214. 絶望を乗り越え、手繰り寄せるは……
水神の国、国境付近の上空にて。
「目標地点まで、あと少し……」
黒い翼と白い翼、二体の天使は王都を目指していた。
白い翼の天使は自らの翼で飛んでおり、黒い翼の天使は、かつてこの国の女王を葬ろうとした時に使ったミサイルと呼ばれる大型爆弾に乗っている。
「サクヤ様、あれでよろしいでしょうか?」
二体の天使達が目的へと間も無く到着しようとする時、白い翼の天使は人形のように無機質な口調で黒翼の天使サクヤへそう確認する。
「ええ、あれがこの世界を滅ぼす穢れよ」
彼女達の眼下には、深緑色の霧がドーム状に広がっている。
それは、スノーフィリア達が蛹から生まれた天使を倒した事がきっかけで生じた、爆発によってもたらされた風景だった。
「さあ、行くわよ」
「はい」
天使サクヤはミサイルを乗り捨て、自身の翼をはためかせて空中へと浮く。
制御を失ったミサイルは、水神の国土を半分覆った深緑の穢れの中へと落下し、大爆発を引き起こした。
「腐敗中和結界作動、臨界点カウントダウン開始」
その爆発を確認した白い翼の天使はそう言うと、一時的に霧散した穢れの中へと飛び込み、両手と翼を広げる。
すると、元に戻ろうとした深緑の穢れは分解されて、この場の風景は本来の色へと戻っていくと共に、深緑の穢れを放出している者の正体が明らかになっていく。
「初めまして、”お母様”」
穢れの中心部に存在していたのは、禍々しく成長した大樹と一体の天使だった。
その天使は下半身がその大樹と一体化しており、目を閉じて穏やかな表情をしたまま微動だにしない。
「あなた方は……」
大樹の天使はサクヤの声に気づいたのか、ゆっくりと瞼を開いていき、濁った深緑色の瞳で周囲を窺う。
「感動の再会をしてすぐに申し訳ないけれど、あなたには消えて貰うわ。不浄の神樹ラファエル!!」
声の主を確かめるように、大樹の天使が手を差し伸ばそうとしている時だった。
サクヤは無数の爆発物を呼び出し、一斉にそれらをけしかけたのだ。
呼び出された数々の爆発物は一直線に神樹へと向かい衝突すると、轟音と共に大爆発を引き起こし、大樹を一体となった天使諸共吹き飛ばそうとした。
「……」
大樹と一つになった天使は、かつて天界の中でも高位天使として、他の位の低い天使達を管理指揮してきた大天使ラファエルであり、彼女は他者を傷つける事は不得意だが、一度命尽き果てた生命を再び蘇らせる禁術を扱える唯一無二の存在である。
もちろんその事は、サクヤも解っていた。
それでも、あれだけの火力を集中させれば、大樹は無残な姿へ変わっている。
そう信じていたが……。
「私が司るは生命、この程度の攻撃による修復は造作も無い」
煙が晴れて無事な大樹と天使を見ると、サクヤは気だるそうに鼻を一つ鳴らした。
「翼の黒い天使は、快楽によって主への愛を失った失敗作……」
サクヤの存在を知覚したラファエルは、声のトーンを落としてそう一言だけつぶやくと。
「私が愛する必要はありませんね。滅しなさい」
今までの穏やかな口調から一転、冷徹にそう告げる。
「確かに、私はあなたの庇護を受けられない……」
天使は光の神、すわなち天界の主に対して絶対である。
無条件で主を信じ、無条件で主に憧れ、無条件で主を恐れ、無条件で主を愛する。
それは生物でいうところの遺伝子レベルで刻まれた事実であり、あがなう事の出来ない真理だ。
だが、そんな天使達にもイレギュラーは存在した。
主の愛を省みず、主への信頼を忘れ、主以上に”他者へ”愛情を注ぐ者が現れたのだ。
そして主以外に純潔を捧げた天使は、いかなる理由であってもその象徴として、背中の穢れ無き白き翼が漆黒へと染まる。
「だがそれは、あなたへの愛情も畏敬も無くなったという事」
サクヤはまさに、そのイレギュラーだった。
もっとも、彼女は無理矢理純潔を奪われてしまったのだが、他者と交わったという事実には変わりない。
「今の私は、主であるあなたへ何の躊躇いも無い!!」
だからこそ、天使が本来もつ主への気持ちは無い。
サクヤは再び意識を集中し、先ほどよりも数多くの火気物を呼び出そうと両手を広げる。
「そうですか……。躊躇いを乗り越えたというのならば、試してみましょう」
戦いは、一見サクヤが有利に見えた。
それなのに、ラファエルは余裕だった。
サクヤは何故彼女がそういう態度をしているのか解らなかったが、次の瞬間その意味を思い知ってしまう。
「さあ、あの堕落した者を消しなさい」
ラファエルの言葉と共に、生命の樹の一部がぐにゃりと変形すると、その中から一体の天使が現れる。
彼女も黒色の喪服ドレスを身に纏い、背には上下逆さまの翼が生えており、生気なき深緑色の瞳のまま遠い方向を見つめている。
サクヤは、独自のルートで翼が逆さまの天使に関する情報を得ており、彼女達が特異な存在である事は知っていた。
「あなたは!?」
だがサクヤは、身を引いてしまう程に驚いた。
何故ならば、現れた翼が逆さまの天使は、サクヤが期待し続けてきた水神の国の女王スノーフィリアだからだ。
「かしこまりました。お母様」
逆翼の天使スノーフィリアは薄緑色の唇を動かすと、サクヤへと真っ直ぐ突っ込み、持っていた木製の剣で切り裂こうとしてきた。




