21. 聖なる祈り捧げる場所への来訪者
朝の仕事を終えたユキはお祈りを済ませ、洗濯をする為に近くの川へ向かおうと準備をしていた時だった。
「あれー? 新しい修道女さんかい?」
「ユキです。よろしくお願いします」
ユキにとって見慣れない人達が、お祈りを済ませるべく修道院へと次々と訪れる。
がやがやと賑やかな外の雰囲気につられ、ホタルが修道院の奥の部屋から出てきてユキと礼拝者のやり取りを見ると、ホタルは急にユキへ覆い被さるように抱きついた。
「可愛いだろー? まだここに来て間もないピチピチ新人シスターさんだよ?」
「何かお前さんが言うと、売春宿みたいだな? 服装も同じだし相変わらず卑猥だし……」
「失礼だなあ、この格好は神父公認だよ!」
ホタルの言い回しが別の意味に聞えなくもないのだろう。
見慣れない人達のうちの一人が、怪訝そうな顔で返答すると、ホタルは笑いながらユキをさらに強くぎゅっと抱きしめながら、神父にも認められている事を強調しながら伝えた。
「ユキちゃん、このランピリダエには気をつけろよ?」
「どうしてです?」
「男だけじゃなく、女にも手を出すって話さ。ユキちゃんは可愛らしいからなー、毒牙にかからないようにしないと」
「あはは……」
「こーら! ユキに変な事吹きこまないの!」
また別の人が、ユキに近づき敢えてホタルにも聞えるようにそう囁くと、ユキから離れて自らの悪口を伝えた相手を煙を追い払うかのように手で払いのけ、笑いながらも反論した。
それはユキにとって、とても仲睦まじい光景に見えた。
「あの……、えっと――」
「ああ、この人達は旅芸人の一座でね。座長が神父と昔親交があったから、近くに来たら寄っているみたい。勿論、私のお友達でもあるんだ」
私がここに来てから、初めて来た人たちだったんだね。
どうりで見た事が無いわけだよ。
確かに荷馬車から派手な色の旗が見えるし、一見ガラクタのような荷物も、実は大道芸の小道具だと考えればそう見えなくもないかな。
「シュプリーさんには、本当に助けて貰いました。我々が今もこうやって芸の道を続けられるのはシュプリーさんのお陰ですよ」
神父さまの名前が、修道院や近隣の村以外にも広がっているなんて。
そういえばついさっき、かつては音楽家として活動していたってホタルお姉さまが言っていた。
その時の知り合いなのかな?
「それよりも、うーん……」
今まで散々ホタルと仲良く言葉を交わしていた旅芸人の一人が、ユキの方を見つめるとじっと凝視したまま唸りだす。
まさか自分の正体がばれてしまったと、内心冷ややかになるユキだったが……。
「水神の国の王女様に似ているって言いたいんだろう? 確かスノーフィリア王女殿下だっけ」
ユキは予想もしていなかった出来事に、思わず表情を強張らせてしまう。
ここで自分が元とはいえ水神の国の姫だと知れば、大騒ぎになるのは必至であり、当然今の生活も激変してしまう。
それをあろう事か、ホタルお姉さまが話しちゃうなんて!
「そう! ランピリダエの言うとおりだ。誰かに似てるなって思ったけど、ここの亡くなられた姫様にそっくりだ」
ばれた後の自分の身の振り方を考えようとした時、旅芸人の言葉がユキの頭の中でひっかかる。
「亡くなられた……?」
「ああ。詳しい話は解らないけど、国王と王妃と姫が何者かによって殺されたらしい」
確かにお父様やお母様は命を奪われてしまった。
でも、私はこうやって生きている。
会場から居なくなって足取りも掴めず、行方不明になったからかな?
「物騒だよねえ」
「ああ全くだよ。その後、元老院が政権を引き継いだから国の運営に問題は無さそうだが、それでも国王の直系の血筋の人らが全員殺されるってただ事ではないからな」
国王に対して政治の助言や、国王自らが赴くほどではない小さな出来事は元老院と呼ばれる機関で遂行しているのは、ユキも知っていた。
国の舵を握っていたお父様が居なくなったから当然と、ユキは一瞬思った。
しかし、何か引っかかるのはどうして?
ユキは今までの起きた出来事を振り返り、ある場面を思い出す。
”国王と王妃の両方が亡くなられ、今まで水神の国を統治していたアクアクラウン一族は急速に力を失った。それと同時に国家の上層部は大きく再編されて、新たな役人達によってスノーフィリア殿は現在の地位を剥奪されたのだ”
そうだ、そんな事をコンフィ公爵が私に言ってた。
あの言い方だと、生きているって知っておきながら私を退けたとしか思えない。
でも、あれからそれなりに月日は経っているから、事件の起きた当初はまだ私を探していて、ある程度探したけれども、結局見つからないから死亡扱いにしたとかかな?
だけどなんだろう、この胸のざわめき……。
「さてと、お祈りを済ませよう。明日も生きられるようにってね」
ユキは様々な考察をしている最中、旅芸人は笑いながらそう言うと礼拝堂の中へ入って行った。
「……ああやって敢えて言っちゃえば、以降は疑われにくくなるからね。驚かせたかな?」
「あ、うん、ちょっとだけ……」
ユキは深く考え事をしていたせいか、ホタルの呼びかけに対して若干遅れながらも、少し間の抜けた返事をしてしまう。
「お姉さまを信じなさい! 人生経験だけは負けないよ!」
「はい」
ユキの考えを察したホタルは、いつものけだるい雰囲気ではなく少女の様に明るい笑顔で、ユキの頭を撫でながら自信満々に言った。
「ここがシュプリー神父の居る修道院かね?」
「そうですが、何かご用でしょうか?」
そんなやりとりを終えた直後、初老の男性二人組みが現れる。
片方は妙に仰々しい格好をしており、襟に正教のマークが刺繍された衣服を身につけている事から、恐らくは教会内でも相当地位の高い者だろう。
もう一人は控えめな格好をしており、仰々しい格好の男性の半歩後ろに控えているあたり、地位の高い人の付き人か世話役あたりか。
それら人間関係を察したユキは気を使いつつも質問には答え、後に何故神父に用事があるかを聞く。
「こら娘。審問官様に気安く話しかけるではない。お前は質問に答えていればいいのだ」
ユキの質問に対し付き人であろう男性は、こちら側を威圧するかのように見下しながら言い放つ。
審問官って、もしかして正教の人なの?
正教の異端審問官。
教義に背いている者や、正教関係者の犯罪を厳しく取り締まる人達であり、かなり高位の存在とユキは教えられていた。
そういえば、直接は話した事が無かったけれども、国の祭事ではほぼ必ず出席していた気がする……。
そんな人達がどうしてこの教会に来ているの?
誰か悪い事でもしたのかな?
「ふむ、最早神父を呼んで申し開きをする必要もなさそうだが……」
異端審問官はホタルとユキと見て一呼吸置いた後につぶやくと、付き人に目線で合図して修道院の中へと入っていってしまう。
「ちょ、ちょっと!」
慌ててホタルが二人を止めようとするが、異端審問官と付き人はホタルを一切無視した。




