203. ラスト・ピースフル・エブリディ
伝説の吟遊詩人から手紙を貰って数日が経った。
「うーん……」
スノーフィリアは王宮内にある私室で、一人うろうろとしている。
「はぁ……」
そして立ち止まって大きくため息をつくと、再び落ち着かない様子を見せた。
「スノーフィリア様、そんなに緊張なさらずに」
そんな女王の気持ちを楽にさせようと側に居たルリフィーネは、いつもの笑顔で声をかけた。
「むぅ、ルリは人事だと思って……」
いつもなら、彼女の微笑みによって気持ちが楽になるはずだったが、女王のそわそわとした気持ちが晴れる事は無かった。
「民の前で話をなされるのと同じですよ?」
「違うもん……」
姫だった頃も、女王である今も、多くの人の前で話す事は少なく無い。
最初はあまり上手くは無かったが、数をこなすうちに次第に慣れていき、一流の弁舌とまではいかないにしても、大勢の前で自分の意思を最低限伝える事くらいは出来る様になった。
「うーん、うーん……」
それでも、スノーフィリアは落ち着かない。
「ちょっと外で練習してくる」
「お供致します」
ざわつく気持ちをどうにか静める為、スノーフィリアはそう言うと王宮内の庭園へと向かって行った。
「~♪」
「お上手です、流石は陛下ですね」
「う、うん」
「スノーフィリア様は小さい時からずっと音楽の勉強をされてきました。伝説の吟遊詩人には及ばないにしても、人々に聞かせられるだけの実力はありますよ」
「そうかなあ?」
「はい」
普段は緊張しないスノーフィリアが、ここまで気持ちをざわめかせる。
その原因は伝説の吟遊詩人から伝えられた”ある依頼”が元だった。
「歌ったり踊ったりするのは嫌いじゃないの。でもその吟遊詩人と一緒の舞台に立つなんて……」
その依頼とは……。
”芸術祭の舞台へは、女王も共に歌う事”なのだ。
スノーフィリアは王族として、一人の高貴な身分に就く淑女として、音楽も嗜んできた。
ある時は一流奏者の演奏を聴き、またある時は一流職人が作った楽器で自ら演奏をしたりしてきた。
だが、今回の芸術祭はとびきりだ。
超一流の吟遊詩人と、世界最高の舞台。
全てが最上至高の場面であり、たとえその場所は女王であったとしても力不足であり、場違いである。
当然、その事はスノーフィリアも解っていた。
伝説の吟遊詩人にそう言われた時も、すかざす申し出を断った。
しかし、女王が出ない場合は伝説の吟遊詩人も出ない事を告げられてしまい、結果この困難な役をやり遂げなければならない羽目になってしまったのである。
「あと、なんかどうもしっくりこないの」
無論、スノーフィリアは練習してきた。
本番で歌う歌の譜面が、手汗でくしゃくしゃになるくらいには練習をした。
「~♪」
その可憐な歌声に、愛しの使用人はうっとりとしていたが、女王本人はいまいち納得がいっていない。
芸術祭本番まで、日数もそこまで余裕があるわけではなかったので、日々悶々としていた。
「召喚術を使ってみたら、どうでしょうか?」
「召喚術?」
「はい、歌の上手い存在を呼び出せられれば、きっと今の悩みを解消してくれるかもしれません」
苦境の立たされたスノーフィリアを幾度も救ってきた召喚術。
今ではすっかり自在に操る事が出来る様になった、自分でも原理原則が不明な力。
何故、都合よく窮地を打破するのに相応しい者が呼びされるのか?
それは長い旅を経てきた今も解らない。
「……解った、やってみる。解放する白雪女王の真髄!」
スノーフィリアはそう思いながらも、まじまじと自分の手を見つめた後に解放の言葉を口にする。
「雪花繚乱! スノーフィリア聖装解放!」
そして、青色のロングドレスに身を包んだ姿へと変身を終える。
変身する旅に気持ちが高揚するので、いつも通りそれを抑えるべく深く一つ息を吐いた。
「髪の色と瞳の色、戻りませんね」
「うん」
女王への変身時、普段は肩までしか無い髪は腰まで伸び、毛先ほど青色にグラデーションがかかった銀髪になる。
だが、天使へ何度か変身して姿が戻らなくなってしまった今、その変化はまるで見られず、変身前後も長い銀髪で、瞳の色も本来の青色ではなく緑色のままである。
「スノーフィリア・アクアクラウンが命ずる。豊饒の海を越えて舞い降りし聖者よ、我の下に姿を現し、その美声で迷える意思を導け! 白雪水晶の七陽歌姫!」
今は戻らなくなった自身の姿を嘆く時ではない。
そう思ったスノーフィリアは、意識を集中させて召喚術を発動させる。
「私を呼んだか?」
女王の願いによって現れた者は、美しい容姿と自らが発光する衣装を身に纏った、見た目とは裏腹に凛々しい口調が印象的な女の人だった。
「うん」
「要件はなんだ?」
「私に歌を教えて欲しいの」
「ほう……、歌女を目指すのか?」
「ううん、近々歌を発表する機会があるから、備えておきたい」
「なるほど了解した。では早速始めよう、歌ってみてくれないか?」
歌姫はスノーフィリアの実力を確認するべく、きりっとした眼差しで女王を見つめたまま、そう告げる。
「~♪」
「悪くない声だ、続けてくれ」
スノーフィリアは、今まで練習してきた通りに歌う。
「~♪」
「苦しそうだな?」
「うん、ここ音が高くって」
ちょうど歌が盛り上がろうとしていた時、スノーフィリアの歌声が上ずってしまう。
その部分は音程の高低差があり、何度練習してもつまづく部分だった。
「どれ、譜面を見せてくれないか」
スノーフィリアは、伝説の吟遊詩人から貰った譜面が書かれた紙を手渡す。
その紙がしわしわになっている事を察した歌姫は、女王の顔を少し見た後に受け取り中身を見た。
「私が歌うから、続いて歌って見てくれ」
「うん」
そして大した時間を待たずして、そう告げる。
その場に居たスノーフィリアは、歌姫が伝説の吟遊詩人が書いた譜面を短時間で理解した事に驚きつつも、彼女の指示に従った。
「~♪」
ところが、歌姫はスノーフィリアが聞きなれない歌い方をしてしまう。
「あ、あの……」
「む、どうした?」
「その、独特な歌い方って……」
特定の音程を保ちつつ上下に音を振るわせる歌声は、堂々たる感じを残しながらも弦楽器のような繊細さも兼ねており、ついていこうと試みたスノーフィリアは思わず感動してしまう。
「ビブラートのことか? 肋骨の下にある部分を震わせる感じで歌うとよい。最初は上手く出来ないが、少しずつ慣れていけばいいぞ」
「うん」
「高い声も、腹から出せば喉を痛めにくいからな。心がけるといい」
「解った」
腹式呼吸自体は過去習っていたため、それの応用であると思いつつ歌姫のアドバイスに対して一つ頷くと、大きく呼吸を何度か行った後。
「~♪」
「~♪」
二人は共に自らの声によってメロディを奏でた。
その美しい歌により、宮殿の中で勤める使用人や兵士は足を止めて聞き入り、十数人規模の人だかりが出来ていたが、スノーフィリアは夢中だったため気づく事は無かった。
そして、散々練習した後に人だかりの気配に気づくと、顔を真っ赤にして自室へ戻っていった。




