18. 淡く光る蛍を見つけて
「あの……、神父様はどちらにおられますでしょうか?」
「……呼んでくるから待ってて」
シスターは蝋燭を代えていた手を止め、一言だけ気だるそうに冷たく反応すると礼拝堂の奥へと行ってしまう。
この時ユキは、彼女の着ているスカートにスリットが深く入ったトゥニカがふと気になってしまう。
修道服ってなるべく肌を見せないようにするはずなのに……。
あと、妙にぴちぴちなのは気のせいかな?
そう思いながらも大した間を置かずに、聖職者に似合わずぎらついた力強い目の持ち主が現れる。
「お初にお目にかかります王女殿下。私はこの院をあずかっているシュプリーと申します。話は聞いておりますのでどうぞこちらへ」
そして、ユキを礼拝堂の奥にある扉へと招きいれた。
ユキは誘いに従い、神父へついていく。
辿り着いた場所は、神父の私室であろう部屋だった。
「さて突然で申し訳ありませんが、これからあなた様には修道女として過ごしてもらいます。名前もそのままでは、他の者に無用な混乱を与えるだけでしょう」
部屋内は二人きりである事を確認したであろう神父は、ユキのこれからの処遇を笑顔のまま伝える。
「名前はユキでいいです」
「かしこまりました。それでは以降ユキとお呼びさせていただきます。あと大変申し訳ございませんが、敬称も略しますね」
この展開はユキ自身も予想出来ていたし、過去にも既に経験済みである事から、淡々と対処出来た。
「付いてきてください。あなたがこれから生活する部屋に案内しましょう」
そんな素っ気無い態度にも神父は笑みを見せると、ユキがこれから修道女として生活する場所へと案内する。
ユキは一つだけ頷き、神父はその動作を確認した後に二人は部屋を出て行く。
この神父は、使用人のグレッダのような悪い印象を今のところは感じない。
むしろ、最初に出会った修道女の素っ気無い態度や服装が気になるかも。
それにしても……。
私は本当にどうなっちゃうのかな?
このまま修道女として一生を過ごす?
それとも、またどこか別の場所へ行くの?
「到着しました。どうぞお入り下さい」
ユキはこれからの自分を考えているうちに、気がつくと別の部屋へと到着していた。
神父の指示に従い、扉の取っ手を握り軽く引いて開ける。
「おお……」
部屋の窓から青い景色が見える。
どうやらこの修道院が建てられている場所は小高い丘になっており、修道院の裏手は海になっているようだ。
時折ユキの首元に吹く潮の匂いが何だか心地よく、将来がどうなるか解らないのにも関わらず、思わず感嘆の声をあげてしまう。
「ベッドの上の服があるでしょう? 今後はそちらをお召し下さい。ベールをしっかり被っていれば、あなたが王女殿下である事を気づく者はそういないでしょう」
ユキはそう言われてふとベッドの方に見る。
お世辞でも新品とは思えず、木製で所々変色している。
しかしちゃんと洗濯したであろうシーツが敷かれており、しわやシミが無い。
そんなベッドの上に修道女がよく着る白地の布で縁取りされた黒色のベールとローブ状のトゥニカが、綺麗に畳まれて置いてあることに気づく。
「失礼します」
「あれ? あの人……」
修道女の服を手に取ろうと部屋の奥へ入ろうとした時、後ろから声が聞える。
ユキは振り返ると、そこには礼拝堂で出会った深いスリットの入ったトゥニカを着た修道女が居た。
「ああ、彼女はランピリダエ。この部屋の同居人です。私がお呼びしたのです。ランピリダエ、いつもありがとうございます」
「……ありがとうございます神父様」
神父の自己紹介にランピリダエと呼ばれた修道女が薄い反応で返すと、これからユキと同じ部屋で過ごす彼女は、ユキの顔をじっと見つめる。
「ふむふむスノーフィリア……、スノーは東方の国の言葉でユキ、なるほどねえ」
一人で頷きながら、なにやらぶつぶつとつぶやいている。
ランピリダエの不思議な言動にユキは戸惑い、思わず身を引いて数歩後ろへ下がってしまう。
