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ゆきひめ ~六花天成譚詩曲~  作者: いのれん
Sixth Part. 国から国へ
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187. 恐怖に立ち向かい、乗り越える旅

 天使スノーフィリアの能力。

 それは、他者と一時的に一つとなり、その者の潜在的な力を引き出す。

 この能力を使った時、今までならスノーフィリアは力を与えた者と同じ感覚、同じ視界、同じ思いを共有していた。


 しかし、サクヤと一つになった今回は違っていた。

 スノーフィリアの視界には、ひびが無数にはいった今にも崩れ落ちそうな白磁の神殿と、その中で神妙な面持ちをした三体の天使が映っていた。


「……では、……とも……す」

「……、本当に良い……すか?」

 その中の、緩いウェーブのかかった長い髪の優しげな天使が、他の天使へと話しかけている。

 雰囲気から何かを託している、あるいは見送っているような感じがした。

 だが、話す言葉が途切れ途切れで、何を言っているかは理解出来なかった。


「私……生命の……を……した方が……」

「……先の戦いで、主としての力……存じて……す」

 見送られる二人の天使のうち、もう一人の天使。

 ホルターネックの白いドレスを着た、大人びた印象が強い栗色の長い髪の天使が、寂しげな表情で何かを言う。


「……あ、……が!」

 すると、今まで栗色の髪の天使の後ろに隠れていた、ミドルショートの金髪と白いワンピースが可愛げな少女の天使が前に出て強い決意を秘めた眼差しで、見送る天使へ何かを強く訴えている。


「……ネ、あ……力……仮初の……。それに、……は……出来ない事……、贖罪……す。……願いです」

「……セフ……様」

「セ……」

 見送る天使は、両手を胸に当てながら二人をどうにか説得しようとしているらしい。

 そしてその強い思いに、見送られる天使達は口を閉ざしてしまう。


「そ……に、他の……私では出来ません」

「……の役割、それは……脅威を排除する事」

「そして新たな主を見つけ……」

 断片的ではあるが、少しずつ言葉が聞き取れるようになったスノーフィリアであったが、それでも彼女達の言っている事がまるで理解出来なかった。

 三人の会話の内容を知る為に、この光景が何を意味しているかを理解する為に、ユキは三人へ近寄ろうと試みたが……。


「待っています、だからどうか……」

 最後の見送る天使がそう言った途端、景色は収縮し目の前は真っ暗になってしまった。



「ん……、ここは?」

「目覚めましたか。もう二日も寝ていたのですよ」

 次に目が覚めると、社内にある客室の天井が視界に入る。

 ユキは、長らく体を横にしていたおかげで疲労がとれたのか、妙な体の軽さを感じた。


「カグヤ……? あれ、私は?」

「ユキ様のお力添えによって、エンジェリアの起動が成されました。後は細かな調整をすれば問題なく動作します」

 そして、サクヤやカグヤの願いが叶った事を告げられると、無事に自分の役割を終えた事に胸を撫で下ろした。


「ですが……」

 そんなユキを見たカグヤは、表情を曇らせて手鏡を渡す。

 首をかしげてながらも、彼女の言動を気にしながら手鏡に映る自身の姿を何気なく見た途端、ユキは思わず青ざめてしまう。


「これは!」

 鏡に映るユキ自身の姿。

 片目だった緑色の瞳は両目になり、今まで肩までしか無かった髪が肩甲骨くらいまで伸びていて、顔つきがどこか大人びた感じになっている。

 それは紛れもなく、人間から天使へ近づいている証だった。


「どうやら、その力を使えば使うほど、人では無くなってしまう様子……」

 ここでユキは、自身が予想していた未来を思い出す。

 天使への完全覚醒。

 それがどういう結果をもたらすのか?


 ユキは恐怖した。

 自分が自分では無くなってしまう事を実感し、震える手を布団を握ってどうにか抑えようとした。


「どうしたの?」

 そんな最中、サクヤが客室へと入ってくる。

 二人のただならぬ雰囲気を察したのか、いつもの冷静な表情で問いかけた。


「ねえサクヤ」

「何?」

「もしかして、私の事を知ってて今回の話を持ちかけてきたの……?」

 今回の話は、サクヤから言ってきた。

 サクヤは、ユキが天使になった場面に全て立ち会っており、ユキの変化を知らないはずがない。

 ましてやサクヤの事だから、見逃すなんてありえない。

 そうユキは思いながら、東方の国の旅について質問をした。


「確証は無かった。けれど敢えて言わなかったのも事実よ」

 それに対して、サクヤは涼しい表情を崩さずにありのままを伝える。

 清々しいくらいに真っ直ぐ、嘘偽り無く伝えた事は、本来ならば好感をもたれるはずだった。

 だが、ユキはサクヤのあまりにも他人行儀な態度に憤りを感じていた。


「私が恨めしいの?」

「恨めしいんじゃない!」

「じゃあ、どうしてそんな目で見るの?」

「怖いの……、私が私で無くなってしまう!」

 そしてユキは、胸のうちを曝け出した。

 涙目になりながら、サクヤへ強い口調で訴えた。


「痛い……」

 しかし、返ってきたのはサクヤの平手打ちだった。

 頬を引っ叩かれたユキは、じんじんと痛む箇所を手で押さえて泣きだしそうになるのを堪えながら、サクヤを強く睨む。


「いい加減にしなさい」

 それでもサクヤは一切怯まず、普段は穏やかな口調からは想像もつかないくらいに声を張り、ユキを叱咤する。


「何眠たい事を言っているの? 処刑台で見せたあなたの姿と決意は何だったの? あなたはこの滅びゆく世界を救う、大切な人達を守る、困っている弱者を助けると誓った」

 そしてそのままユキの両肩をぐっと掴みながら、泣き出しそうな少女を何度も揺すりながら、サクヤは強い口調でそう伝えた。


「たとえそれを成すために、自分がどうなってもいいとまで願った。だからこそ、あなたはその力を振るう事が出来たのよ?」

 今にも大声で泣きそうなユキに対して、サクヤは一切容赦せず、自らが背負っている宿命の重さを伝え続けた。


「それを今更、恐れているなんて……、ずれているのも甚だしいわ。まあ、それだけ言えるなら、休息は十分ね。戻りましょう、あまり日にちを開けられないのよね?」

 最後にそう言うと今まで強く握っていた手を放し、軽蔑の眼差しを投げかけながら、帰国の準備を促そうとした。


 ユキは俯き、声を殺して泣こうとした。

 その時だった。


「えっ、それって……」

 サクヤはおもむろに着物を脱ぎ、ユキの目の前へ裸体を晒す。

 彼女の体には、かつて下衆な貴族によって体を玩ばれた時に付けられた、魔術の紋章が無数に刻まれていた。


「私は天使になって解った事があったわ。それは、黒い翼の天使では滅び行く世界を救えないという事」

 ユキもサクヤと同様に、天使として目覚めてから得た知識は数多くあった。

 その中の一つに、多種族と交わった天使はその罪の証として翼が黒くなってしまい、二度と天使の主である光の創造主の加護と寵愛を受けられないというものがあった。

 彼女の体に刻まれた背徳の証、天使化した時に背に生えた黒い翼。

 これら事実は、サクヤがユキと同種の力を持ちながら、ユキの代えにはならない事を知った。


「もうあなたしか居ないのよ……、だからこれ以上私を失望させないで」

 サクヤは最後のそう言うと、着物を着なおしてユキが居る客室から出て行った。

 この時のサクヤは、どこか悲しそうで悔しそうな雰囲気を出していた。

 それは、無力なサクヤ自身を恨んでいるようにも見えた。

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