226. スノーフィリアの旅の結実①
――水神の国、避難所となっている教会の聖堂内にて。
この場所は、今まさに顔の無い天使の襲撃を受けていた。
「ちょっと! こんなの信じられないよ!」
「もうやだ……、誰か助けて……」
「死にたくない、死にたくない……」
建物内へと無事に逃げ延びた人々は、既に限界にきていた。
死を目の当たりにし、死と隣り合わせの状況下では、誰もが怯え、震えるしか出来ずにいた。
そんな無力な人々をあざ笑うかのように、天使達の攻勢は激化の一途を辿っていき……。
「来たぞ!!」
聖堂の固く閉ざした扉が壊されてしまう。
人々を守護していた神の祝福讃える場所は、神の使いによって踏み躙られた。
「いやだ! 死にたくない!!!」
「助けて!! 誰か助けてよお!!!」
「お母さん……!!」
聖堂内は人で溢れており、そこ以外に逃げ場所は無い。
誰もが絶望し、自身の命の最期を確信した時だった。
「ねえ、あれって……!」
顔の無い天使の背後には、誰も予想しなかった摩訶不思議な現象が起きていた。
「あれは、女王陛下か?」
なんと、戦っているスノーフィリア達の姿が、薄緑色の空に虚像として映し出されていたのだ。
それと同時に顔の無い天使は次々と反転し、その虚像を襲い始めたのだ。
「という事はセーラちゃんもいるんだよね?」
複数の予期せぬ現象に誰もが硬直していた中、一人の少女が人の群れをかき分けて出てくる。
その少女はセーラの唯一の友達であり、セーラが大切にしている人の一人であるとりてあだった。
「セーラちゃん! 陛下! 負けないで!」
とりてあは、今にも顔の無い天使が再び襲い掛かってきそうな状況下であっても、勇気を振り絞り、自らを奮い立たせて声が枯れそうな程の大声で叫んだ。
そんなただの少女の強い願いが通じたのか、今まで震えてうずくまっていただけだった他の人々も戦うスノーフィリア達に声援をかけたり、あるいは武器や資材を携えて破られた扉の修復をする者も現れた。
――同国、辺境の修道院では。
顔の無い天使達を打ち倒してきたホタルだったが、それも限界にきていた。
「はぁ……、きりがない……」
ホタルは悪魔の肉体を得ており、顔の無い天使の攻撃を受けても腐敗はしない。
だが、苛烈な攻撃にさらされ続けた肉体は、血がとめどなく流れる程に傷つき、立っているのもやっとな状態だった。
「ん? あれって……」
そんな中、修道院の上空にも、スノーフィリア達が戦う虚像が映し出される。
「ユキ、立派になったんだな……」
生まれ変わり、女神となった妹を見たホタルは、少し照れくさそうに頬を三度ほど人差し指でかくと……。
「ユキ! お姉さまは大丈夫だからな! そんな奴さっさとやっちゃえ!」
再び瞳に強い光を宿し、三方から襲い掛かる天使達を一瞬で蹴散らすと、眼差しは上向きのままにそう叫んだ。
――地霊の国、会談の場にて。
ルナティックとユニオン、両陣営の長による取っ組み合いの喧嘩が始まろうとしていた時。
「な、なんだお前は!」
「子供が勝手に入ってきていい場所ではないぞ!」
突然、ボロを纏った少年が会談の場へと乱入すると……。
「おじさん達の馬鹿!!」
開口一番、二人を批判した。
「なんなんだこのガキは」
「即刻つまみ出せ!」
少年は長と一切の面識が無い。
”見ず知らずの小汚いクソガキ”に罵声を浴びせられた二人は、何の躊躇も容赦も無く、側近にそう告げる。
「僕の事は捕まえてもいいから、外見てみなよ! いいから!」
屈強な大人たちに強く腕をつかまれながらも、少年は泣きそうになりながら、上ずる声で叫ぶ。
少年のあまりにも常軌を逸した行動に、多少呆れながらも、彼が嘘をついているとも思えなかった長達は、半信半疑のまま窓の方へ視線を向ける。
「な、なんだあれは……」
窓から見える空には、水神の国と同様にスノーフィリアが神樹と戦っている様子が、映し出されていた。
「あんな子供が……、戦っているのか?」
スノーフィリアは女神になったとしても、長達からすればまだまだ子供だ。
神々しい見た目とはいえ、その子供が命がけで戦っている様を見た二人は、ばつが悪そうな雰囲気を出しながら下を向いた。
「そなたは?」
「私はノース地区の村を仕切っている」
その時、会談の場にもう一人部外者が乱入する。
彼は、かつてスノーフィリアが白熊の黄色い毛を探すために赴いた、村の長だ。
「田舎ジジイが何の用だ?」
だが、所詮は辺境の村の長であり、この老人も二人の長とは面識は無い。
ユニオンの長は、部外者の侵入を許した衛兵を怪訝そうに見ながらそう言う。
「この子が無礼をした事を、許して欲しい。だが、今本当に見つめなければいけない問題は何かを、考えて欲しい」
「……」
「……」
老い先短い男の一言は、長達を閉口させるには十分だった。
今まで少年を力ずくで押さえていた衛兵達も、手の力を緩ませて不安な表情で長達を見つめた。
「一時休戦……だからな?」
「解っている。子供が命をはっているのに大人が何もしないのでは示しがつかん」
二人の長は、今にも泣き出しそうな少年と敵対勢力の長の顔を交互に見ながらそう告げる。
その言葉の後、側近の表情は次第に明るくなっていった。
「お願い、世界を……、皆を救って……」
少年は、会談の場へ不法に乱入した罪を問われずにすんだ。
衛兵に連れられて、会談の場を去る道中、廊下の窓から見えるスノーフィリアの虚像を見ながらそうつぶやいた。