「ランピリダエと私以外は、あなた様が王女殿下である事を知らないのでお気をつけて下さい。後ほどお呼びしますので、それまでに着替えを済ませておいてください。それでは……」
神父は彼女らが上手くやっていけそうだと感じたのか、そうユキへ告げると部屋から出て行ってしまった。
「さっさとお着替えくださいませ。スノーフィリア王女殿下」
ランピリダエはベッドの近くにあった椅子に、背もたれを抱きかかえながら座ると意地悪な含み笑いをしながら言う。
スカート部に深々とスリットが入っているにも関わらず大股を開いているせいか、今にも下着が見えそうだが本人はまるで気にしていないようだ。
「別に二人の時もユキでいいですよ!」
「ふふふ、可愛いねえ」
からかわれていると思ったユキは、頬をほんの少し赤らめながら強めに反論したが、ランピリダエは自分のペースをまるで崩さず、多少気だるそうに笑い返す。
この人には何を言っても無駄だと解ったユキは、一つ大きくため息をし、反論した自分が馬鹿らしくなってしまい、着ていた服を脱いで着替えを始めた。
「ランピリダエなんて、正直言いにくいじゃん? 私の事はホタルって呼んでくれていいから」
服が脱ぎ終わって修道服に手を伸ばした時、ホタルは何の脈略も無く言った。
正直どう反応していいかも解らないし、そもそも何でランピリダエがホタルになるのかも理解できない。
ふざけているのか本気なのかも解らないし、人の名前がいくら呼びにくいとはいえ特別親しい間柄でもない人に対して愛称で呼ぶのにも抵抗のあったユキは、苦笑いだけして修道服に着替えようとした。
そんな、ユキの心中を察したかのようにホタルは言った。
「ねえユキ」
「はい」
ユキは、話しながらローブ状のトゥニカに袖を通し、スカートを広げて僅かなしわを伸ばそうとしている。
「私と仲良くしない?」
「どうしてあなたと仲良くするのですか?」
いきなり出会った相手で素性もよく解らず、自身よりも明らかに年上で、言動や服装が突飛な人物にユキは思わず聞いてしまった。
「んー、同じ訳アリ者だから?」
ホタルは目を閉じて首を傾けながら考えた後、そう率直に答えた。
「……遠慮しておきます」
「えー、年の差なんて大丈夫なんだけどなぁー。いつでも気が変わったら言ってね?」
”この人は悪い人じゃないんだろうな”とユキは漠然と感じていたが、それでもやっぱり何かが腑に落ちなかったので、ホタルの誘いを丁重に断った。
ホタルは多少残念そうにうなだれた後、椅子をシーソーのようにばたばたと動かす。
「ねえユキ」
「なんでしょう?」
「修道服、仕立て直してあげよーか? そのままだと動きにくいじゃん?」
「……遠慮しておきます」
いきなりそんな服装で来たら、お祈りに来る人達にも怪しまれるし、他の修道女の心象も良くないだろうと思い、再び丁重に断る。
「えー、ユキもこういう格好の方が似合うと思うのに。あ、もしかして裁縫下手だと思われている? 私はこう見えても結構器用だよ?」
しかしホタルの勘違いな返答を聞いてしまったユキは、言葉に出さなかったが内心戸惑ってしまった。
「あの」
「んん! なあに?」
「腕を怪我したんですか?」
「なんだ、そんなこと……」
ユキはトゥニカの裾から少しだけ見えた、ホタルの手首にきつく巻かれている包帯が気になり、その事について聞いてみる。
しかし、”やっぱりお友達になりましょう”や、”服をおそろいにしたいです”という返事が来るのを期待していたのだろうか?
本人にとって恐らくどうでもいい事聞かれてしまい、頭を大きく下げて残念そうに吐き捨てた。
「……ちょっとドジしちゃって火傷しただけだよ。ふぅ」
修道服の裾をめくり、ただの怪我である事をアピールするべくホタルは包帯の巻かれた手首をユキへと見せつけた後に、ため息を一つつく。
「ああそうだ、礼拝堂の掃除の途中だったわ。それじゃまたね~」
気が抜けたホタルは、椅子からだるそうに立ち上がるとわざとらしくふらつきながら、部屋を出て行った。
ユキは、コンフィ公爵の邸宅で起きた出来事とはまた異なる、別の波乱を予感せざるをえなかった。




