224. 天が泣いた時
各々が当初出会った時よりも、想像を超える力を手に入れた。
それぞれの力の種類は違えど、どの力も神の領域へ踏み込める程だった。
「でも、さっきの攻撃……。後何度避けられるか……」
だが、サクヤは弱気だった。
元々は命を司る天使とは思えない程の、強烈な一撃を間にあたりにしたからだ。
「何度でも避けてみせます、私は主を守り、主と共に在り続ける使用人だからっ!」
ルリフィーネはそう強く言い放った。
それは、サクヤを奮い立たせようとした言葉ではなく、神の怒りに触れた自身を勇気づける為に言ったようにも見えた。
「実に興味深いな。その感情、まるで天使と天界の主との関係のようだ。スノーフィリアの主としての力、ひょっとしたら無自覚のうちに出ていたのかもしれないな」
そんな中、ラファエルは今にも押しつぶされそうな三人を見下しながら、少し感心気味に独り言をつぶやく。
「違う!」
ルリフィーネは、その言葉を真っ向から否定した。
その瞬間、ラファエルは再び強靭な枝木を打ちつけてきた。
「何が違う?」
「スノーフィリア様は私の事を大切だと言ってくれた。私を慕ってくれた!」
「それなら天界の主もそうだ。同じではないのか?」
「大切とか言うくせに、私には随分冷たいのね」
「ふん……、裏切り者にかける情なぞ無い」
神と神域にたどり着いた三人は、言葉と暴力を交わし続けた。
本来ならば、全員には同じ景色と価値観が見えてくるはずだった。
だが、二者の考えはまるで正反対だった。
「滅びよ。神獄天罰砕!!」
ラファエルは片手を伸ばし、広げた手を血管が浮き出る程にぐっと強く握る。
すると、神樹から人一人を簡単に潰せそうな程硬く大きな木の実が次々と降り注いだ。
三人はその木の実の弾幕を、どうにか避ける事に成功した。
だが、息と集中力は既に限界を迎えており、次に同じ攻撃が来れば無事である保証は無い。
「ねえルリフィーネ、セーラ。お願いがあるんだけれどいいかしら」
サクヤは、スノーフィリアを救うための作戦を、実行するタイミングをずっと窺ってきた。
そして、今こそそれを実行に移す時だと決めると、腕を組んでルリフィーネへと相談する。
「……皆まで言わなくても解りますよ」
ルリフィーネは、彼女が今まで無策のまま動いてきたとは思っていなかった。
サクヤの作戦の具体的な事までは掴めなかったが、それでも彼女の行動が起死回生の一手になると信じていたため、ラファエルの方を向いたままそう一言だけ告げた。
「あまり時間は稼げません。だからスノーフィリア様をどうか……!」
最後にそう告げると、セーラと共に再び神樹ラファエルに攻勢をかける。
「正直、あまり使いたくは無かった……」
神に真っ向から挑む二人の背中を見送ったサクヤは、胸に手を当てて深く一つだけ呼吸をする。
「でも私は所詮黒翼の天使。ラファエルの言うとおりイレギュラー……」
サクヤは今までの自身の過去を振り返った。
幸福だった家庭から一変、義父に全てを奪われた幼少期。
その義父を自らの手で葬り、手を汚してでも世界を救おうとしてきた青年期。
ここに至るまでに楽しい思い出なんて、一つも無かった。
本当の意味で心が休まる時なんて、ほんの少しも無かった。
「ふう、感傷に浸っている場合ではないわね」
この時サクヤは、ふとスノーフィリアの方を向き、目覚めない少女を見ると、もう一度だけ息を大きく吐いた。
「スノーフィリア……、私の希望……、目覚めてお願い!」
その後に、水神の国の女王の顔に手を伸ばすと、そう強く告げて自らの意識を集中した。
サクヤのとった行動。
それは、スノーフィリアが天使の時にした能力の一つである、他者と一つになって潜在能力を引き出させる力を再現する事だ。
幾多の絶望的状況を切り抜ける術を ”同じ天使ならば、自身にも扱えるはず”というおぼろげな理屈で発動させようとしたのである。
もっとも、サクヤは武器を生み出し相手を傷つける、”破壊の力を創造する事”に特化した天使だ。
一方のスノーフィリアは、術で他の生命体を生み出して自身や誰かを助ける、”救済する力を創造する事”に長けた天使だ。
二人の力が同じであっても特性は真逆であり、不慣れな能力を発動させた時のリスクを覚悟しなければならなかった。
