207. 羽化
ユキとルリフィーネは、兵士の報告があった場所へと到着する。
そこの上空にはルリフィーネの言うとおり、蛹らしき物体があった。
「宙に浮いているように見えますが……、どうしてでしょうか?」
本来昆虫の蛹ならば、木の枝に付いていたり、あるいは土の中に埋もれていたりする。
だが二人の頭上にある蛹は、どこかに繋がれている様子も無い。
今まで見た事も聞いた事も無い現象を目の当たりにしてしまい、ルリフィーネは困った顔をしながら主人の方を向く。
「ユキ様?」
ユキは使用人とは異なり、強張った表情をしながら蛹を見上げていた。
「ルリ、私解ったよ」
「……と言われますと?」
「私が夢で見た、世界を破滅する存在はあれかもしれない」
ユキは今まで上げていた視線を一度落とした後に、ルリフィーネの方を見て蛹の正体を告げる。
「ですが、何かをするようには見えませんね……」
何の支えも無く、完全に浮いている蛹というのは不思議だが、動いているわけでも何かをしてくるわけもなく、ただ静かに佇んでいるだけだ。
だからこそ女王の、不安を駆り立てる発言を、最も近い使用人ですら理解が出来ないのである。
「蛹だから、中身があるのかな」
「まさか抜け殻でしょうか……?」
「解らない……」
どんなに考えても、二人は答えが見つからない。
召喚術を使うか、ルリフィーネが直接接触を試みるという手もあったが、世界を滅ぼす存在と言われてしまえば迂闊に手を出せない。
「やっほー」
「……」
そんな中、ミズカとセーラが遅れて現地に到着する。
ミズカはまるで友達と出会う時の様に、笑顔で軽く手を振りながら挨拶をするのに対し、セーラは相変わらず無表情かつ無言のまま一つだけ軽く頷くだけだった。
「ミズカ、セーラちゃん。来てくれてありがとう」
「ずっと研究室にこもってたから、丁度良かったよ」
「私はユキが呼んでくれたらすぐ行く」
どんなに時が過ぎても、立場が変わっても変わらない二人に、ユキは無意識の内に安心してしまい、笑みがこぼれた。
「それでさ、伝令の兵士から聞いたんだけども……」
久しぶりの再会を終えた一行は、視線を蛹の方へ移した。
「本当だね、浮いているね」
「うん」
本来ありえない場所に存在している物体を知覚したミズカは、真顔でそう言うと、あんぐりと口を開いてしまう。
「ねえ、あれをミズカの魔術で攻撃出来ないかな?」
「んー、やれない事はないけれど、あれってそんなに危ないの?」
「うん」
「もしかして、世界を破滅に追い込むって……、あれがそうなの?」
「うーん……、夢で見た姿は人の形だったような気がするんだけども」
ミズカもルリフィーネと同じ考えであり、そんな相手に対して攻撃を仕掛けようとするユキの言葉を改めて確認してしまう。
「まあ、やってみるよ。危ないから下がっててね」
「お願いね」
もしもここでその危険な因子を無くす事が出来れば、今後の為にもなる。
そうミズカは思うと、深く呼吸をして目を閉じ意識を集中させ……。
「永久なる崩壊!!!」
詠唱を終えると、閉じていた目を大きく見開き、杖を蛹がある方へと振るう。
すると、杖から眩い光が線状に放出され、蛹は瞬く間に光に飲み込まれてしまった。
ミズカの魔術は、物質の消滅だ。
本来の蛹ならば、跡形も無い。
だが、そうはならなかった。
光がおさまり、改めて蛹のある場所が確認出来るようになると、そこは蛹の外殻と思われる硬質の物質が砕けていて、中身が露になった状態の蛹があったのだ。
「む、あれって……」
「中から出てきたのは……」
蛹の中に居た物体は、自重により地面へと落ちていく。
それと同時に、今まで空中にあった蛹は灰色に変色すると、粉々になって飛ばされてしまった。
「行ってみよう」
中身を確かめるべく、全員はユキの一言に対して何も言わず頷くと、蛹の中から出てきた物が落ちた場所へと向かった。
そして、現地へと到着した一行がそれを見ると、思わず身を竦ませてしまった。
「ねえ、これって」
「天使……でしょうか?」
蛹の中から落ちてきたと思われるもの。
それは、ユキと同じく天使だった。
「でもユキと違って、服装も羽の形も違うよ?」
ただその姿はユキと大きく異なり、黒色のドレスを着用しており、背中に生えている翼の付け根から雨覆部分は植物の蔓のような物が巻きつき、その翼自体も上下逆さまになっている。
「ユキ様、何か解りますでしょうか?」
「……解らない」
ユキは天使達の記憶を夢で見てきた。
しかし、目の前に居る”翼が逆さまの天使”は夢の中には出てきておらず、自身の記憶の中にも無い。
「でも、なんだろう。凄く嫌な予感がする」
何か明確な証拠があるわけでもなく、論理的な説明も出来ない。
だが、翼が逆さまの天使を間近で見た時から、ユキの胸中は酷く荒れており、体を小刻みに震わせながら胸の雪宝石のペンダントをぎゅっと握り締めた。
各々が不安がっている最中、翼が逆さまの天使はゆっくりと立ち上がる。
蛹から出たばかりなのか、天使の体にはいたる部分にねばついた液体が纏わりついていて、逆さまの翼も濡れたままだ。
「わた|しを、きず\つけ_ようと/したの^はだれ?」
翼が逆さまの天使は、虚ろで濁った緑色の瞳でユキ達を見つめると、純粋無垢な表情をしながら、翡翠色に染まった唇を動かす。
その喋り方はどこか生気がなく、かつ子供のようにたどたどしい。
「さっ[きの、-かえす#ね」
まさかミズカと答えるわけにもいかず、どう返答をすればいいか全員が考えていた時。
翼が逆さまの天使は、ミズカの方を向いて片手を大きく開けた。
「危ない! ミズカさん!」
それと同時に、先ほどミズカが放った破壊の光線と全く同じものが天使の手の平から放出され、ミズカを飲み込もうとする!




