216. 命を賭して光を掴め
深緑の穢れが周囲を包み込む中。
「やあっ!」
「……」
木製の剣を振るう逆翼の天使スノーフィリアと、この世界には無い武器を創造する黒翼の天使サクヤが戦っていた。
サクヤは拳銃を両手で持ちながら、間合いをあけて発砲する。
だがスノーフィリアは弾幕を掻い潜り、サクヤの懐へ入り木製の剣を振るう。
サクヤは振るった剣を拳銃のスライドやグリップの底で受け止めながら、近距離で発砲しつつ再び間合いを離していき、重火器を叩き込むチャンスを見計らっていく。
そんな一進一退の攻防が、空中で幾度が繰り広げれられた時。
サクヤにチャンスが訪れる。
「……剣を弾いた! 今ならば!」
銃弾をスノーフィリアの武器を持ち手に当て、木製の剣を手放させる事に成功したのだ。
それは千載一遇のチャンスであり、サクヤがスノーフィリアを救う唯一の作戦を行う絶好の機会だ。
しかし、現実はサクヤの思惑通りには進まない。
スノーフィリアは無表情のままサクヤとの間合いを離していき、利き手を前へと差し出して指をしなやかに動かすと……。
「天使スノーフィリアが命ずる、大樹の導きよりいずる戦士よ。母に仇なす者を切り伏せ! 神翠水晶の聖剣士!」
光り輝く陣を展開し、自身を守る戦士を創造したのだ。
「くっ、術は健在ってわけね……」
今まで、不慣れな剣術を用いていた。
だからこそサクヤは、母の庇護を受けて生まれ変わったスノーフィリアは、今まで使ってきた術が使えないと僅かな期待を抱いていた。
しかし、サクヤの淡い期待は裏切られてしまった。
緑色に輝く水晶の剣士は、猛然とサクヤへと襲い掛かってくる。
その力、速度、剣術の腕前はスノーフィリアを遥かに凌駕していた。
「でも間合いを離したのがまずかったわね」
天使となったサクヤはスノーフィリアと同様に、姫として変身した時以上の力を扱える。
当然、より強力で高火力な武器も容易に呼び出せる。
二人の距離が離れていたお陰か、サクヤは咄嗟に無数のミサイルを呼び出して剣士へそれらをぶつけ、スノーフィリアの攻撃を難なく退ける事に成功した。
「天使スノーフィリアが命ずる、大樹の導きよりいずる魔術師よ。母に仇なす者を燃やし尽くせ! 神翠水晶の魔道士!」
サクヤの壮絶な攻撃を目の当たりにしても、眉一つ動かさない。
今まで見た事の無い冷静さと冷徹さをもって、スノーフィリアは再び術を発動させる。
次に現れたのは、緑色の水晶で作られている、法衣を身に纏った厳格そうな雰囲気漂う老年の男性だった。
老年の男性は呼び出されてすぐに詠唱し終えると、その両手から竜巻のように渦巻く炎をサクヤへと放ってきた。
サクヤの間合いを離した行動が逆手に取られたのだ。
「……」
しかしサクヤはこの程度では怯まなかった。
相手の得意な射程距離である事を瞬時に見破ると、老年の男性の攻撃をぎりぎりで避けながら一気に間合いを詰めていき、懐へ飛び込み無数の銃弾を浴びせた。
老年の男性の胴体に無数の風穴が出来ると、スノーフィリアが呼び出した存在は粉々になり消滅していった。
サクヤは、二度にわたってスノーフィリアの術を打ち破ってきた。
そんな圧倒的な攻撃は、逆翼の天使になる前ならば、少しでも驚くはずだった。
「天使スノーフィリアが命ずる、大樹の導きよりいずる……」
それでもスノーフィリアは表情を一切変えることなく、濁った瞳でサクヤを見ると、再び術を発動させるために利き手を差し伸ばそうとした。
「動きが、止まった……?」
本来ならば、術によって新たな存在が現れるはずだった。
だが、スノーフィリアは指をピンっと伸ばしたまま硬直してしまう。
その動作が、サクヤの心に僅かな迷いと戸惑いを生み出すと共に、スノーフィリアと同様に動きを止め、次の行動を見定めるべく身構えた。
そして、しばらく緊張と静寂の時間を経て、スノーフィリアは動き出す。
「お願いルリ、あいつをやっつけて」
「な、あなたはっ!?」
なんと、次に呼び出したのは、スノーフィリアがずっと慕ってきた使用人を模した存在だったのだ。
サクヤはすかさずルリフィーネの方を見つめた。
彼女は神樹ラファエルの枝や蔓による攻撃を避けつつ、どうにか反撃の糸口を探している。
「うあああっ!」
サクヤが視線を逸らしたほんの少しの時間だった。
生み出された翠緑のルリフィーネは、その僅かな隙をつき、今まで呼び出されたどの存在よりも素早くて力強い一撃をサクヤへ見舞った。
飛んでいたサクヤは体勢を戻す事が出来ず、そのまま地面へと叩きつけられてしまう。
「う、うぅっ……」
翠緑のルリフィーネから受けた攻撃は予想以上に、サクヤに体を痛めつけた。
目立った外傷こそ無かったが、衝撃によって指先すら動かせずにいた。
サクヤの作戦は、スノーフィリアへ近寄らなければ出来ない。
どうすれば目的を達成出来るか?
どうすれば彼女を救えるか?
朦朧とする意識の中、諦めず必死に考えた。
しかし、無慈悲にも翠緑のルリフィーネはサクヤへ止めを刺そうと、片足をつき出したまま急降下してくる。
このままでは、いくら天使として変身し光の力を纏っているとはいえ、ひとたまりも無い。
どうにか体を動かそうとしたが、願いは届かず焦りともどかしさが募る。
「ここまで……、なの!?」
サクヤは最後を予感し、視線を逸らして目をぐっと瞑ろうとした。
その瞬間だった。
突然、横から白い翼を背負った人物が、落下する翠緑のルリフィーネを蹴り飛ばしたのだ。
「あなたは……、エンジェリア?」
目を強く閉じていたせいか、視界はぼやけていたためその姿ははっきりとはしない。
だがそれは、秘密結社トリニティ・アークが長年研究した末に生み出された、最後のジョーカードールであり、世界の破滅を救う正真正銘の切り札だ。
彼女は切り札として相応しく、不浄の聖気を浄化するという大技を成したが、結局大樹ラファエルによって倒されてしまった。
そんなエンジェリアが何故再び立ち上がったのか?
致命傷を受けて、もう動けないのは遠目でも解っていた。
サクヤは困惑しながらも、目をゆっくりと開けていくと……。




