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ゆきひめ ~六花天成譚詩曲~  作者: いのれん
Second Part. 使用人から修道女へ
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24. 瑠璃の豪腕使用人

 黄金色の雄牛のような怪物に変身した審問官は、勝利を確信した笑みを見せていた。

 もっとも戦う事を知らない、元は姫であり今は修道女である少女の命が奪われるのは、誰の目から見ても疑いのない事だった。

 審問官の振り下ろされた拳は余りにも大きく、ユキの全身を覆いつくすほどだ。

 あの拳に潰されてしまっては、恐らくユキは……。

 そう誰もが思っていた時。


「ふん、他愛も無い。所詮は温室育ちというわけ……む?」

「ぎりぎり間に合ったようですね」

 なんと、ユキは死んでは居なかった!

 うずくまり、頭を手で抱え込んだユキは恐る恐る閉じた目を開いていく。


「あ、あなたは!」

 視界の前にあったのは、当たれば確実に原型をとどめない程に潰されていた審問官の巨大な拳と、それを片手で受け止める白いメイド衣装を身にまとったホワイトピンクアッシュのロングヘアーの少女。


「むう! 我が拳を……!」

 メイドの少女は、自分の数倍の大きさはあろう審問官の手を押し返して目にも見えぬ速さで懐へ入ると、審問官の脇腹を手の平で突く。

 まさか自分の攻撃が防がれるとは考えもしなかったであろう審問官はその隙をつかれたせいか、防御する間も無くメイドの少女の攻撃を受けてしまうとそのまま勢いよく吹き飛ばされてしまい、後方にあった大木へ全身を打ち付けられてしまう。


「遅くなってしまい申し訳ございません。お迎えにあがりました、スノーフィリア様」

「ルリ!」

 ユキを襲う相手を難なく吹き飛ばしたメイドの少女はユキの方を向いて深々と頭を下げた後に、にっこりと笑顔を見せながら再会を喜ぶ。

 間違いない、ううん絶対に間違えない。

 ルリだ!

 私のルリフィーネが来てくれた!


 ルリフィーネ。

 現在は水神の国の数多く居る宮廷メイドを統率するハウスキーパーであり、スノーフィリア姫専属の使用人を務めている。

 色白だが健康的な印象を与える肌、桃色と灰色の中間の色合いをした長い髪は艶やかでいつも綺麗になびいていて、顔立ちも良く、やや紫色を帯びた明るい青色の瞳に宿る輝きはとても眩しい。

 彼女がいつも身につけている純白のメイド衣装は、一流のデザイナーが仕立てた気品ある物で、姫袖の何段にも織られたフリルは華やかさと可憐さを強調し、襟とエプロン紐の先に金糸で十字架の刺繍が施されている。

 この刺繍は数多くの使用人を今も輩出している、正教直属の機関である世界メイド協会を卒業した証であり、その中でも各年度毎に最も優秀なメイドのみ白色の衣装の着用が許可されている。


 倒された審問官は、その巨体に見合わず軽やかに跳躍してルリフィーネの前へと立ち、顔を横に激しく振った後に登場が予想されなかった助っ人の正体を聞き出す。

「誰だお前!」

「私ですか?」

「とぼけるな、他に誰が居る?」

「水神の国、宮廷ハウスキーパー兼王女スノーフィリア様の筆頭使用人、ルリフィーネと申します。以後お見知りおきを」

 ルリフィーネは敵に対してもユキと同様の丁寧な対応をしたが、その事が余計腹立たしいのか、審問官は鼻息荒く、指を曲げて関節の骨を鳴らしながら紫色の瞳をぎらつかせて睨みつけた。


