209. かつて人であり神だった存在
じわじわと大地の腐敗が広がろうとしている時だった。
「ねえ、一つ思いついたんだけども」
そんな中でミズカは、ユキの方へと視線を向けながらいつもよりもワントーン低い声で話し始める。
「攻撃を返してくるんだよね」
「うん」
「それならユキの召喚術だとどうなるの?」
翼が逆さまな天使への攻撃は、同じ力と量で攻撃をした者へ返ってくる。
その事は身をもって体験済みであり、この場に居た人達の共通の認識だ。
「術者に返ってくるの? それとも召喚した存在に返ってくるの?」
だが召喚術は、今までの攻撃とは違う。
召喚し命令を下しているのは術者本人だが、実際に攻撃をしているのは呼び出された存在だ。
全員は、その発言に対して熟考したが、誰も返事をしなかった。
それに対する明確な答えを、誰も持っていなかったからだ。
「前者だったら考え直しだけど、後者ならどうかなって」
「そんな事しても大丈夫なのかな?」
「私が見た感じ、ユキの召喚術って別の世界の存在をそっくりそのまま呼び出すんじゃなくって、この世界で動ける体を用意して、それに憑依させて動いている感じだと思うんだ」
この時ユキは、ラプラタから告げられた創造の術に関する事は言わず黙っていた。
理由は二つあった。
今この場所で言えば全員を混乱させるだけだと思った事と、ユキ自身もまだ気持ちの整理がされていなかったからだ。
「だから、体は壊れても呼び出された存在は実質無傷ってわけ。まぁ仮説だけどね」
「……解った、やってみる」
ユキは視線を落とし、様々な思いを胸に抱きながらミズカの提案に対して一つだけ頷き、胸の雪宝石のペンダントをぎゅっと握り締め……。
「解放する白雪女王の真髄!」
翼が逆さまな天使を打ち倒し、世界を救うと強く思いながら解放の言葉を発した。
強い願いは眩い光となり、その光によって女王は包まれていくと、今まで着ていた衣装が変化していき……。
「雪花繚乱! スノーフィリア聖装解放!」
スカートがふわりと広がった水色のドレスでその身を纏うと、光は粒状となって散らばり、この場を明るく照らした。
「スノーフィリア・アクアクラウンが命ずる。過去と未来の光を束ねし者よ、我の下に姿を現し、その超常の力にて大地の蝕みを浄化させよ! 白雪水晶の聖煌操者!」
そしてスノーフィリアは、すかさず召喚術を発動させる。
光で描かれた円陣から、法衣を着込んだ男性が現れた。
「私を呼びましたか? サモナー、用件をどうぞ」
法衣の男性はかけている眼鏡を手で持ち上げながら、少し事務的な雰囲気で女王へそう言う。
「あの天使をやっつけて欲しいの」
「かしこまりました」
スノーフィリアの指示を聞いた法衣の男性は持っていた分厚い本を開くと、そこから光が溢れ出すと共に、天から光が降り注いでいき天使を包みこんでいった。
「あ%ぐっ+……、いた$……い]よ……」
法衣の男性が呼び出した光は、天使の肉体を焼き、腐敗した大地を浄化しようとする。
このままいけば勝てるかもしれない。
誰もがそう思っていた時だった。
「こ:のまぶ{しいの.も、かえ&すね」
天使は片手を天高く上げると、法衣の男性にも同じ様な光を照射させて反撃をしてきた。
法衣の男性は焼かれてしまい、光の粒となって消滅してしまった。
「やっぱり予想通りだね」
「スノーフィリア様ではなく、召喚した存在に攻撃を返しましたね」
結果的には、召喚術は破れてしまった。
だが、呼び出したスノーフィリアは無傷である事が解ると、全員は勝機を確信した。
「スノーフィリア・アクアクラウンが命ずる。閃光と灼熱の世界を統べし炎の化身よ、我の下に姿を現し、その紅蓮なる力にて大地の蝕みを焼却せよ! 白雪水晶の轟火焔者!」
その気持ちに呼応し、スノーフィリアは再び召喚術を使う。
次に現れたのは、全身が常に燃えている人型の生命体だった。
「どうした? 何が望みだ?」
「あの天使を攻撃して」
「解った」
翼が逆さまの天使は、世界を滅ぼす存在といえど、見た目は愛らしい少女である。
それにも関わらず冷酷に指示を出し続けるスノーフィリアに、周囲の者はどこか違和感を抱きながらも、女王を見守り続けた。
「あ`つい@よ……」
スノーフィリアの攻撃によってある変化が生じ始めた。
今までどんな攻撃も効かなかった、一切変わり映えのしなかった天使の表情がゆがみだすと同時に、彼女の体を覆っていた黒衣や枝葉の一部がちりちりと燃えていったのだ。
傷を再生する力よりも、傷つける力が上回ったのか。
あるいはスノーフィリアの力によって、与えた傷は治せないのか。
何が正解かは誰にも解らなかった。
だが、このままいけば、世界の崩壊という最悪のシナリオを回避出来ると思った。
「効いていますね」
その主人の圧倒的な力に感服しつつルリフィーネがそう言う最中。
「うん」
同じ様にこの状況を見守っていたミズカの表情が硬く、返事も低い声でしかしなかった。
「どうかしましたか?」
「いや、ちょっとね」
何か思うところがあるのだろうとルリフィーネは聞いてみたが、ミズカはそう一言告げるだけで、表情を変える事も自身の胸の内も話す事は無かった。
「ぐ*うぅ……、あ|ついの\も……かえ=す」
そんな中、翼が逆さまの天使は目線を燃える人型の方へと向けると、今まで業火を呼び寄せて天使を焼いていた人型は、逆に強烈な火炎に包まれてしまい消滅してしまった。
「スノーフィリア・アクアクラウンが命ずる。氷獄の大地を闊歩せん冷酷なる徒花よ、我の下に姿を現し、その万物の時を停止させる力にて大地の蝕みを凍結させよ! 白雪水晶の凛冽たる蒼姫!」
二人の会話も気にせず、スノーフィリアは淡々と召喚を繰り返し続ける。
三番目に呼び出したのは、青白い肌と透き通った生地のロングドレスを着た、水晶のように綺麗で繊細な乙女だった。
「サモナー。御用はなんでしょうか?」
「あいつを倒して、一気にいくよ」
「はい」
スノーフィリアは、先ほどと変わらない態度で命令を下す。
普段は見せない厳しい態度よりも、目の前の敵に勝てるという事実の方で全員の目が眩んでいたせいか、もはや誰も女王の異変に対して疑問を持たなかった。
「究極奥義解禁!」
それに答えるかのように、スノーフィリアは召喚体の最高の術を使う言葉を言い放つ。
「さあ、逝きましょう。エンド・オブ・ダイアモンドダスト」
水晶の乙女は、女王の言葉を聞くと天使へとゆっくりと近づき、苦しそうな表情をしている天使の頬に両手をそっと当てる。
それと同時に天使は、巨大な氷柱で氷漬けになってしまった。
もう天使は二度と動く事は無い。
後は体の芯まで凍り付いてしまった天使を氷柱諸共、粉々に砕けば終わりとなる。
水晶の乙女は薄目のまま微笑み、人差し指と中指で氷柱を弾く。
甲高い共鳴音と共に、氷柱にみるみるとひびが入っていき……。




