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ゆきひめ ~六花天成譚詩曲~  作者: いのれん
Last ∞th Part. 地に墜ちた雪花は、天へと昇る
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215. 一人咲き黒桜

 サクヤには勝算があった。

 想像を絶する火力を創造出来る自身の力と、同じ資質を持つスノーフィリア。

 そして天使の力を持った生体魔術兵器エンジェリア。

 三体の力をもってすれば、世界の破滅すらも打ち破れると信じていた。


「くっ……!」

 だが、サクヤは今窮地に陥っている。

 仲間であると見込んでいたスノーフィリアが、敵の手によって墜ちてしまったからだ。


 墜ちた者の攻撃は、一切の情けが無い。

 瞳に光を宿さないまま振り切る剣には、母である神樹ラファエルの命令に服従するという抜け殻の意思しか感じられなかった。


「何をやっているの!? 目を覚ましなさい!」

 スノーフィリアは、剣術を習ってはいなかった。

 だが、彼女は未熟な腕を驚異的な身体能力で補っているのだ。

 故にサクヤは、スノーフィリアの攻撃に対して防戦一方だった。


「あなたには感謝しますよ。天使の力が目覚めて神性を取り戻しつつあるこの子が、私の愛を受け入れるのは容易かったですから」

「愛を強制させるなんて、とんだ神様ね!」

「強制? この子が自らの意思で受け入れたのですよ、ふふ」

「どうせ、洗脳とか快楽漬けとかにしただけでしょう!」

 サクヤは今までの経験から、スノーフィリアが何をされたのか真実に近い予想を持っていた。


「あなたに言われたくはありませんね」

 ラファエルもまた、地上で生きてきた天使達が今まで何をしてきたかを知っており、サクヤに対してそう返した。

 それでも、自分がしてきた行いを悔いる事も心が揺らぐ事も無く、墜ちたスノーフィリアを救いラファエルを打ち倒す方法を考え続けた。


「くぅっ……!」

 サクヤも天使として変身し、驚異的な身体能力を身に付けた。

 それでも剣術に関しては素人同然であったため、他事を考えてしまうとスノーフィリアの攻撃を避けられなくなってしまう。


「私はあなたやこの子の目を通じて見てきました。だから何でも知っているのです。あなたが何を思い、この子に何をしたのかを……」

 スノーフィリアを、世界の破滅に立ち向かう勇者として成長させる為にサクヤは、ありとあらゆる手を尽くし、そして彼女の気づかないところでずっと見守ってきた。


 そして下した結論は、彼女では荷が重いという内容だった。


 十歳という幼さに加えて世間も苦労も知らない、誰かに守られっぱなし、かつ誰かに頼りっぱなしの大甘な姫君に世界の破滅へと立ち向かうのは無理だと悟ると、スノーフィリアをネーヴェへと洗脳して、厄災の根源が目覚めないよう、水神の国の封印をしたのであった。


 仲間の助力があったとはいえ、困難を乗り越え天使として目覚めた時、サクヤは内心期待した。

 破滅へと立ち向かうには、一人では心許無かったのは自覚しており、大幅な戦力向上が見込めると確信したからだ。


 だが今は、サクヤ一人で戦っている。

 それは、紛れも無く最悪の状況だった……。


 サクヤはそんな苦境であったとしても、懸命に立ち向かった。

 スノーフィリアの攻撃を掻い潜り、ラファエルの懐へと飛び込み、爆弾を設置してこの状況を打開しようと試みた。


「私を、至高の存在を目指した鋼鉄の母と同じとは思わないでくださいね。私こそが本当の神なのですから」

 しかし彼女の今までの戦いを見てきたラファエルは、その戦法を看破していたため、蔓を巧みに伸ばして付けられた爆弾を外して空中へと放り投げてしまった。

「くっ……」

 あらぬ方向へ飛んでいった爆弾は炸裂し、サクヤの長い髪を揺らす事しか出来なかった。


 もうなす術は無いのか?

 自分一人では何も変える事は出来ないのか?

 このまま世界は腐食し、飲み込まれてしまうのか?


「私の祝福を阻害する者……、邪魔ですね」

「エンジェリア!!!」

 どうにか次の作戦を考えようと、スノーフィリアと交戦しつつラファエルとの距離をとった時だった。

 今まで大樹の呪いが広がるのを防いでいたエンジェリアが、鞭のようにしなやかで強靭な蔓によって払い落とされてしまった。


「この祝福に包まれた人間と天使は、あなたのような愛を忘れた者以外ならば確実に私の子へと生まれ変わる」

 深緑の霧が再び周囲を包んでいく。

 視界が悪く、神樹の力が最大限発揮される呪いの中では、サクヤに万に一つの勝ち目は無い。


 遂にサクヤは銃を手放して俯き、その場で座り込んでしまう。

 そしてどうする事も出来ないと自覚し、今まで絶対に流す事が無かった絶望と悲しみの涙を流そうとする。

 その時だった。


「それなら、私は大丈夫ですね」

 サクヤの後ろから声が聞こえてくる。

 振り向くと、そこにはいつもの笑顔をしたルリフィーネがゆっくりと歩いてきた。


「ルリフィーネ……! あなた、あの爆発に巻き込まれたのでは……?」

「正直危なかったですよ。ですが、どうにか凌ぎきりました。今までの修行の成果ですね」

 サクヤはルリフィーネの姿を見て、ほんの少しだけ驚いた。

 それは、彼女がかつて暴走したサラマンドラと戦った時と同じく銀色のメタリックな翼を背負い、全身から同色の光が迸っていたからだ。


「未来は……変わろうとしている」

 サクヤの見た夢では孤立無援で戦った結果、敗北し世界が滅んでいく。

 だが、今は違っていた。

 スノーフィリアと旅をした事によって、ルリフィーネは秘めた力を引き出すことに成功し、今共に神へ立ち向かおうとしているからだ。


「元々、決められた未来なんてありませんよ」

「……そうね、あなたの言うとおりよ」

 サクヤは目をぐっと閉じて開き、涙を見せないようにした後にゆっくりと立ち上がっていく。


「私はあの大樹を食い止めます、スノーフィリア様を戻す算段が……あるのでしょう?」

「……まあね」

 ルリフィーネのその言葉と共に、サクヤにある決意をさせた。

 それは、スノーフィリアを戻す唯一の術であり、危険な賭けであった。


「ルリフィーネ」

「何でしょうか?」

「あなたはスノーフィリアにとって必要な存在、だから必ず生きて帰ってきなさい」

 ルリフィーネが来たとはいえ、お世辞とも良い状況とは言えない中。

 サクヤはいつもの冷静な表情のまま、スノーフィリア専属の使用人へそう告げた。


「当然ですね、別にあなたに言われるまでもありません」

 使用人もまた、いつも通りの笑顔と態度を崩さないままそう告げて、大樹へとゆっくりと向かっていく。


「……ですが、ご心配感謝します」

 そしてサクヤに背を向けたままそう一言だけ告げると、神樹ラファエルへと突っ込んでいった。

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