211. 降神
「ならなくてもいいって……、どういう事?」
己が存在を認め、そして然るべき運命を受け入れるしかないと思っていた矢先の一言は、言われた本人も周囲の人達も等しく混乱するには十分な内容だった。
スノーフィリアはその真意を確かめるべく、不安な面持ちのまま問いかけた。
「君は本当にいい働きをしてくれたんだよ。僕は本当に感謝しているんだ!」
少女の天使が先ほどから言ってきた、いい働きの内容。
それはてっきり主としての力や、天上の存在が持っている考え方、すなわち神性への目覚めだと思っていた。
「……だって、”ママ”が地上へ降りる最後の準備を手伝ってくれたんだからね」
「えっ!?」
少女の天使が唐突に告げた、母親の存在。
その存在については、スノーフィリアも心当たりが無かった。
何故なら、天使達は天界の中心に存在する大樹から生まれ、本来ならば天使を生み出すにはその樹と天界の主の力が必要だからであり、生物的な意味での母親と言う存在は有り得ないからだ。
「母親……、天使にもそういった存在があるのでしょうか?」
「駄目だわ、全然わかんない」
今まで二人のやり取りを聞いていたマリネとミズカも、それらについて考えた。
だが天使や天界という超常的な存在を、この世界で普及している科学や魔術で計ることは到底不可能であったため、二人とも頭を抱えて唸ってしまった。
「僕達はずっとこの地上で動いてきたんだよ?」
マリネとミズカが悩もうとも、まるで蟻の行進を踏みつけても気づかないように、天使の少女は再びスノーフィリアへと語り始める。
「天界の主であり、僕達を生み出してくれた存在をこの地上へ降臨させるためにね!」
「ねえ、地上に呼んでどうするつもりなの? 私の役割って何なの!?」
スノーフィリアの運命が主となって天界を統治するのではないならば、自らが生まれてきた目的は何か?
本来は天界の住人である主を降臨させる理由は何か?
大量の情報が錯綜する中、混乱しないよう必死に自分を持ちながら、強い口調で問いかけた。
「君は確かに主の力を持った特別な天使だけど、君が主になる必要はないんだ。でもねー、君にしか出来ない事があってねー。僕は苦労したんだよ?」
天使の少女の言っている意味が、スノーフィリアは勿論他の二人も意味が解らず、また質問の答えをはぐらかされた事を悟ると、一同は再び不快感を露にした。
「どういう事……なの?」
ただそれでも、何か大役があると告げられてしまい、胸に手を当てながらその事を聞こうとした。
「天使の力に目覚め、天使として真に覚醒し、絶望的な悪夢を見て……。君はその悪夢に対抗するため、様々な知見と力を得てきた。そして君だけの力で念願を叶えた」
まだ天使の力も目覚めていないただの使用人だった頃に、変身の仕方を教えることが出来る相手ならば、自らの今まで歩いてきた旅路を把握していてもおかしくはない。
スノーフィリアはそう思っていたため、天使の少女が女王の半生を語っても動揺を最小限に食い止める事が出来た。
「それらが、全部偶然だと思っていた? 都合が良すぎると思わなかった?」
「まさか……!」
「そうだよ! 君が思ったとおり、それこそが僕の本当の狙いだったんだ!」
しかし、ここに至るまでの”スノーフィリアの旅全て”が、全部予め仕組まれていた事であると知ると、胸の鼓動は早まり呼吸と気持ちが乱れてしまった。
「じゃあ、あれは何……?」
今までの出来事は、全て蛹から生まれた天使を倒すためのお膳立てだった。
それならば、その天使は一体何者なのか?
魔術や体術をことごとく跳ね除けてきた、ほぼ無敵に近かった防御を持つあの天使は、何のために現れて何をしたかったのか?
「彼女もまたイレギュラーだからね。話せば長くなるから、気になるなら過去の歴史をくまなく調べてみれば~?」
「……倒す事でどうなるの?」
「ここ一帯にきらめく光の粒が、どうしてずっと舞っているのか気にならない?」
スノーフィリアの強い問いかけに対して天使の少女は、ただ意味深な回答をするだけだった。
「ふふふ、でももう話すのも疲れちゃったし、あとは自分の目で見てね! じゃあ、ママによろしく!」
そして、天使の少女は笑顔のままそう告げると、自身の翼から一本の鋭く尖った枝のような物を取り出し、それを自らの首へと突き刺し捻る。
たちまち天使の少女の頭と胴が離れてしまうと、体は力なくその場で倒れてしまい、刎ねた首は表情を変えないまま宙へ飛んでいくと蛹の天使と同様に光の粒となって消えてしまった。
「なっ、うそ!?」
「自分の首を切った!?」
突拍子も無い言葉、態度、そして行動を見せられたルリフィーネとミズカは驚きを隠せず、セーラはいつもの無表情なままその場で立ちつくしていた。
「あの、スノーフィリア様……?」
それでもどうにか我に返ったルリフィーネは、短時間で驚愕の事実を突きつけられたスノーフィリアの事を心配し、不安げな表情をしながら背後から声をかけるが……。
「来る……」
「えっ?」
「みんな! 逃げてお願い!!!!」
スノーフィリアの必死な形相と大声に、どういう理由かを聞こうとした時だった。
今まで周囲にちらついていた光の粒が一瞬のうちに膨張し、彼女達が居る周囲一帯は気を失うくらいの光と高音に包まれた。




