196. 消えない復讐の炎
「手当ての跡……?」
気を失っている女性は、酷く傷ついていた。
だが、その傷のひとつひとつには薬が丁寧に塗られており、また清潔な布で作られた包帯が巻かれていた。
「もしかしてこの女の人って、酷い目にあったんじゃなくて介抱されてたの?」
「でも、それじゃあこんな道端に寝かせておかないでしょう?」
傷つき倒れている女性は、未だに目を覚まさない。
どうしてこんな深手を負っているのかも知らない。
もしも助けられたのならば、何故獣人達の寝床ではなくこんな場所で放置しているのかも解らない。
習った歴史、目の当たりした現実、今おかれている状況。
それらを整理すればする程生まれる矛盾。
「何だ? 何が起こった?」
「どうした? 何だか騒がしいぞ?」
三人はその場で考え込んでしまっていた時、奥からまた別の獣人達が現れる。
ユキ達は、気持ちを引き締めていつでも応戦出来る体勢をとった。
「っておい、これは!」
そして新たに来た獣人達は、倒れた仲間と三人の部外者を見つけて今起きている状況を理解した途端、腰に下げていた武器を取り出した。
「お前らがやったのか! 俺達が何をしたって言うんだ!」
薄ら笑みを浮かべ、舌なめずりをしながら襲い掛かってくると信じて止まなかったユキ達にとって、彼らの言動は意外そのものだった。
洞窟内の獣人達は、明らかに怒っていたのだ。
ユキもルリフィーネもマリネも、構えは解いていない。
だが、予想外の展開に彼女達は戸惑ってしまう。
「お前達は……、俺の故郷を滅ぼした!」
そんな中、洞窟の入り口側から男の声が聞こえてくる。
「何!?」
「誰ですか!」
三人は後ろを振り向き、声の正体を確かめようとした。
「遂に見つけたぞ、この醜悪な獣共めッッ!!!」
そこには、青い色の鎧を身に纏った、剣士とは思えない程すらっとした体型と整った顔立ちが印象深い青年が、獣人達を強く睨んでいた。
「ふんッ!」
まさに一瞬、ルリフィーネですらぎりぎり知覚可能な刹那の時だった。
青い鎧の青年剣士は、重装備を着ているとは思えない程の速度と鋭さを伴って、近くに居た獣人達を斬ったのだ。
「速い……!」
「な、なに!? どうなってるのよ!」
この時、斬り捨てられた獣人達は一切呻き声をあげていない。
それ程に彼の攻撃は容赦なく、確実に標的の命を奪い去ったのだ。
その様を見たルリフィーネは背中に嫌な汗が滲むのを感じ、マリネは慌てふためき、ユキは思考が整理出来ず硬直してしまっていた。
あまりにも唐突で圧倒的な彼の言動に、全員の心が乱されていく。
だが、それでも彼の無慈悲な行為は終わらない。
「ユキ様! 見てはいけません!」
青い鎧の青年剣士は、ルリフィーネが気絶させた獣人の息がある事を知ると、無防備な彼らの首を刎ねた。
残虐すぎる光景を見せてこれ以上の動揺を招かないよう、使用人はすかさず主人の目元を手で覆う。
「何もそこまでしなくても……!」
「何を言う。こいつらは生きていてはいけない存在なのだぞ?」
誰もが認める美形でありながら、誰もが目を背けたくなるような残虐さも兼ねた青年。
彼は何のため、そこまでするのか?
