204. 力の根源①
国をあげた祭りの開催まで、後数日となった時だった。
「水神の国芸術祭は、大まかに三つに分けて行われます」
スノーフィリアは、ルリフィーネから芸術祭当日のスケジュールについて説明を受けていた。
「一つ目は詩や小説を発表する文学祭、二つ目は彫刻や絵画を公開する美術祭、そして三つ目は歌や楽器の演奏を披露する音楽祭となります」
それは女王に即位してから初めての芸術祭だという事もあったが、今まで姫として”参加”しかしておらず、実際の”運営”に関しては無知の状態だったからだ。
「一番人が集まるのは三つ目の音楽祭ですね」
「もー! ルリのいじわる……」
その音楽祭の一番の出し物に、スノーフィリア自身が伝説の吟遊詩人と共に出なければならない。
当然プレッシャーは大きく、ルリフィーネの何気ない一言ですらも女王の緊張を高めてしまう。
「大丈夫です。あれだけ練習されましたから、きっと上手くいきます」
スノーフィリアが観客を満足させるために歌を練習してきた事を、ルリフィーネはずっと側で見てきた。
普段通りの実力さえ出せれば、音楽祭は成功すると確信していた。
使用人の言葉は、主人を慰めるだけの上面の優しさではなかった。
「はぁ……」
使用人の思いはスノーフィリアも解っていた。
それでも自信が持てなかったため、ルリフィーネの言葉に対してため息をつく事しか出来ずにいた。
「失礼します!」
「はい、どうぞ」
そんな中、一人の兵士がスノーフィリアの私室へと入ってくる。
「陛下、風精の国の宮廷魔術師長が謁見を求めております。いかが致しましょう?」
「宮廷魔術師長……、ラプラタ様が?」
ラプラタと出会うのは、まだスノーフィリアが姫として組織に追われている時以来だ。
全てが解決し、世界が平和になったら必ずもう一度会おうと決めていた。
正式にお礼をして、感謝の気持ちを伝えたいと思っていた。
「通してください」
「かしこまりました」
だからこそ、彼女の来訪を拒む理由も無い。
スノーフィリアは、突然の謁見に対しても快く承諾し、来た兵士にそう伝えた。
「女王陛下、此度の突然の来訪を受け入れていただき、恐縮の極みです」
兵士に通され、一人の女性が私室へと入っていく。
そして女王の目の前へ行くと、群青色のショートボブやロングドレス風のローブの裾が揺れる事無く、跪き頭を下げた。
「下がってください。後は私たちだけで話しますので」
「はっ!」
女王の命令により、兵士は深々と一礼をした後に私室から去っていく。
「お久しぶりです。ラプラタさ――」
この場所には三人しか居なくなり、スノーフィリアは久しぶりの恩人との再会を喜ぼうとした時。
「会いたかったわぁユキちゃーん!」
今まで跪いていたラプラタが、女王をまるで我が子の様にぎゅっと強く抱きしめてしまう。
「ふぐぐっ!」
ラプラタの豊満な胸によってスノーフィリアは、呼吸の苦しさを感じてしまい、椅子に座ったまま手足をばたばたとさせた。
「随分印象変わっちゃったけれど、今の姿もとっても可愛いわよー」
次にラプラタはスノーフィリアから僅かに離れたまま、両肩に両手を置くと、女王の緑色の瞳をじっと見つめながらそう告げた。
「う、うん……。ありがとうございます……」
「やっぱり手放すべきじゃなかった! 今でも後悔しているんだから~!」
しばらく会っていなかったにも関わらず、女の子好きが変わらないという事に、スノーフィリアは様々な感情を抱きつつ、とりあえずは苦笑いで返した。
「あ、あの……」
「どうしたのかしら?」
「何かあってここへ来たんじゃないんですか?」
宮廷魔術師の長ともなれば、多忙な身である事に間違いは無い。
気まぐれそうに見せつつも、思慮深い人である事を知っていたスノーフィリアは、少し申し訳なさそうにラプラタへ問いかけた。
「ふぅ、ユキちゃんがあまりにも可愛いから、忘れるところだったわ」
その言葉と同時に、今まで甘々だった雰囲気が見事に吹き飛び、”女の子好きの危ない人”ではなく”宮廷魔術師長”としての顔へと変わっていく。
「あなたの事は調べさせて貰ったわ。女王へ至る道のり、見た目が変わってしまった理由……、いろいろとね」
ラプラタの下を去ってから様々な事があった。
スノーフィリアは過去に思いを馳せつつも、目線を宮廷魔術師の方を向けた。
「だからこそ、今はっきりと伝えておかなければいけないと思って来たの」
今更何を言う事があるのだろうか?
女王はそう思いながらも、真剣な面持ちでラプラタの言葉に耳を傾ける。
「あなたが使う力の正体の事をね」
「天使だから、天空術ですよね?」
スノーフィリアが、天使として目覚めてから得た知識の一つ。
天使は独自の力、天空術を使って様々な事象を引き起こすという事。
しかし天空術は、天使しか扱う事が出来ず、術に関する文献はほとんど無い。
現在の世界においては、その術の存在を知る者は少なく、天使と同様に神話やおとぎ話の中のモノという認識だ。
その事を解っていた為、スノーフィリアは魔術に詳しいマリネやミズカやくろにも、術の正体を黙っていたのである。
それでもラプラタならば、少ないヒントから存在くらいは信じていたのかもしれないと考えた。
「そこまで知っているなんて……、やっぱり”あの子”と同じようね」
だがスノーフィリアは、彼女の意味深な発言に気が移ってしまう。
「でもそうじゃないの」
「というと?」
「あなたの変身する力や召喚する力、他の誰かと一つになって潜在能力を引き出す力……。最初、私も天空術だと思っていた」
水神の国の玉座に居る天使は、ラプラタの発言の真意を考えつつ、彼女の言葉の続きを聞く。
「これ、覚えている?」
ラプラタはそんなスノーフィリアを見通すかのように、持ってきたカバンの中から、一冊の本を手渡す。
「これは、ラプラタ様が貸してくれた本……。これがどうしたのですか?」
その本は、過去に風精の国で通り魔をしていたセーラを捕らえる為に呼び出した、召喚体の事が書かれている本だった。
スノーフィリアはその本を受け取ると、過去の懐かしい記憶を思い出しつつも、今更これを渡した理由を聞いた。