「ぐうっ!?」
「セーラさん! うあぁっ!?」
だが、今は躊躇っている時ではない。
セーラもルリフィーネも、このままではラファエルの前に膝を屈し、彼女の言うとおり魂すらも砕かれてしまう。
「どうした? 愚かな者達よ、これで終わり……、あの光は!」
サクヤが意識を集中させ、自らをスノーフィリアと一つにしようとしている時。
今まで他の二人と戦っていたラファエルは、サクヤの異変へと気づく。
ラファエルは今まで天使達の動向を全て把握しており、サクヤが今している事を達成させれば、自らの脅威になる事も解っていたため、無数の蔓を伸ばして妨害しようする。
「なんだと!?」
「行かせない……、スノーフィリア様に指一本触れさせない!!」
傷つき、今にも倒れそうなルリフィーネはぼろぼろになりながらも、サクヤとラファエルの間へと割り込み、蔓による攻撃を拳と蹴りで弾こうとした。
「邪魔をするな!」
「きゃあああ!!!」
最初の何本かは弾く事に成功したが、全てを避ける事は出来ず、ルリフィーネは残った蔓による攻撃を受けてしまい後方へ大きく吹き飛ばされてしまった。
蔓による攻撃を邪魔されたラファエルは、次に太い木の根を伸ばしてサクヤを絞め殺そうとする。
「くっ……、私から離れろ! どけっ!?」
「どかない。私はスノーフィリア様を守る」
だが、その攻撃も阻止されてしまう。
セーラは持ち前の神速で、伸びた木の根がサクヤへ届くよりもラファエルの胸へと短剣を突きたてたのだ。
ラファエルは動きを止め、歪んだ顔のままセーラの方へ視線を向けると……。
「どいつもこいつも……!!」
「ぐうう……」
セーラを振り払うべく、刃のように鋭い木の葉を無数に降らせる。
究極の人形は、神の力によってその身をずたずたに引き裂かれると、地へと墜ちていった。
ルリフィーネもセーラも傷つき倒れてしまった。
スノーフィリアの事を慕ってくれた人々は、ことごとく血の赤に染まった苦痛の海へと沈んでいった。
だが、彼女達の犠牲は無駄ではなかった。
サクヤの体は光の粒へと変化していき、スノーフィリアと一つになることが出来たのだ。
「ま、まだだ!!」
ラファエルはスノーフィリアへと蔓を伸ばそうとする。
しかし、胴体へ触れようとした瞬間、見えない何かによって弾かれてしまった。
「みんなを傷つけないで」
「間に合わなかったか!」
淡い桜色の光に包まれながら、今まで気を失っていたスノーフィリアはゆっくりと目を開け、そう言いながら起き上がっていく。
「ふざけるな! 天界が、世界が危ないのだぞ! この程度の犠牲にいちいち嘆いている場合か!」
「大切な人達すら守れないのに、世界なんて守れるものか!!」
スノーフィリアは、目覚めたばかりとは思えない程に明瞭に、そして強い口調で言い返した。
その意思の表れは、サクヤを彷彿とさせるものだった。
「私は守ってみせる……、全てを救ってみせる!!」
「くだらん、所詮”不出来な娘”が何を――」
「違う!」
「私の娘ではないなら何だというのだ? 無知な姫か? 本当の名を失った村娘か? それとも欲望に身を委ねる者か?」
「……そうだよ。私はスノーフィリア姫であり、村娘のユキであり、欲望の白魔姫ネーヴェであり、そして天使だ!!!」
「馬鹿か? 最早お前にどうこう出来る問題ではないのだぞ!」
「そうだよ、今のままじゃ駄目だよ」
「それが解っているならば何故!?」
「だから私は生まれ変わる。皆を救う為なら神にだってなってみせる!!!」
自らのを受け入れ、全てを守り抜く純粋な思いと共に、スノーフィリアは涙を流しながら両手を大きく広げると……。
「解放する光の主の神髄!!」
新たな解放の言葉を高らかに宣言すると共に、スノーフィリアの体から光が放出され、深緑の穢れを吹き飛ばし周囲を純白に染めた。
「くっ……、こ、この気配……、この感覚は……」
光が止み、再びあたりが見渡せるようになった時……。
「天華繚爛! マスター・スノーフィリア姫神解放!!!」
そこには、生まれ変わったスノーフィリアが目を閉じて佇んでいた。
「そんな馬鹿な! 主が……、降りただと……?」
ラファエルは、口元を震わせながらそう言う。
この瞬間、穢れた神樹に神が降り立った。