ルリフィーネは理由を聞いたが、青年はまるで呼吸をするかのように、自然かつ毅然とそう答えるだけだった。
「ククッ、まあいい。女子供は下がっていろ、あいつらの仲間でなければ俺はどうでもいい」
そして青年そう告げると、獣人の亡骸に唾を吐き、洞窟のさらに奥へと行った。
「追いましょう」
「ええ」
「うん」
今まで対峙した事が無い程の異常な憎悪を見せ付けられた三人は、この後の展開を容易に想像出来たため、どうにか我へかえると、彼の凶行を止めるべく後を追った。
だが、三人の行動は遅かった。
「なんてことを!」
「酷い……」
洞窟の奥は獣人達の生活空間になっており、炊事や仕事をする為に大きく開けていた。
普段彼らは、ここでひっそりと人目につかないよう生活していたのだろう。
しかし、その平穏な日々も壊されてしまう。
その場に居た獣人は赤ん坊も、女も、一部の例外も無く全員殺害されており、無残な姿で横たわっていたのだ。
「ねえ、ちょっとやりすぎじゃないの?」
彼らを斬り捨てた青年剣士の鎧や靴や手袋は、無数の返り血で酷く汚れていた。
「なんだ、またお前達か。道中で倒れている女と共に洞窟から出ろ」
それでも青年剣士は、汚れた自分の状態を顧みず、目を閉じて顔を上げる。
その様子はまるで、自身がやった行いに対して充実感を噛み締めているようだった。
「ああっ……、こんなのって……。ううっ」
ユキはこの惨劇の様子を見てしまうと、その場でしゃがみこんで何度も嘔吐してしまう。
ルリフィーネは苦しむ主人に付き添い、背中を何度も優しく擦り続けた。
「……輝きの国の生き残りといえば、お前達も解るだろう」
青年剣士は、彼女らの様子を察したのか、冷徹な眼差しのまま自身の事を語り始める。
「俺の故郷は、獣人達の襲撃を受けて滅んだ! 忠誠を誓った女王も、俺と将来を約束した姫も、俺の自慢だった妹も、俺を育ててくれた母親も、全てがあの汚物達に辱めを受けて殺されたのだ! 俺の目の前でな!」
彼は強い口調で、自らの半生とこの残酷な行為に及んだ経緯を話す。
この時、彼の瞳の中にあった怒りの黒炎が再燃し、強く握った拳は小刻みに震えていた。
「だから、俺はあいつらを許さない。この地上に一匹たりとも生かしてはおかん」
「でも、それでも……!」
「まさか、許せと言うんじゃないよな?」
「……っ!」
その言葉に対して、ユキは何も言い返すことが出来なかった。
ここに住んでいた獣人達は、彼の故郷を襲った獣人とは別だ。
しかし、彼は目の前で大切な人達を踏み躙られた。
その時の絶望、苦痛、やり場の無い憤りに対して返す言葉なんて無い事を、ユキは解っていた。
「もう俺に関わるな」
そう言うと、青年剣士は血の付いた剣を勢いよく振った後に鞘へ収め、この場から去って行った。
「どうしますか? ユキ様」
「多分、あの人は説得しても無駄だと思う。でも……」
あそこまで強烈で、他人は勿論自分すらも焼き尽くさんばかりの業火なような感情を、ユキは鎮火出来ると思えなかった。
「ユキちゃんらしくない答え……といいたいけれど、正直あいつは危ないわ。関わらない方がいいわね」
「私も賛成です。これ以上ユキ様を危険な目に合わせる訳にはいきません」
その思いは他の二人も同じであった。
そして、彼の邪魔をすれば間違いなくこちらにも危害が及ぶのも理解していたため、これ以上危険な目にあわなせない為にも安全策を提案した。
「宿に戻りましょう」
「そうね」
「待って、せめてこの人らを弔いたい」
「解りました。お手伝いしますね」
「このままじゃ、かわいそうだものね」
三人は、簡素ではあるが獣人達の墓を作った。
その最中もユキは、彼の凶行を止める為に何か出来る事は無いかと考えた。
しかし、何もいい案は思いつかなかった。
墓を作り終えて宿へ戻る一行の間には、重苦しい空気が充満しており、道中は誰も喋らなかった。
この時ユキは、涙が零れ落ちそうな目を何度もこすりながら、ルリフィーネの手をぎゅっと強く握っていた。




