越えられる。

 理由はどうであれ、今はただ前を向く。

 お姉さまと一緒にいる未来を、しっかりと見据えるんだ。


「ああ、解ったよ。だがしばし時間がかかる。良いかね?」

「出来るの?」

「手立てはある。私を呼び出したのは正解だよマドモアゼル」

 スノーフィリアは自身の能力に多少戸惑いながらも、ホタルを救いたいと呼び出した初老の貴族へと願いを告げる。

 初老の貴族は、多少気取りながらもかぶっていた帽子を渡して、ホタルの方を向こうとしたその時。


「危ない!」

「やれやれ、いきなりなんて無作法とは思わないかね?」

 ホタルは不意を突く形で、初老の貴族の背中に襲い掛かる。

 完全に背後をとられた、このままじゃ私が呼び出したこの初老の貴族が倒されてしまう!


 しかし、ホタルの鋭い爪がスノーフィリアはおろか、初老の貴族にすら届かなかった。

 後ろを向いたまま、まるで後頭部に目でもあるんじゃないかと思うくらいに正確に、ホタルの手首をしっかり握り締め、彼女の動きを封じつつも攻撃を防ぐ事に成功したのだ。

 


「離せ……!」

「ふむふむ、珍しい見た目だが脈拍は人間と同じか、……やや速いか?」

 初老の貴族はホタルの方を向きつつ手首を握りながら、どうやら彼女の脈を調べているようだ。

 呼び出しておいてなんだけども、随分余裕があるような……。

 それとも私が知らない何かがあるのかな?


「どれ、味見してみよう。A型RH+か……、おめでとう。私の好みだよ」

「知るか!」

 初老の貴族は、捕まえたホタルの手首に空いた手で傷をつけ、そこから僅かに滴れる血を指でふき取り口へとほおばり吟味しだした。

 突然、滑稽、不気味。

 ホタルはそう感じたのか、もう片方の手で初老の貴族の腕を切り落としてすかさず間合いを開ける。


「意外と鋭い爪だ。皮膚が硬質化しただけか? それとも、武器や魔術で強化しているのか?」

「何っ! 再生した!?」

 しかし初老の貴族は切られた腕を何ら気にする事も無く、変身したホタルを分析し続けながらも切り落とされた方の手首を持っておもむろに切れた腕と合わせると、何事もなかったかのように手は動き出してしまう。


「ああそうだった。マドモアゼルが救って欲しいと言っていたな」

 無理矢理くっつけた腕の具合を見ながら、多少とぼけた様子で初老の貴族はスノーフィリアの願いを思い出したかのような発言をすると、ホタルにわざと背を見せて後退する。

 ホタルはそんな彼を不気味に感じたのか、構えたまま追撃をしなかった。


「今から右手に力を溜める。それまでに私を打ち倒したまえ、それが出来れば君の勝ちだ」

 初老の貴族は自らの手の内を説明しつつ右手を広げると、赤い液体が球状に形成されていく。

 もしかして、ホタルを挑発しているの?

 それとも、私達は無視して修道院へ行かないように意識をひきつけようとしている?

 あるいは、ただの気まぐれ……?


