22. 蛍の決断
「これは審問官殿、今日はどのような御用で?」
外の只ならぬ様子を察知したのか、自室で仕事をしていたであろう神父が礼拝堂へと現れる。
神父は審問官の姿を見ても、いつもの笑顔は崩さずに対応した。
「不埒な服装の修道女が居ると言う話を聞いた。破廉恥な格好で、我が正教を汚す様な真似は即刻やめていただきたい」
審問官の物言いを聞いた神父は、礼拝堂の入り口で不安げな表情をしたユキの姿を見ると、ユキに対して、一つ軽く頷いた後……。
「我らが主は、神に仕える淑女の服装までお決めになってはいません。事実、経典にもそのような事は書いておりません、よって彼女らの格好は問題ないかと思われます。今一度、ご再考を」
審問官が問題にしていたホタルとユキの服装に関して簡潔に正当性を示した。
その笑顔はとても頼もしくて凛々しい。
「そなたの言うとおり、確かに教義や経典には記されていない。正教の決まりでも、服装に関して厳密な取り決めが無いのも事実だ」
毅然とした神父の態度に、審問官は一切怖気づく事も目線を逸らす事も無く、重低音が響く声で淡々と神父の主張を認める。
状況は良い方向へ行くの?
ユキはふと、そう思った矢先。
「だが、このような投書があっては看過できぬ。即刻、元の服装に戻すように」
付き人から一通の手紙を受け取り、神父へと渡す。
手紙を受け取り、内容を読んでしばらくすると、今までどんな時も崩さなかった笑顔が消えてしまう。
「……解りました」
あの表情から察するに、尋常ではない何かが書かれていただろうと、ユキは容易に予想がつく。
「それとこのような事実をこのまま終わらせてはならぬ。神父は正教本部へ同行願いたい」
「ちょっと待ってくれよ!」
服装を正すだけではなく、神父にも責任を伴う言葉を聞いたホタルは、今までの気だるい雰囲気から一変、鬼気迫る顔つきで審問官を呼び止める。
「神父を連れて行くのはやめてくれないかい?」
「このような事態になっては誰かが責任を取らなければならん。このままでは収まりがつかないのだ」
神父さまの評判はとてもいい。
だからこそこの修道院にとって大きく、欠けてしまえば大変な事になってしまうとユキも承知しており、ホタルの言動を止めなかった。
「良いのですよランピリダエ。……すぐに戻ってきます。留守の間は”皆様”、どうかここをお願いします」
神父はそんな修道女たちの思いに気づいているのか。
ホタルを制止すると自ら審問官の下へ行き、審問官とともに修道院を出て行ってしまった。
直後、この様子を影で見ていた他の修道女達が集まり、神父不在をどう乗り切るか話しあいを始める。
修道院を畳むか、神父不在のままここで生活を続けるか、恐らく”二度とここには戻ってこないであろう”神父を待つのか、別の神父を呼ぶか……。
各々が知恵を絞って様々な提案をしたが、結局意見がまとまる事は無かった。
長く不毛な話し合いが終わると、外はすっかり夕暮れになっていた。
ユキは、自分が何か出来ないかと思いつつも今後の事を考えるべく、頭を冷やすために修道院の近くにある海岸へと向かう。
「ユキか」
「うん」
海岸の砂浜に到着したユキは、座って夕焼けの空を眺めるホタルを見つける。
その表情に、いつもの気だるい感じやふざけた様子は少しも無い。
「一つ聞いていいか?」
「うん」
いつもよりも低い声で、顔は遠い海を見たままホタルはユキへ問いかける。
「自分の信じた道の先に、どうしようもなく強大で理不尽なくらい困難な壁が立っている。ユキはどうしたい?」
その問いかけを聞いた時、最初は謎かけとも考えた。
しかし、いまいちどういう意図か解らなかったユキは、ホタルと同じ様に遠い海を見ながら今までを振り返ってそして口を開く。
「立ち止まらないし、壁を壊す事も出来ない……かな」
「ほう、それなら?」
「まずは手を取り合いたい」
私は剣も振るえないし、強い魔術だって使えない。
確かに、アレフィを退けた時のような不思議な力は持っている。
でもあの時以降、一人の時にこっそり変身を試みたけれど何事も起こらなかった。
今はただの修道女な私が出来る事はただ一つ。
それは、相手を理解する事。
「はぁ? 壁だって言ってるのに手を取るのか? 理解なんて出来ない――」
ホタルお姉さまの言う事は正しいと思う。
壁だと解っているのにそんな甘い事、通じるわけが無いのも解る。
「それでも……」
ユキはホタルの言葉を遮った。
「私、お姫様だったから、まだまだ知らないこといっぱいあって、いろんな知識とか、価値観とか、そういうのを知りたくて……」
この世界にはまだまだ私の知らない事がたくさんある。
その中には、自分と合わなかったり、対立したりする者もあるかもしれない。
でも、私は知りたい。
いろんな価値観に触れてみたい。
「壊すとか温い事言う奴、立ち止まるとか諦めるとか答える奴、ユキはそういうのじゃないとは思っていたけれど……」
「ホタル……お姉さま?」
友情、不遇、愛情、決別、理不尽、反抗……。
ユキの心中には様々な感情が入り混じっていた。
血液が沸騰するような熱さで全身が滾ろうとしている最中、ホタルの雰囲気はいつもの気だるそうな感じに戻ると、ユキの方を向いて口を開きだす。
「はぁ、全くをもって話にならない、真っ先に命を落とす人種だよ。流石はお姫様だね、正直がっかりだ。もうこれ以上こんな甘々な子の面倒なんて見切れないね。お姉さまはこの時限りで仕舞いさ。じゃあね、可愛いお姫様」
大きなため息を一つつき、ユキの幼さと甘さを見抜き指摘すると、立ち上がり服についた砂を手で払ってどこかへ行ってしまった。
「お姉さま!」
ユキは立ち上がり、ホタルを呼び止めた。
しかしホタルはユキの声を一切無視し、赤焼けの中に溶けて消えてしまった。