「ところで、あなた様は何をなされようとしているのですか?」

「スノーフィリア元姫の命を貰う!」

「それは、お断りします」

 ルリフィーネはそんな審問官の威圧する眼差しにも一切恐れず、また屈することも無く立ち振る舞いを崩さず審問官のやろうとしている事に対して、丁重に断りを入れる。


「こちらも引くつもりは無い。それならばどうする?」

 審問官はそれでも引かない意思をルリフィーネに伝える。

「……仕方ありません。少々荒事になってしまいますが、ご容赦くださいませ」

 するとルリフィーネは笑顔のまま審問官に対して体が垂直になるよう横を向き、構えをとった。


「よかろう! この審問者(ゴールデン・)の黄金(インクィズィター)が貴様を打ち滅ぼそうぞ!」

 ユキの気のせいだろうか、ただでさえ常人の数倍の大きさはある審問官の体が、さらに大きくなったような感じがする。

 今の化け物になってしまった彼から感じられる感情は、かつてユキを襲ったアレフィと同じだった。


「さあ、どこからでもどうぞ。手加減は無用ですよ?」

 しかしルリフィーネは、一切怖気づいた様子は見せない。

 それどころか、余裕すら感じる。

 あの巨体を吹き飛ばしたから勝ち目があるのかな。


「ハッ、手加減? もとよりそのつもりは無い!」

 審問官はルリフィーネの態度が余程気に入らなかったのか、あるいは気に障ったのか。

 腕の血管が浮き出るほどに拳を強く握り締めると、それをそのままルリフィーネへぶつけようとする。

 その攻撃は、体術の素養が無いユキですら、今まで以上に速くて力強いと感じるほどだ。


「ほう、身のこなしには自信があるようだが。いつまで続く?」

 それをルリフィーネは、最小限の体の動きだけで避ける。

 審問官は負けじと攻撃を再度繰り出し、たとえ外した攻撃が地面をぶち割ろうとも、振るった拳の風圧で民家の窓が割れようとも、無視して何度も何度も拳を振るい続けた。


 審問官の休み無しの連続攻撃に対しルリフィーネは、後方へと大きく跳躍し間合いを取ろうとするが……。


「貰った! 引いたのがお前の最後よ!」

 当然、ジャンプ後には大きく隙がある事を知っていた審問官は、ルリフィーネが着地した瞬間を狙って拳を繰り出してきた。

 並の人間ならば、まずこの攻撃は避けれないはず。

 この場に居合わせた人らは全員そう思い、ユキは修道服のスカートの裾を握りしめたまま目をぐっと強く閉じ、神父は顔を背け、ホタルは目の前の非現実な光景を直視したまま動かずにいる。


「な、なんだ今のは……」

 しかし、全員の予想を裏切る結果となった。

 致命傷となる攻撃を受けて地面に突っ伏したのは、本来受けるはずだったルリフィーネではなく、繰り出した審問官の方だったのだ。

 かなりの勢いで倒れこんだのか、地面がえぐられて審問官の頭に生えていた角の片方が折れてしまっている。


「もう終わりですか? 疲れましたか? ……休憩しますか?」

「ふざけるな!」

 審問官はゆっくりと立ち上がるが、足元が多少ふらついている。

 あれだけの勢いで頭から地面に激突したのだから、化け物になってもそのダメージは計り知れないのかもしれない。

 ルリフィーネは審問官の体調を察したのか、休息をとろうと勧めたが、当然審問官は挑発行為と捉えてしまい、激昂して襲いかかってきた。


 今度はユキ達も目を離さなかった。

 それ故に、何故ルリフィーネが自身の数倍の大きさもあるような相手に圧勝しているのかを理解する。


 ルリフィーネは足をさらに開き、大の字のような構えを取った後に審問官の攻撃の瞬間、僅かに体を逸らし、かつ審問官の拳を自然な向きで受け流せるように自身の手を添えていたのだ。

 その結果、勢いは殺されずにルリフィーネを叩き潰すはずだった拳はそのままの力と速度を以って、彼女のさらに後方やや下、すなわち地面に激突する。


「ぐぅわあああ!」

 固い地面を不意の角度かつ全力で殴りつけたせいか、拳からは赤黒い血が噴出して怒号にも似た悲鳴が広間に轟く。

 一方のルリフィーネは怪我や呼吸の乱れはおろか、衣服の汚れ一つ無い。


「まただ……、まただ……」

 血が流れ落ちている拳をさらに固く握り締めながら、審問官は恨みをこめた瞳でルリフィーネを睨みつけた。

 本来ならば相手を圧倒し萎縮出来るのかもしれない。

 しかし、ルリフィーネ相手では完全に負け犬……ならぬ負け牛であり、あまりにも歴然とした差の前にユキは憐れみすら感じていた。


「だが!」

 それでも審問官は諦めず、再び両手を突き出しルリフィーネに襲い掛かる。

 ルリフィーネも再び受け流そうと構えをとった、しかし……。


「仕掛けさえわかってしまえば対策は容易! このまま握りつぶしてくれよう!」

 審問官は両手を握りこぶしにしてルリフィーネを殴り倒すのではなく、ルリフィーネの体を強く握り締めて想像を絶する握力で潰そうとしてきた。

 流石にこの攻撃は読めていなかったのか、ルリフィーネは何の反撃も出来ずにつかまってしまい、じりじりと審問官の手に血管が浮き出てくる。


 あれだけ大きく力強い手で全身を握られては逃げられないし、このままだとあっというまにぺちゃんこになっちゃう。

 ユキがそう思い、ルリフィーネの名前を強く叫ぼうとした時だった。

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