「やってやるよ!」

 そんな挑発行為ともとれる言動に対し、ホタルは再び地面を強く蹴り、爪を立てながら初老の貴族へと突撃をする。

 審問官の時以上の素早さと鋭さを以って、スノーフィリアが呼び出した初老の貴族へ幾度も攻撃を繰り出し続ける。

 その人間離れした跳躍力、素早さ、スタミナには流石に追いつけないのか、初老の貴族は辛うじて急所はかわすものの、腕や足などの末端部に次々と負傷をおってしまう。

 片手で攻撃を防ぎつつ、もう片方の手を力の集中の為に使っていて、ホタルの迅速な攻撃に対応するのはやはり無理があったのだろうか。

 一抹の不安が、スノーフィリアの心中によぎったそのときだった。


「これで仕舞いさ!」

 ホタルがそういった瞬間、初老の貴族を取り囲むように周囲を走る。

 すると、ホタルがまるで分身したかのように複数人に見えだす。


「貰った!」

 複数のホタルが一斉に初老の貴族に襲い掛かる。

 初老の貴族は、その様子を真っ直ぐ見据えながら、力を溜めている手を若干体の内側へと寄せながら構えたが……。


 ホタルの分身が消えてなくなり、一人に戻った瞬間、ホタルの手が初老の貴族の胸を貫いていた。

 スノーフィリアでも致命傷を負った事が解るほどに、決定的な一撃だった。


「……鋭い突き、いい腕だ。私の世界にもここまでやれる者は少ない」

 しかし初老の貴族はまるで表情を崩さないどころか、眉一つ動かさずホタルの攻撃を評価した。

 水晶で出来ているから、血が出たりとかはしないけれども、まさか私が呼び出した召喚体は不死身……?

 スノーフィリアはただ驚くだけだった。


「馬鹿な!? 急所は確実に貫いたはず」

 ホタルも同様に驚きを隠せずにいる。

 決定的な一撃だったのは紛れも無い事実、誰もがホタルの勝利を疑わない。

 それを根底から覆されたホタルは、初老の貴族の体を貫いている腕を戻そうとせず、ただ唖然としていた。


「準備は終わったよマドモアゼル。さあ命じたまえ」

 初老の貴族の言葉ではっと意識が戻ったスノーフィリアは、かつて呼び出した剣士の事を思い出す。


究極奥義アルティメット・アーツ解禁(・アンロック)!」

「よかろう、洗礼にして洗浄、全てを濯ぐ純潔なる純血の清流。食らうがよい」

 スノーフィリアは召喚体の最高奥義にして、究極の秘術を発動させる言葉を口にする。

 すると初老の貴族の瞳が赤く光りだし、右手に溜めていた球状の赤い液体が急激に膨れ上がって周囲を包む。


 スノーフィリアの見えている世界が全て血のような赤に染まると、今まで穏やかで静かだった海がうねり荒れ始め、彼方からこの大地全てを洗い流さんとする程の巨大な津波が迫り来る。

 ホタルは貫いていた手を抜き、初老の貴族から離れ逃げ道を探そうと左右を確認するが、圧倒的な物量で迫ってくる大波は絶対に避けられず、当然逃げる事もかなわない。


 ホタルは初老の貴族が作り出した赤色の空間の波動に飲み込まれ、洗い流されてしまった。


「さらばだ。今度はマドモアゼルを味見したいものだね」

 初老の貴族は渡していた帽子を受け取り、そう一言だけ残して光の粒となって消えてしまう。

 それと同時に世界は元の色に戻り、スノーフィリアは元の修道女のユキの姿になり、ホタルは修道女の姿のまま砂浜に倒れていた。


「ホタルお姉さま!」

「な、なんだったんだいありゃ……」

 ホタルはただ呆然と上を見ている。

 今までおきていた不可思議な現象を飲み込めず、ただ自分が敗北した事だけ理解しているようだ。

 ユキはすかさずにホタルへと駆け寄って体調を確認し、特別目立った外傷もない事に安堵した。


「大丈夫?」

「あの変身をしたら命は無いと言われてた。けれども私は生きている。何でだろうね」

 どうやらホタルお姉さまがした異形への変身は、自らの命と引き換えの危険な行為らしい。

 それでもユキがスノーフィリアになって呼び出した、あの初老の貴族の力のお陰なのだろうか?

 体力的に弱ってはいるものの、呼吸もしっかりしているし脈もある。


「ずっと神父を殺す事しか考えていなかった、やっとチャンスが来たと思ったのにね……」

「ねえお姉さま、どうしてそんなに神父さまを憎むの?」

 ユキは気になっていた。

 何故そこまでして神父さまの命を奪おうとするの?


「これは……!」

 核心に迫ろうとするユキに反応するかのように、ホタルの腕の刺青が光りだし、ユキはその光に包み込まれてしまった。

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