229. 優しい安らぎと共に
ラファエルの不浄なる攻撃が、再び女神スノーフィリアへ届こうとした時。
「スノーフィリア様ぁぁあああ!!!!」
なんと、ルリフィーネとセーラが駆けつけ、神樹が放った蔓や木の根を払いのけたのだ。
「何だと、蘇っただと!?」
二人は、主人を守る為に自らの命を犠牲にした。
どちらも既に事切れており、もう二度と立ち上がらないと誰もが思っていた。
だが二人は、女神の光を受けて再び息を吹き返したのである。
しかも、蘇ったのは二人だけでは無かった。
世界中で顔の無い天使の攻撃を受けて、不浄の緑霧へと変わってしまった人々も、まるでやられたのが嘘だったかのように、次々と自身の肉体を取り戻し起き上がった。
一度死んでしまった者を蘇生させる能力。
誰もが夢見て追い求め、そして辿り着けなかった前人未到の境地。
それが出来るのは、三世界の中でもただ一人、ラファエルだけが扱える禁断の天空術のみ。
「ははっ……! ははははっ!」
まさかその禁術を再現するとは、想像すらしていなかったのか。
皮肉にも、自らの術を真似られたラファエルは、肩を震わせながら高らかに笑い……。
「地上の浅ましき生物を蘇らせる。ククク……、確かにそうだな、天界の主ならば可能だろうな」
鋭い眼差しを女神スノーフィリアへと投げかけながら、その力を素直に認めた。
「だが! その行為こそ傲慢だ! 死して安らかに眠る者を、再び手駒にして戦わせるとはな!」
それと同時に、表情を変えないまま目の前の女神を非難する。
「そうだァ!!! お前は何も変わっていないィ!! 姫の時からなァ!!!!」
「……」
この時、女神スノーフィリアは何も言わなかった。
それは、ラファエルの言うとおりこの行為は自分本位だったからだ。
自身の大切な人を失いたくない、世界の人々を不幸にしたくないという思い。
それはスノーフィリア自身のわがままであり、人としての感情であり、女神としては相応しくない采配である事を解っていた。
「スノーフィリア様は、成長なされました。あなたはそれを知っているのに、どうしてお認めにならないのですか?」
女神が憂いでいる中、ルリフィーネはラファエルの言葉を真っ向から否定した。
使用人として、大切な家族としてずっとスノーフィリアの側に居た。
だからこそ、彼女の弱さも脆さも、優しさも全て解っていた。
それらは今までの人生の中で、育まれてきたものだ。
この決断も、云わばスノーフィリアの旅の集大成であり、それらを否定される事が許せなかったのである。
「ああ知っている、スノーフィリアの事ならばお前よりもな。だからこそ解るのだ、所詮は見た目しか変わっていないという事をな!」
「その考えが、理解に程遠いと言っているのですよ」
「偉そうに、お前に何が解る?」
「……いいでしょう。それならば、私が主人の代わりに証明してみましょう!」
ルリフィーネは地面を強く蹴ると、全速力で神樹へと駆け寄ろうとする。
「くだらんくだらん!! 復活したところで、再び抹殺するのみ!」
ラファエルは、そんな使用人を串刺しにしようと、先の尖った木の根をねじらせ差し向けた。
今までのルリフィーネならば、避けられないほどの圧倒的な速度と物量だ。
「なんだとっ!?」
「受けなさい! これが、……答えですッ!!」
だが、最強の使用人はそれらラファエルの猛攻を自らの体術によって振り払い蹴散らすと、高く聳え立つ神樹へと登りラファエル本体の目の前へ行き……。
「最終奥義、神螺判衝・天消撃・浄瑠璃!!!」
自らの最高の力を、全力で叩きこんだ。
瑠璃色に輝く拳は、深々とラファエルの胸に突き刺さると、爆裂する音と共に神樹は粉々に砕かれ大きく陥没してしまう。
「がはぁっ!?」
流石に効いたらしく、今まで平然としていたラファエルの表情は苦痛に歪み、口から深緑色の樹液のような物を幾度も嘔吐する。
「うぅ……」
しかし、その圧倒的な力を受けてもなお再生する速度は衰えない。
ルリフィーネから受けた傷が、再び元に戻ろうとした時。
「再生は、させない!」
一直線にラファエルへと飛翔し突撃したセーラは、再生途中の彼女を、持っていた短剣で真っ二つにした。
「ぎゃああああっ!?」
神樹は軋み、大きく揺れながら、大地を揺るがすほどの断末魔の叫びをあげて、ラファエルは苦しみに身を捩じらせた。
「くそっ! くそぉおおおお!!!!!」
耐え難い苦痛を受け続けたラファエルの顔は、もう神としての厳格さは残されていなかった。
天界を救うという強い執念と、苦痛を与えた相手に対する憎悪に染まりきった彼女の顔は、皮肉にも彼女が下衆と罵った人間の表情に近かった。
「私は認めんぞ……、私は……、私は……!!」
たとえどんなに打ちのめされようとも、にじられようとも、折れるわけにはいかなかった。
折れてしまう事が、天界の終わりという事を信じて止まなかったからだ。
「みんなの思いに答える私の魔力! 絶対なる崩壊!」
そんな彼女の決意を折らんばかりに、地上から一筋の光が神樹に向かって照射される。
「くそぉ!! たかが人間の魔術ごときにいいい!!!!」
光を浴びたラファエルの体がみるみるうちに粉々になっていき、胴体に大きな風穴が開いた。
「私は諦めぬ! 絶対に諦め――」
それでもラファエルの心が砕けることは無く、彼女は歯を食いしばりながら受けた傷の再生をしようと、俯いていた顔をあげた時だった。
「なっ、これは……!」
目の前に広がる光景を見ると、大きく目を見開き驚愕してしまう。
そこには、眩い太陽を背にした女神スノーフィリアを中心として、今までの旅路で出会った全ての人々は勿論、直接は出会っていないが伝聞で存在を知った人々、全くの接点は無いが世界を救うという目的と志は一緒の人々、すなわち世界中全ての人々が集っていたのである。
当然、実際に居るのはスノーフィリアが召喚した存在と、ルリフィーネとセーラだ。
だが、世界中全ての人々の思いと願いにより、そう見えたのであった。
「万物創世・救済の力よ、果て無き苦痛を選びし者に、……永久の安らぎを与えたまえ! 最終解放・白雪女神の慰撫」
人々の思い、世界を救いたいという共通の願い。
それらは小さくも強く煌く光となり、女神へと合わさっていくと、スノーフィリアの背中の翼が大きく、より輝きを増していき……。
「もう、終わりにしよう」
その大きな白き翼で、神樹をゆっくりと優しく包み込んでいった。




