222. 偉大なる神の樹の下で
スノーフィリアとサクヤの戦いにて、強化したセーラの登場により形勢が逆転している中。
ルリフィーネは、世界の人々が神樹によって命を落としていく景色を見せられてしまう。
「世界は変わろうとしているのです」
ラファエルの目の前に映し出された、世界が終わる瞬間。
無力な民も、屈強な戦士も、聡明な魔術師も、神樹の力によって無尽蔵に呼び出された天使の前には、等しく死が訪れる。
「……でも」
「あなたの抵抗は無駄なのですよ」
ルリフィーネの全身全霊をこめた一撃も、神には通じなかった。
彼女は目元が前髪で隠れるくらいに俯きながら、拳をぎゅっと強く握り締めた。
「……れでも」
「だから、もう休みなさい」
どんな勇者であっても、どんな賢者だとしても。
圧倒的な絶望の前には平伏し、涙を流して心の闇に委ねてしまう。
それは理性を超えた本能であり、そうなるのは恥ではない。
だが、彼女は諦めなかった。
絶望しなかった。
本能に抗った。
ルリフィーネは、腕が震えるくらいに強く拳を握り続け……。
「それでも!! 私はスノーフィリア様を助ける!」
悲惨な光景を目の当たりにしながらも、ぐっと強くラファエルの方見据えながらそう叫んだ。
「よく言ったわね。流石は最強の使用人といったところかしら」
そんな中、スノーフィリアと戦っていたサクヤとセーラが加勢する。
「今は褒めている場合ではありませんよ」
「そうね、でも朗報よ」
「こいつ、スノーフィリア様じゃない」
二人に少し遅れて、ラファエルの愛を受けて生まれ変わったスノーフィリアが降り立つ。
「セーラさん……?」
「エンジェリアが言っている。スノーフィリア様はあそこに居るって」
セーラは胸の宝玉に手を当てて薄目のまま、ラファエルと樹が一体になっている部分からやや下の方を指差しながらそう告げると、その言葉を聞いたルリフィーネは困惑しながらも、目を閉じて今までの戦いを振り返る……。
少し前にルリフィーネは、ラファエルを打ち倒すべく最高の奥義を見舞った。
その時、ぼろぼろに砕けた幹の中に、雪宝石の輝きを見つけたのであった。
ただし、それはほんの一瞬であったため、見間違いという可能性も考えたのだ。
「……やはりそうでしたか」
「解っていたのね」
「確証はありませんでしたからね。でもセーラさんが言うなら間違いないでしょう」
だが、セーラが同様の結論へと至ると、自らの仮説が正しいと確信する。
絶望の中で必死にもがいていたルリフィーネの心に光が強く差し込み、強い希望と決意を宿した眼差しをラファエルへと向けた。
「サクヤ」
「ルリフィーネ」
「露払いは任せて」
「お願いします。セーラさん、サクヤ」
三人は各々が声をかけあい、サクヤはスノーフィリアへと向かい、二人はラファエルの方へと向かっていく。
「人間が生み出した人形……、つくづく業の深い」
ラファエルは先行するセーラへ、無数のしなやかな蔓と鋭い枝をけしかけながら、首を横に振った。
「業? 何それ知らない」
「所詮は人形ですね。そんな事も解らないなんて」
「そうじゃないの。善悪はあなたが決めるんじゃない、私が決めるの」
半ばあきれ返っているラファエルに対し、セーラはそう淡々と告げながら、神樹の攻撃を振り払う事に成功する。
この時、今までならばただ命令に従っていただけのセーラとは思えない発言に、激戦の渦中であるにも関わらずルリフィーネとサクヤは口元が緩んだ。
「そして、スノーフィリア様を救う事こそ、私にとっての善だから」
「ならば、既に私はあなたにとっての善というわけですね?」
「違います。あなたは間違っている!」
ラファエルの攻撃を退け、神樹とセーラの間に障害が無くなると、次にルリフィーネがセーラの後方から拳を振りかぶったまま突撃していく。
「何が……ですか?」
「あなたは自分の考えを押し付けた、自分で決めた善行を他者に強要した!」
「スノーフィリアが今までやってきた事じゃないですか? 何を今更……」
ラファエルは、今までの天使達の行動を全て見てきた。
その中には二人の姫であり女王であり、天使である少女の物語も当然入っていた。
「お前とスノーフィリア陛下を一緒にするなッ!!!!」
当然、ルリフィーネも女王の旅を見てきた。
主君がどんな体験をしてきたか、どんな経験をつんできたか、どんな苦行を乗り越えたか。
それら全てを理解していたからこそ、ラファエルの物言いがとても不快に感じたため、サクヤも驚く程に怒りを露にしながら、引いた拳を突き出して神樹の幹を再び粉々に砕いた。
そして、砕かれ中が確認出来る様になると、そこには無数の緑白に光る触手のようなものにしばられ、ぐったりとしていたスノーフィリアの姿が見えた。
「お母様!」
今までサクヤと戦っていた偽スノーフィリアは、ラファエルの窮地を知るとサクヤへ背を向けて救援に行こうとする。
「あなたは見た目と力だけ。所詮は抜け殻で、自身の意思は無い」
その隙と偽者のスノーフィリアの特性を、サクヤは逃がさなかった。
「チェリー・ブロッサムの名において命ずる。この場で自害せよ!」
サクヤの能力は、この世界には無い高火力な武器を呼び出す以外にも、もう一つある。
それは、言葉だけで意のままに相手を操る能力だ。
強い意志を持つようになった本物のスノーフィリアやセーラ、または元々持っていたルリフィーネには効かず、もう使う事は無いと自身も思っていた。
だが、意思の無い抜け殻となれば話は別である。
元々自身の心が無く、ただ高位の存在の命令に従順な偽のスノーフィリアには、サクヤの能力は有効であり、それを示すかのように逆さまの翼の天使は、光無き瞳のまま持っていた剣で自らの胸を貫く。
自らの急所を突いた偽スノーフィリアは、頭からゆっくりと地上へ落下しながら、光の粒となって消滅してしまった。
「力の言葉……、まさかそこまでやるとは。淫欲に墜ちた者……、忌々しい!」
まさかサクヤがここまでするとは思っていなかったらしく、今までどんな攻撃を受けても穏やかな笑みを崩さなかったラファエルの表情が曇る。
「ようやく、あなたの不機嫌な表情を拝む事が出来たわね」
それと同時に、サクヤは勝ち誇った表情をしながら、神への叛逆の意思を露にそう告げた。
「スノーフィリア様ぁぁぁあああ!!!!!」
そんな最中、ルリフィーネは砕けた幹の中へ手を突っ込み、神樹捕らわれていたスノーフィリアを無理矢理引き剥がす事に成功する。
「さあ、帰りましょう……。スノーフィリア様」
そして、自身の主君を抱きかかえながら、神樹ラファエルから離れた。
皆の希望を、取り返した瞬間だった。




