213. トケオチル少女
「おはようございます。スノーフィリア様」
心地よい日差しがスノーフィリアの体へと注ぎ込んでくる。
まだ眠気を残しながら瞼をゆっくりと開けていくと、見慣れた景色が広がっていた。
国内最高峰の職人達が作ったベッドの上で、最高級の寝具が敷かれている。
窓にかけられたレースのカーテンは優しくひらひらと揺れ、部屋にはスノーフィリアの一番の理解者である宮廷ハウスキーパーのルリフィーネを筆頭に、複数のメイドが指示を待っている。
その光景は世界を統治している大国の一つである水神の国の女王ならば、当たり前であり必然の日常だ。
「おはよう。ルリ、みんな」
スノーフィリアは挨拶を返しながらも、いつも通りの朝の訪れに多少戸惑ってしまう。
あれ?
今までの出来事はなんだったの?
何か悪い夢でも見てたのかな?
そう頭の中で解決しようと努めながら、専属のメイドであるルリフィーネを心配させないように安堵の笑みを見せながら挨拶を返した。
「スノーフィリア様、今日はどのお召し物に致しましょうか?」
そんな他愛もない会話を終えると、ルリフィーネは自らの主に笑顔を見せながら、姫の部屋のクローゼットを開ける。
そこには彼女の為だけに仕立てあげられた特注品のドレスが複数着かけられていた。
「こちらの水色も良いですし、白も素敵ですが……。迷ってしまいますね」
「ルリ、今日は白にするね」
「かしこまりました」
それにしても、なんて酷い夢だったのだろう。
……何か良くない出来事の前触れなのかな?
スノーフィリア自身も何故あんな夢を見てしまったのか解らず、またあまりにもリアリティがありすぎたせいか、寝起きの大して働いていない頭で思わず考え込んでしまう。
「ではこちらをどうぞ」
ルリフィーネは、主であるスノーフィリアが指定した白のドレスを手渡す……はずだった。
「え……、これって……」
瞬きをしたほんの僅かな時間だった。
「どうかされましたか? スノーフィリア様」
優しい微笑みで女王に接していたルリフィーネの姿に、何かが重なって不確かに見えてしまう。
スノーフィリアは目を凝らして見つめ、その何かの正体を明らかにしようとした。
「る、ルリ……?」
そしてその正体が次第に解ると、スノーフィリアの顔色はみるみる悪くなっていく。
生気のない緑色の瞳、根元には蔓が巻きついている上下逆さまの翼、緑と黒を基調としたドレス。
それらは紛れも無く、翼が逆さまの天使の特徴そのものだったからだ。
「何を迷っているのですか? さあ、スノーフィリア様も委ねましょう。お母様に……」
目の前のルリフィーネがだんだん遠くなり、景色がぐにゃりと歪んでいく。
明るい朝日が差し込む自室は、みるみるうちに薄暗い風景へ変わって行き……。
「うぅ……、ここは……」
目の前には、初めて見る光景が広がっていた。
樹洞から噴き出す胞子と光の粒、いびつな形の雲が漂う空、飛び交う名も知らない羽虫。
それらは全て、腐敗した緑色をしている。
「目覚めたのですね」
スノーフィリアは樹の蔓に全身を絡めとられてしまい、一切動かせない。
そんな不安に満ちた中で聞こえてきた声は、とても安らかで心が落ち着くものだった。
「ですが、まだあなたは私の祝福を受けきってはおりません。もうしばらく眠りなさい」
声は聞こえている、視界もはっきりしてきた。
しかし、誰が喋っているかは解らない。
「ね、ねえ……、あなたは……、誰なの……?」
「私は天界の主にして、あなた達の母である存在……」
スノーフィリアが声の主に問いかけ、その答えを聞くと視線をおろして自身の姿を見つめる。
胸元には、樹の枝が深々と突き刺さり、そこから樹液にような物が滴れている。
同時に、自身の服装が翼が逆さまの天使と同じく黒い喪服ドレスになっている事に気づいた。
恐らく……、いやそんなおぼろげじゃない。
確実に、先ほど倒した天使と同じになっている。
だが、恐怖は無かった。
変身した時の高揚感も、天使としての神性も無かった。
ただ、全てを蕩けさせるような安らぎだけがあった。
「おかあ……さま……」
スノーフィリアは体が動かせず、何の抵抗も出来なかったので、その安らぎに身を委ねた。
この時、不思議と罪悪感は無かった……。




