23. 雪の決断
その日の夜。
「大変よ! ランピリダエが居ないの!」
食事が始まろうとした時、ホタルを探していた一人の修道女が叫ぶ。
その言葉を聞いた瞬間、頭の中に何かが閃いたユキは、慌ててある心当たりを訪ねる。
「ねえ、審問官はどこに居るの?」
あの砂浜でのホタルお姉さまの様子、何かがおかしい。
……もしかして!
ユキは近くにある村まで全力で駆けて向かった。
村へ到着したユキは審問官が一時的に滞在している宿の場所を教えてもらい、急いでそこへと向かう。
タイミングがぎりぎりだったのか、ちょうど神父とホタルがやたら重装備な馬車に乗ろうとしている時だった。
「お待ちなさい! シュプリー神父と修道女ランピリダエを直ちに放しなさい」
「偉そうに。審問官様を何だと思っている? お前は何様のつもりなのだ?」
ユキは、過去に宮殿を抜けて正教の本部のある部屋へ忍び込んだ事があった。
その部屋はとても薄暗く、当時のユキには何に使うか解らないような道具が置いてあり、部屋の奥から怪しげな声が聞えていた。
奥へ入ろうとした直前で、使用人のルリに捕まってしまったけれども……。
今ならあの部屋で何をしてたか、何をされていたかが想像つく。
恐らく……、ううん、ほぼ間違いなくこのままじゃ、正教の本部のあの部屋へ連れて行かれてしまう。
ココの時は何も解らずただ見送ってしまった……。
そしてココが苦しみ、壊れていくのを見るだけしか出来なかった。
……そんなのはもう嫌だ。大切な人が酷い目に合うなんてごめんだ!
だから、ここで食い止めるんだ。
神父やホタルお姉さまを見捨てたりはしない。
たとえ、正体がばれてしまっても!
ユキはフードを取り、自らの明るい水色の髪を曝け出した。
「私は水神の国の王女、スノーフィリア・アクアクラウンです!」
ユキの正体が知れた瞬間、この騒ぎを遠目で見ていた村人や護衛についていた兵士達は全員愕然としていた。
当然こうなる事は予想していたし、その結果修道女として平穏な生活も出来なくなると覚悟していた。
「……やはり生きていたか」
ユキも自らの正体を明かせば、審問官ですら驚くと思っていた。
ましてや立場の高い人間だからこそ、元とはいえ姫君がどういう存在がよく知っているはず。
しかし、そんなユキの予想に反して、審問官は何故だか肩を震わせて笑っていた。
「嬉しいよ。お前をこの手で血祭りに上げられるのだからな!」
予想しなかった言葉に、ユキは思わず戸惑い身を後ろに引いてしまう。
審問官は、驚いたユキを勝ち誇った笑みで見下すと袖をめくり、弧が三つ重なったような刺青が刻まれている手首を強く握り締めた。
「悪いなスノーフィリア元王女殿下! お前に個人的な恨みは無いが、ここで死んでもらおう!」
「こ、これは……!」
審問官の目が紫色に光ると、アレフィが異形の存在に変身した時と同様に体から黒いもやを大量に噴出させながら、同じ色の物体が皮膚を突き破り、傍にいた付き人を取り込む。
審問官の体はみるみると肥大化し、付き人を吸収した黒い物体は彼の腕や足に這いより、やがて体や頭を包み込み、全身が覆われてしまう。
「待たせたな」
変身を終えた審問官は、もはや人ではなかった。
審問官を覆った黒い物体は粘土のようにぐにゃぐにゃと変化した後、黄金に輝く毛を生やした極端に発達した筋肉となる。
頭から上はまるで雄牛のように、天にそびえる二本の角がこめかみから生えており、紫色の眼差しは、睨みつけられるだけで恐怖のあまり逃げ出しそうになるくらいの威圧感を放っている。
事実、変身を終えて審問官が取り巻きを横目で見た瞬間、今までこの様子を傍観していた人々は蜘蛛の子を散らすように自宅へと隠れてしまった。
「……それでも私は引かない!」
「ほう、今のお前に何が出来る? ”修道女のユキ”よ、このどうしようもない逆境をどう乗り越えるか示して見せよ!」
ユキも審問官の変身を見て、ただ逃げたくて仕方が無かった。
まさかこんな事になるなんて夢にも見ていなかった。
でも、私が逃げたらホタルお姉さまや神父はどうなってしまう?
そう考えたら、自然と逃げるという選択肢はユキの中では消えていた。
「確かにユキのままじゃ何も出来ない。でも、私は……!」
今こそ戦わなければ、立ち向かわなければならない。
使用人の時に手に入れた、この力があれば暗い未来だって変えられる。
ただ流されて従うだけの運命をいい方向に修正だって!
「解放する白雪姫の真髄!」
ユキは、かつて謎の声と共に紡いだ解放の言葉を発した。
これによってユキは召喚術を使い、ユキも知らない世界から呼び出した戦士が相手を倒してくれる。
そのはずだったが……。
「……やっぱり変身出来ない。大事な時なのにどうして!?」
解放の言葉は虚しく村の広場に響くだけで、ユキは修道服のまま何ら変化は見られなかった。
アレフィと戦う時には変身出来て平常時に出来なかったのは、危機感が足らないとユキは漠然と感じていた。
だから、今のような明らかな窮地ならばアレフィの時のように私は変身出来ると思っていた。
「世迷い事を……、潔く死ねえ!」
審問官は拳を握り締め振り上げ、真っ直ぐユキの頭上へと落としてくる。
ほ、本当に死んじゃう!?




