188. 女王と使用人の帰国
その日の昼。
カグヤに見送られたユキとサクヤは、東方の国から出港する船へと乗り込む。
港町へ行くまでの間も、見送られる間も二人は終始無言だった。
それは船中でも態度に変わる事は無かった。
何故なら、二人はそれぞれの思いを受け止めていたからだった。
「……」
ユキは、明確になった自身の使命の重さを実感していた。
世界の破滅を防ぐ。
大切な人々の穏やかな生活を守る。
それらはユキでしか成せない事であり、あまりにも過酷で孤独な事実に押しつぶされないよう、必死に足掻いていたのだ。
「……」
サクヤは、明確になった自身の無力さを実感していた。
ユキの助力を得て、天使として目覚めたとしても、世界の破滅を防ぐ決定打にはなりえない。
世界を救う為に自らの手すらも汚してきた彼女にとって、それはあまりにも非情な現実であり、その虚無感と喪失感で自分を見失わないようにしていたのだ。
お互いがそれぞれの思いをかみ締め、船は本土と東方の国の間にある孤島へ向かっていく。
――翌日。
孤島の港町を経由し、本土に到着したサクヤはユキに対して一つだけ頭を下げると、彼女は元居た島に向かう船へと乗った。
「おかえりなさいませ、ユキ様」
「ルリ……」
ユキはサクヤを見送った後、最も信頼している者との合流を果たす。
この時ルリフィーネは、いつものロングスカートのメイド服に着替えてなおしていた。
「そのお姿は……」
ユキの姿を見たルリフィーネはすかさず駆け寄り、主人の体を触ってどこにも異常が無い事を調べる。
「大丈夫だよ。詳しい事は馬車の中で話すね」
「はい……」
女王は、大切な人に心配をかけさせない為にそう言うと、今まで硬かった表情を笑顔にして、あらかじめ手配していた馬車へと乗り込む。
そして二人は、情報の共有をした。
ルリフィーネは火竜の国で起こった一連の事件全てを、ユキは東方の国であった出来事の一部始終を話した。
「そんな事があったのですか……」
「ルリも大変だったね」
「見た目が変わられた事以外、何も無くて良かったです」
「ルリこそ、怪我もなさそうだし良かった」
お互いがそれぞれ大変な事になっていると気づき、二人は大切な人と再会出来た事を、改めて喜びわかちあった。
「……私もサクヤさんと同じ考えですよ」
「えっ?」
和やかな雰囲気の中、ユキが想像もつかなかった言葉をルリフィーネの口から発せられると、思わず表情を強張らせてしまう。
「ユキ様、あなたに未来を託していると同時に、あなたを全力で支えます。恐らくはサクヤさんも同じ気持ちではないでしょうか?」
「ルリ……」
ユキは、頬を引っ叩かれた時の事を思い出す。
あの時のサクヤはどこか寂しそうで、悔しそうな感じがしていた。
サクヤはずっと努力をしてきた。
辛い目にもあった、ひどい事もされてきた。
目的の為ならば、どんな汚いことにも手を出してた。
そこまでしても、自分では滅ぶ世界を救えない現実に直面してしまった。
だからこそ、彼女やルリフィーネの気持ちに答えるには、自分自身が頑張るしかない。
「うん、頑張るよ。私だってこの世界を守りたい、皆が住んでいるこの世界を」
「はい」
みんなだって、私に力を貸してくれている。
私の事を、良く思ってくれている人を裏切りたくない。
そうユキは思うと、最愛のメイドの目をしっかりと見据えながら、決意の言葉を告げた。
この時ルリフィーネは、いつもの穏やかで優しい笑顔になっていた。
ユキとルリフィーネを運ぶ馬車は、やがて水神の国へと到着する。
「おかえりなさいませ陛下」
「ただいま、今戻ったよ」
到着も予め伝えられていたため、高官や貴族達がユキの帰りを出迎えてくれた。
「火竜の国の旧国王暴走事件、大変な目に遭いましたな。怪我もなさそうで何よりです」
「心配かけてごめんなさい。でもルリが居てくれたお陰で何ともなかったよ」
「流石はハウスキーパーですな」
ルリフィーネとサラマンドラの死闘は、既にこの水神の国でも知れ渡っている事を知りつつ、ユキは自身の従者の功績が大きい事を告げながら、私室へと戻っていった。
さらにそれから数日後。
王宮内で行われた、一部高官のみが参加する会談にて。
ユキは今回の旅の全てを、マリネやミズカ、くろ、そしてセーラへと伝えた。
サクヤがユキを連れていった旅の目的が明確になり、全員が声を唸らせながら考えこんでしまった。
「ユキちゃん、最後に確認するけど体は何ともないのよね?」
「うん」
「ならひとまずは安心かしら……。でももう天使への変身は避けたほうがよさそうね」
「それにしても……、天使の力を持ったジョーカードールって、かなり凄いと思うよ」
「そうね、本当に世界を救う為に使ってくれればいいけれど……」
ジョーカードール・エンジェリア。
実際に動いている場面に立ち会うことは出来なかった。
しかし、ミズカの言うとおり天使の力を持った魔術兵器ならば、その力は計り知れないだろう。
そうユキは思いながら、二人の会話に対して無言で頷いた。
「兎も角、状況は解ったわ。ユキちゃんお疲れ様」
「ううん、心配かけてごめんなさい」
そして、今回の旅を労ってくれた仲間達へ笑顔で感謝の意を示した。
「サクヤやルリちゃんと同じ様に、私達はあなたが必要なんだから、大変だろうけれどもお願いね」
「うん」
「辛くなったら支えるから、ちゃんと言うのよ?」
皆が私に期待してくれている、私を必要としてくれている。
私が挫けそうになっても、手を差し伸べてくれる人達がいる。
孤独じゃない、みんなが付いていてくれる。
「ありがとう……」
そう思いつつ、改めて大切な人達の存在を確認したユキは胸の中を温かくさせて、うっすらと涙を浮かべながら彼女達にお礼を言う。
この時、全員は良い表情になっていた。




