186. サクヤとユキの旅 ~未完成な切り札~
研究所のさらに奥へと進んでいく。
道中はジョーカードール・アーテスタと同様に、ガラスの檻に閉じ込められて眠りについた人形達が複数居た。
彼女達全員が戦争の被害者であり、改造されて兵器としての生を強要された事実に直面したユキは、胸からこみ上げてくる悪い何かをぐっと堪え、口に手を当てながらカグヤの後へ付いていく。
そして、この研究所の入り口と同様の仕組みの扉を開け、さらに奥の部屋へと入ると、他の物のよりも大きいガラスの檻に閉じ込められた、一人の少女が立っていた。
「起きてるの……?」
檻の中の少女は、異様な煌めきを見せている胸の宝石とは逆に、輝きの無い瞳でユキの方をじっと見たまま一切の動作しない。
無機質なセーラと出会った当初も戸惑ったユキだったが、今はそれ以上の気持ちを抱いてしまう。
「いいえ、彼女は眠っています」
カグヤはガラスの檻に手をそっと当てて、そう切なげに答えた。
ユキは、そんなカグヤの方を見つめた。
「彼女の名前は、ジョーカードール・エンジェリア。最後の人形であり、そして正真正銘の切り札」
「最後って事は、もう兵器化された女の子は居ないの?」
「はい。あなたが救ったキリングも、あなたに牙を剥いたアーテスタも、あなたが通ってきた道に居た名も無き人形達も、全てはこのエンジェリアを作るための布石」
今までの犠牲の集大成。
サクヤとカグヤの罪の終着点。
ユキは、複雑な思いを抱きながらそれに視線を戻した。
「ですが、彼女はまだ完成には至っていません」
見た目だけは今にも動き出して、挨拶をしてきそうな感じだった。
だが、三人の話に一切興味を示さず、視線を合わせているはずなのに何の仕草も見せない事から、ユキはカグヤの言葉に偽りは無いと察してしまう。
「今日ここへお迎えしましたのは、ユキ様……、いいえ天使スノーフィリア様。あなた様の力を貸して欲しいのです」
「私の力……?」
「エンジェリアは、あなたでなければ完成する事は叶わない」
「具体的にどうすればいいの? 私が天使の力を使って、この人形に力を貸せばいいの?」
ユキが天使になった時の力に、誰かと一つになってその者の潜在能力を大幅に高めるというものがある。
どんな原理原則なのかは、使用者本人にも理解出来ていない。
しかし、人知を超えた膨大な力が働いている事は、体で覚えていた。
その溢れんばかりの力を使って、人形へ生を与えれば、この切り札は完成する。
ユキはそう思いながら、カグヤへそう言った。
「いいえ、それは危険すぎるわ」
すると、今まで後方で静観していたサクヤがユキの発言を否定した。
「あなたの力は未知であり、私達にも解らない事が多すぎる。過去の経験から、あなたが召喚した存在や、この世界に実在する人物なら大丈夫みたいだけど、自我を失い道具となった者へ使えばどうなるか解らない」
ジョーカードールは人間であり、兵器でもある存在だ。
それはどちらでもない全く異質でいびつな存在という意味でもある。
実際に試してみれば、何とも無いかもしれない。
しかし、前例が無い事をした結果、万が一にも取り返しのつかない事態になれば……。
それは、口にしなかったカグヤも同じ意見であり、二人はユキの天使の力を人形に使う事を頑なに拒否した。
「じゃあどうすれば……?」
ここへ連れてきた目的は、あの眠っている人形を完全な物に仕上げる事。
他に術が思いつかないユキは、サクヤへと問いかけた。
「私と一つになればいい。私は道具を呼び出してそれを操る能力を持っている。物の扱いならば、あなたよりも優れている」
確かにそれならば、少ないリスクで目的を達成できる。
そうユキは思った。
しかし、この時一つの懸念点があった。
それは天使化する度、元々の自分の姿が戻らなくなっているという事実に起因していた。
最初は髪色、次に片目の色が天使の姿の時のままとなってしまう。
そして、それら事実から導かれるある一つの仮説。
”ユキは天使へと戻りつつある”という事。
「……」
完全に戻った場合、どうなってしまうのか?
それは誰にも解らない未知の世界だ。
ユキがユキ自身で無くなってしまうかもしれない、新たな価値観と思想に目覚めてしまい、それによって万が一にも大切な人達を傷つけるようになってしまったら……。
ううん、弱気になってはいけない。
大丈夫、私は私のままだ。
私は水神の国の女王スノーフィリアであり、みんなの仲間のユキだ。
ユキはそう思いながら、胸に置いた手を下ろし、目を閉じて意識を集中させる。
「解放する白雪天使の真髄!」
そして大切な人達の事を忘れないように強く思いながら、自身の未来への恐怖を振り払い、力を解き放った。
すると、強い気持ちに答えるかのようにスノーフィリア自身から大量の光の波が溢れ出て、瞬く間に女王とその周囲を包み込んでいく。
「六花繚乱! アーク・スノーフィリア聖装解放!」
やがて光がおさまる。
この瞬間、異国に天使が舞い降りた。
「実際に目の当たりにすると……、凄いですね」
天使スノーフィリアの神々しい姿を見たカグヤは、そう言い終えると僅かに口を開いたまま硬直してしまっていた。
「さあ、あなたの力を貸して」
そんな最中、サクヤは天使へと手を差し出す。
スノーフィリアは一つだけ頷き、無言のまま彼女の手をそっと握ると、天使は光となってサクヤと一つになった。
「力が、言葉が、私の中から湧き出てくる」
そして二人が一つになった時、彼女の表情には強い意志が満ちており、瞳の中には今までにない程神々しい光を湛えた。
スノーフィリアと一つになったサクヤの全身が強く輝き、花びら状の光となって、彼女の周囲に舞い乱れる。
「解放する黒桜天使の神意!」
サクヤはスノーフィリアと一つになった事によって思いついた言葉を紡ぐと、彼女の周囲を舞っていた花びら状の光は、彼女の全身を包み込んでいき……。
「桜華絢爛! アーク・チェリーブロッサム装威解放!」
瞬く間にサクヤは、さらなる変身を遂げた。
艶やかな長い黒色の髪は、毛先へ行くほど燃えるような赤色にグラデーションがかかっており、今までとは似て非なる意匠のロングドレスを身に纏い、背には髪と同じ黒く濡れた一対の翼が生えている。
この瞬間、異国に黒い翼の天使が舞い降りた。




